第14話 戦うメリットなんてない

 その日の夜、リオンは意識を取り戻した。


「おぉリオン、目が覚めたか」


 それは既視感のある状況だった。どうやら以前と同じ部屋で杏から介抱されていたようだ。


 リオンは上体を起こし、頭に鈍痛を覚えそれを片手で押さえ、こうなった経緯を思い出した。


 そうだ、雪丸との試合に敗れ、頭を蹴られた。それで今まで気絶してしまっていたようだ。


 そして水分補給をし、少し落ち着いたあと、杏からとんでもない話を聞かされた。


「悠河が……殺された……?」


 杏は庭を見下ろしながら「あぁ」と答える。どうりで先ほどから険しい表情をしていた訳だ。


「まさかそんな……さっき話したばかりだったのに……」


 いかにも強者らしい風格を持つ人物であった。それがこうもあっさりと死んでしまうとは。


「……相手はとんだ手練れだな。それだけの護衛を一人で壊滅させるなんて」


「そうだな。正野浩司という人物はかなりの実力者であったはずだが……」


 レベルでいうとどの程度だろうか。70、いや80を超えていてもおかしくないかもしれない。


 今のリオンでは勝つことは難しいだろう。そんな人物が、まだ町をふらついているなんて。


「それで……この国は一体どうなる。まさかもう負けが確定してしまったのか?」


「いや、悠河様が死んでしまえば、次の国主は雅様が継ぐという事が決まっている。雅様はどういう訳か、ただ一人生き残っていたからな」


「雅が?」


 リオンはこれまでの雅の弱々しいもやしのような姿を思い浮かべる。とてもじゃないが、国主としての威厳が足りていない様子だ。世襲で国の主が決まるなど、とんでもない話である。


「じゃあ……あいつが明日の戦の指揮を執るってことなのか?」


「いや、それはおそらく厳しいだろう……雅様は、目の前で悠河様が殺されてしまった衝撃で部屋に引きこもっておられる。誰が声を掛けても聞く耳を持ってはくださらんようだ」


「……じゃあ一体どうするんだ。明日の戦い、もう辞めるわけにはいかないんだろ」


「あぁ。だから、臨時で私の父が明日の指揮を執る事になった。一応雅様の指示だ」


「そうか……赤虎が。それなら問題ない……のか?」


 赤虎は四代城の中では人望も威厳もある存在ではあるが。


「どうだろうな。以前、この雑賀という国がまだバラバラだった頃、赤虎勢と悠河勢で戦った事がある。その時、単純な戦力ではこちらの方が上だったにも関わらず、父は悠河様に負けてしまった。軍師としての力は、父にあると言えるのか軽く怪しいところではある。それに、この国の侍達はこれまで綾部家に仕えてきたという意識が高い。我々四代城の家臣は問題はないが、他の区の者はいきなり父の命令で命を懸けて戦えなどと言われても士気は上がらんかもしれん……この国はなかなか厳しい場面を迎える事になるな」


 リオンは「そうか……」と腕を組み考え込む。すると杏が振り向き尋ねてきた。


「ところでリオン、その怪我、明日には治るのか?」


「え? あぁ……まぁそうだな。たぶん」


 リオンは雪丸に殴打された肋骨を触る。まだ痛みはあるが、骨はくっついている。明日までには完治しそうだ。蹴られた頭も同じだろう。


「そうか、良かった。ならば明日、共に出陣出来そうか」


 リオンはその言葉にハッとさせられた。リオンは、自称この国の守護神。杏からすれば明日一緒に戦に出ると思われて当然だと言えた。


「今日の試合を見て思ったが、雪丸に勝てなかったとはいえ、お前はもう十分な戦力となりそうだ。朧月がなくともこの戦に参加してもらえれば大きな力になるだろう」


「そ、そうだな。まぁ……体調的にはいけるんじゃないかな」


「よし。では今日はもう遅い。明日に備え私はもう寝る事にする」




 杏が部屋を出ていくとイコがアバターの姿を出現させた。座ったままのリオンを見下ろす。


「ねぇ、まさかリオン、明日の戦、出るつもりじゃないでしょうね」


 リオンはその指摘に少し肩をビクつかせる。


「まだ修行が足りない上に朧月もない。こんな状況ではあの秀隆に敵うはずないわよ」


「……いや、別に秀隆に戦いを挑むつもりはない。でも杏が言うように今の強さでも俺は結構戦力になれるはずだ」


 するとイコのアバターがしゃがみ込むようにしてリオンの横顔を覗き込んできた。


「……一体何のためにそんな事するの?」


 リオンは「え……」と床を見つめたまま目を軽く見開く。


「リオン、あなたのやるべき事は、あの秀隆の持つ武器を奪う事、その中にあるコアを入手すること。それだけでしょ? いつの間にここの原住民の戦に加担する事が目的になってしまっているの。雑賀が勝っても、根来が勝っても、この惑星外からやってきた私達にとってはどうでもいい事だわ。今戦に参加しても何のメリットもない。死ぬ可能性だってあるのに」


「それは……」


「本来のあなたの目的はファニールに帰る事よね。思い出してみて。妹のヘレンに言われてたじゃない。また湖近くのコテージに家族で泊まりに行きたいって」


 リオンはそう言われファニールでの幸せな日々が頭に浮かんだ。その目的を忘れ、この辺境な星で未開な原住民達のために戦い、そして命を散らしてしまっていいのだろうか。


「どのくらいの可能性か分からないけれど、こうなったら、私達に出来る事は祈るだけだわ。なんとか朧月が敵に奪われないように。でもそうね……最悪、雑賀は、下手すれば明日にでも滅んでしまうかもしれない。そうなればこの城も戦火に巻き込まれる。リオン、今から宇宙船に戻りましょう。もう別に杏の護衛なんて必要ないレベルだし、一人で行けるはずでしょ」


 リオンはしばらくの間考えた結果「あぁ……そうだな」と言って、目を見開いたまま頷いた。


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