第18話 戦を放棄せよ
リオンは戦から二日後、四代城の様子を見に戻った。
雑賀は負け、城は根来に支配されているのかとも思ったが、案外変わっていない様子だった。
そしてリオンは、戦場から逃げてしまったとのイメージを持たれてしまっているのかとも思ったが、そうでもない様子。そして、その時行われていた評定へと参加させられたのだった。
本丸一階にある広間、そこには各区の大名たち五名、そして杏がその場にいた。
リオンは集団面接のように杏と横並びに大名達の前へと座らされる。
「杏、本当にリオン殿であれば秀隆を倒せると……?」
第三区の大名がその場にいた杏に尋ねる。
「はい。戦が早まってしまったがために、それは実現できませんでしたが、リオンは驚異的な速度で成長しています。いずれ秀隆を超える剣士になろうとも私は不思議には思いません」
その言葉に大名達は「おぉ……」と感嘆の声を上げる。
「杏がそう答えるのならばそうなのかもしれんな」「うむ、杏の剣の腕前は一級と聞く。であればその眼に狂いもなかろう」「やはり、リオン殿にしかこの国は守れはせんのじゃ」
どうやら戦で敗走し、皆考えを改めたようだった。再びの手のひら返しである。
それに対して文句の一つでも言いたくなったが、その判断を下した悠河はもうこの世にはいない。とりあえず、リオンの思う通りに話が進むならば、とリオンは黙っている事にした。
そこで赤虎が全体をまとめるように話を始める。
「先日の戦で我々が勝てなかった理由は、秀隆個人の力を見誤ったからという部分が大きい。いくら戦局がよく奴の前に雑賀の兵達がたどり着こうとも、あの強さでは誰も首を獲る事は叶わん。つまり、たった一人でいい。秀隆を上回る強さを持つ者が秀隆の前に立つ必要がある」
その言葉に「うむうむ」と各大名達は賛同する。
「リオン殿、その役目を頼む事は出来ぬか。この国の守護神になってはくれぬか」
「あぁ、わかった。もちろんだ」とリオンは首を縦に振る。
「では、守護神様、この国をどうかお願い申し上げる」
そう赤虎が頭を下げると、他の大名たちも次々それに続いたのだった。
「じゃあ、次の戦は、俺が修行を終えるまで待っていてくれるんだな」
「あぁ、もちろんじゃ。それまで我々からは手出しはせんし、敵がこちらに攻め込んでこないよう、工作でも何でもしよう。そして戦の当日は、リオン殿が無傷で秀隆の元にたどり着けるよう全力で我々が支援する事としよう」
「よし……!」とリオンはその言葉に自身の太ももを手の平でパンと叩いた。
当初の予定通りだ。この国の力を借りて、秀隆と万全の状態で戦えるということだ。
「さて、問題が一つ解決したところで、次の議題じゃが……」
その時、赤虎がそんな話を始めた。どうやらまだ問題は残っているらしい。
「この国の主が今いない事をどうするのか……。それが今一番の問題となるな」
そこから各大名からの意見が飛び交った。
「現在、雅様はどのようなご様子で?」「まったく聞く耳を持ってはくださらん」「うーむ……我々の中から次の国主を決めるか?」「一体どうやって? まさか今ここで内戦でも始めるというのか」「そんな事になれば、戦が始まる前に負けが確定してしまうぞい」「ならば一体どうしろというのか!」
どんどん白熱していく。次第に個人的な恨みや、悪口に話がシフトし始めた。
このままでは戦が始まる前に空中分解し、勝手に自滅してしまうかもしれない。
そしてついに、一人の大名が立ち上がり、殴り合いか斬りあいにでもなろうかという雰囲気にでもなってきた。リオンはさすがにまずいと、それを止めようとその場に立ち上がった。
するとその時、いきなり広間の入口の襖が勢いよく開かれた。
「雅!?」
広間に入ってきたのは雅だった。リオンの声に皆が争いの手を止めて、入口の方を向く。
「み、雅様! ついに部屋を出てこられたのですね!」
大名たちは、全員姿勢を正し、両ひざをその場についた。
雅は目を閉じドンと仁王立ちで皆の注目を浴びる。そしてふっと目を開けると皆を見渡した。
「あぁ、私はついに心に決めたぞ。これより正式にこの私がこの国……雑賀の主となる」
その言葉に「おぉ……!」と場は沸き立った。大名たちが思い思いの言葉を述べる。
「ついに雅様が国主へ!」「そうだ! 雅様がおられるならばまた国民の意思は一つになれる!」「リオン殿の守護神就任に続き、雅様が国主となるとは……これは我が国に運気が向いてきたようですな!」「わははは! そうじゃ、ここから我々の快進撃が始まるのじゃ!」
先ほどまで争っていた皆が調子よく、息を合わせて雅を持ち上げる。
そこで雅が咳払いをして、再び皆の注目を集めた。
「それでは、私からの最初の指示を出す事にしよう」
皆は目を輝かせる。リオンも心から安堵していた。今日この城に来るまでは、かなり絶望的な状況を覚悟していたのに。まさかここまでの追い風が一気に吹いてくるなんて。
これでリオンを含めた皆の未来は明るい。そうリオンが確信した時だった。
「戦を放棄せよ。もうこれ以上の戦闘行為を行うことは私が許さん」
雅の口からそんな言葉が発せられたのだった。それは、その場にいる誰もの予想を裏切るものであった。皆はポカンと口を開け、時が止まったように動かなくなる。
雅は目を瞑り、腕を組んで自分の言葉に納得するように話を進めた。
「平和こそが一番じゃ。私は皆が死にゆく姿など見とうない。こんな命を懸けた馬鹿げた戦いなど、ここで終わらせることとしよう」
しばらく、さらなる静寂のあとハッと気付いたように赤虎が雅の宣言に反論を始めた。
「な、何をおっしゃるのですか雅様! 我々が戦を放棄したとしても、敵軍はこちらに進攻してくるのですぞ!」
「ふむ、そうじゃな……。ならば負けを認めればいいではないか。そうすれば戦わずに済む」
赤虎はその返答に言葉を失う。しかし、他の城主達はまだ諦められない様子であった。
「お待ちください! そんな事をすればこの国は、雑賀は無茶苦茶になってしまいます!」
「そうですぞ! 完全に解体され、吸収されてしまうかもしれませぬ!」
「雅様の首が獲られてしまう可能性が大いにあるのですぞ!」
雅は皆からの反論にゆっくりとかぶりを振った。
「雑賀は国力、軍事力で根来に劣っている訳ではない。このまま全面的に戦えば双方壊滅的な損害を受ける事になる。ならば交渉次第で国の体制を保ったまま穏便に済ませられるはずだ」
「……そ、そうでございましょうか」
「それにこれはもう国主である私が決めた事。反論は許さんぞ」
雅はそう言い残すと踵を返して部屋の出口へと向かって行ってしまった。
雅の言葉は城主達だけではなく、リオンにとっても衝撃の言葉だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
リオンは立ち上がり雅を呼び止めた。雅は振り返りリオンと目を合わす。
「なんじゃ、リオン・D・グラッド」
「……俺の仕事はこの国を守る事にある。お前の発言は容認できない」
「容認できない? ……だったらどうするというのじゃ」
雅は再び歩き出し、部屋を出て行こうとする。その時、イコがアバターの姿を現した。
「待ちなさい!」と声を上げたが雅は止まらない。次にイコは大名達に目を向けた。
「あんた達も、こんな腑抜けた決定を受け入れるわけ?」
しかし、その言葉に大名達は顔を伏せてしまう。
「ちっ……なんであんな奴の言うことを聞かなくてはならないのよ」
すると、赤虎が少ししたあと、小声で答え始めた。
「先ほどの我々の会話を聞いてわからなかったかね。雅様がいなければ、我々は協調性を失いバラバラになってしまう。どちらにせよ勝つことは出来んじゃろう」
「……愚かね」
「くそ……せっかくうまくいくはずだったのに。万全の状態で戦えるはずだったのに……」
リオンは唇を噛む。これからどうすればいいのか、先が全く見通せなくなってしまった。
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