第19話 いなくなった雪丸
大名達との話し合いが長引き、結局城に泊まる事になったリオン。
そして次の日の朝、部屋に慌てた様子で入ってきた杏によって叩き起こされた。
「大変だリオン! 雪丸がいなくなってしまった」
リオンは「は……?」とその報告に目を丸くする。
「明朝、下女があいつの具合を見に行ったところ、部屋にその姿がなかったのだ。そのあと、城中を探し回らせたのだが、奴はどこにもおらんとの話だ。あいつは今回の戦いで隊員を失い責任を感じていたようだった。まさかとは思うが……」
杏は、腕を組み、部屋の中をぐるぐるとせわしなく動き回り始めた。
「問題はそれだけじゃない。どうやら雪丸は朧月を持って行ってしまったようなのだ」
「え……」
「雪丸の部屋にあったはずだから、あいつが持ち去ったとみて間違いないだろう」
リオンはその言葉に案外冷静そうに「そうか……」と顎に手を当てて考えを巡らせた。
そして「朧月は今どこか分かるか?」とイコに尋ねる。するとイコのアバターが姿を現した。
イコが手をかざすと、このコロニー全体の平面図が現れた。その中に赤い光が点滅している。
「現在朧月は、ここから20㎞ほど西の場所にあるみたいね。現在も移動中のようよ」
「え……そんな事が分かるのか?」と杏は驚いた表情だ。
「あぁ。お前には言ってなかったか。つまり、おそらく雪丸はそこにいるんだろう」
「西か……根来の支配を恐れて一人朧月を持って逃げたという事なのか……」
杏は組んでいた手を降ろし、脱力するようにして背中を曲げため息をついた。
「すまないリオン、私の兄が無茶苦茶な事をしてしまって……まさかここまで臆病者だとは」
「いや……構わない。むしろこれで腹が決まったよ」
杏は「え……一体どういう事だ?」と垂れた頭を少し上げてリオンに目を向ける。
「雪丸は逃げたのかもしれない。けど、ここで逃げなければならない理由があったんだ」
「……そんな理由などあるのか?」
「戦に勝った秀隆はこの先おそらく自分の命を脅かしかねない朧月を渡せと要求してくる」
杏は「確かに……そうかもしれないな」とあごに拳を当てて頷く。
「雪丸はその要求が来る前に、他の誰にも知られない場所に逃げた、というわけだ。朧月を失えばもうこの国には永久に反撃のチャンスがやって来ないという判断からそうしたんだろう」
「なるほど……雪丸がどこにいるか知る者がいなければ要求しても無駄、ということか」
杏は「しかし……」とまだ納得出来ていない様子だ。
「その後、雪丸はどうするつもりなのだ。結局逃げたままではどうにもならんだろう」
「そうだな……おそらく雪丸は俺を待っているんだと思う」
「……なぜそんな事が言える?」
「以前、ふと雪丸に、俺が朧月の場所を特定出来るという事を教えた事がある。それには条件があって、刃を出現させた状態でなければならない。そして今、その特定が出来ている。雪丸は別に今、刃を出現させる必要なんてないのに、出現させたまま移動している」
「なるほど……。つまりそれは、雪丸からリオンへのメッセージ……そう言いたいのだな」
リオンは「あぁ」と返事をし、キュッと拳を握りしめ、その手を見つめた。
「だから……強くなってあいつに会いに行くよ。そしてあいつに勝って朧月を手にする」
杏は「……そうか」溜息とため息交じりに言ったあと、かぶりを振った。
「双子だというのに、私はあいつの事を理解出来ていなかったようだな」
「あいつは多くを語らないからな。まったく面倒な奴だ」
杏はふっと少し顔を緩めたが、再び何か別の事に気付いたように表情を引き締める。
「しかし……刀を手に入れたところで、それから一体どうするというのだ。雑賀に戦う意思がなければ、はっきり言って、もうリオンが戦う必要なんてなくなるのではないか。確かに雅様が言う通りに事が運べば一応この国には平和が訪れるのだ。リオンだけに戦う意思があったところでどうにもならないように思えるが……」
「いや……俺はそれでもやるよ。一人でもなんとかしてみせるつもりだ」
「一人……だと? たった一人で何をするつもりだ?」
「根来と戦って、秀隆の首を獲る。そして奴の持つ火焔を手に入れる」
その言葉に杏は「は……?」と目を見開いた。
「ば、馬鹿な! そんな事が出来るわけが……」
「やるだけの事はやるさ。まぁその分、これから、より多くの修行をしなきゃいけないけど」
「……いくら何でも無謀すぎる。リオン、お前死ぬ事になるぞ」
「そうだな……そうかもしれない。でも、成功する可能性はあると思ってる。そうだろイコ」
「えぇ……まぁ、一応は」
するとリオンは布団の上からその場に立ち上がり、杏に手を差し出した。
「杏、今まで手伝ってくれてありがとう」
杏は「え……」と、一歩引き、きょとんとした顔をリオンへ向ける。
「俺はこれから国と関係なく独自に動く事になる。この国にもう戦う意思がないというなら、お前の使命はここで終わりだろう。本当に今までのお前の働きには感謝している」
杏は「それは……」と言ったきり動かず、その手を取ろうとはしなかった。
リオンは「じゃあ……」と手を下げ、踵を返して部屋を出ていってしまった。
その後、リオンが城の外へ抜けようと三の丸までやって来た時であった。
「待てリオン!」と呼び止められ、振り向くと、そこには杏が息を切らして立っていた。
リオンが「どうした?」と尋ねると、杏は両手拳をぎゅっと握りしめて声を上げた。
「私はこれまで通りお前を支援する事にする! 国とは関係なく……個人的にだ!」
「個人的? なんで……なんでそこまでしてくれる」
杏は「それは……」と少しの間言葉に詰まった。
「確かに、この国に戦う意思はなくなるのかもしれない。だが、それでもお前が秀隆に勝てるというのならば、一時的に国に逆らっても、結局それがいずれこの雑賀の国益に繋がる……」
杏はそんな理由をまくし立てたが、途中で勢いを失い、下を向いてかぶりを振った。
「いや……そんなのは建前だな。私はただお前のことを個人的に信じたいだけなのかもしれない。はは……この城の家臣達が雪丸を妄信していたことも、もう馬鹿にはできんな」
杏は頭を下げたまま、リオンに手を差し出す。
「リオン、どうかこれからもよろしく頼む。お前は……私に残された最後の希望なのだ」
「そこまで言われたら、がんばるしかないな」
リオンは「こちらからもまたよろしくな」と、杏の手を力強く握り締めた。
すると杏は「リオン……!」と、顔を上げると同時にリオンの手を握り返し、パッと顔を明るくさせたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
そこからリオンは城から姿を消す事にした。根来を転覆させようとしている人物が表立って活動していれば、当然秀隆に目をつけられてしまうからだ。
そしてとその日の仮想空間内にて。何もないベーシック空間。イコとリオンが対峙していた。
「これからは対秀隆だけでは駄目だな。誰も手伝ってくれない事を想定して戦いの準備を進めていかなければならない。より多くの人間を同時に相手に出来る練習をしないと」
イコは「そうね」と答え三人に分身した。弓と刀と槍をそれぞれがリオンに向けて構える。
「とりあえず相手は三人からね、それに慣れたら五人、十人と増やしていくわよ」
放たれた弓矢を切り飛ばすリオン。さらなる修行の日々が続いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます