第13話 突然の襲撃者
その日の午後三時頃、雅は予定通り悠河と共に、城の隣山にある神社に願掛けに出向く事になった。従者を三十名ほど連れて二人は神社へと続く階段を登っていく。駕籠に乗って従者に運ばせればいいと雅は思うのだが、悠河はそれをしなかった。
「雅、赤虎に聞いたが、最近お前は鍛錬をあまり真面目にやっておらんようじゃな」
痛いところを突かれ、雅は「そ、それは……」と狼狽し、足元が若干ふらついてしまう。
「一体どういう了見じゃ? お前がワシの言う事に背くとはな」
雅は自分を奮い立たせるようにして、意見を述べる事にした。
「……ふと考えたのです。人と人がなぜこうも醜く争わなければならないのかと。戦は多くの不幸を呼びます。私は……戦などない平和な世界をただ望んでいるのです」
「ほう……。つまり平和を望むから、戦う事を放棄すると?」
「はい……そうでございます」
「……確かに、それで平和が訪れるならそれ以上の事はない。ワシとて決して好んで戦をしとるわけではない。じゃが、そんなことは今の時代絵空事じゃ」
「し、しかし……根来との話し合いをもっと重ねていけば……」
「雅。いつワシが死に、お前が家督を継いで次の国主になるかも分からんのじゃ。そのような甘い考えは捨ておけ」
「な、何をそのような不吉な事を仰いますか。それに私のような者が国を治めるなど……とてもではありませんが考えられぬ事です。他に誰か相応しい人物がおられるのではないですか」
「そんな事はない。お前は立派な国主となる事が出来る。なぜならお前は誰よりも先見の目を持っておるのじゃからな」
「え……私がですか?」
「あぁ、お前は自分では気づいておらんのかもしれんがな。そうじゃ、今回の戦、お前のあの時言っていた戦法を採用する事になったぞ」
「は……? し、しかしあの戦法は父上から尋ねられ、思いつきで言ってみただけで……」
「いや、そのあと考えてみたが、ワシや他の者にもあれ以上の戦法は思い浮かばんかった。お前はもっと自分に自信と勇気を持て。お前に足らぬのはその二つじゃ」
その言葉に雅は「はぁ……」とあやふやな返事を返すだけだった。
社前にたどり着くと、二人は鐘を鳴らし、賽銭箱へ小銭を投げ入れた。雅は手を合わせ目を瞑り、場違いながら戦など起こらぬ事を願う。どうせ今更それは叶わぬと分かっていながらも。
そして願掛けが終わり、雅は振り向いて気付いた。
「ん……?」
着物姿に顔や腕まで全て白い包帯が巻かれている人物が階段の方から近づいてくる。そして、その人物は腰から刀を引き抜いたのだった。その刀身はまるで血を浴びたような真紅であった。
「な、何だ貴様は!」「曲者か!」
膝をついていた従者達もその姿に気づき立ち上がる。そして五人程が抜刀し取り囲んだ。
「ち、父上……あやつは……」
悠河は「ふむ」と落ち着いた様子で自身の口髭をつまむように触りその人物に声を掛ける。
「根来からの刺客か。いい度胸じゃな。たった一人で戦いを挑んでくるとは。まぁ、集団でやって来てはすぐに怪しまれてしまう。単独で来るしかなかったということか」
悠河の言葉に、その刺客は何も言葉を返さない。刀を構え戦闘体勢に入ったようだった。
「……何も答えるつもりはないなら、もう用はない。叩き斬れ!」
「はっ!」と声を上げ、従者の一人が刺客に向かっていった。その瞬間だった。
刺客が気付けば数m離れた位置にいた。そして二名の従者が同時に血を体から噴出させた。
雅は口をポカンと開ける。まさかそんな一瞬で二人を斬ってしまったというのか。
そして刺客はそれからも目にも止まらぬ速さで境内を移動し、その都度従者は身を斬り裂かれ、そして倒れていった。
するとその時、悠河と雅の前にとある男が背を向けて立ちふさがった。
「御下がりください悠河様。敵は想像以上の手練れ。こうなれば私が相手になりましょう」
彼は、二区最強の剣士と謳われ、悠河からの信頼も厚い男、正野浩司だった。
「うむ、決して油断はするなよ」
「はい、久々の強敵。腕が鳴りますな……!」
だがその正野浩司も赤子のように扱われ「母上……」と最後に呟きその場に倒れてしまった。
気付けば三十名ほどいたはずの従者は全員が地に伏して、戦闘不能、もしくは息絶えていた。
もうその場に立っているのは雅と悠河、そして刺客だけであった。刺客は遺体から刀を引き抜くと二人に目を向けた。その返り血に染められた姿に恐怖し雅は「ひっ……」と声を上げる。
悠河は「雅、刀を抜け」と言って自身の腰の鞘から刀をするりと引き抜く。
しかし、そんな悠河の言葉に関わらず、雅は腰に下げた刀にを触る事すらなかった。
「わ、私は……」と震えた声を上げてずりずりと後退していくだけである。
「このまま戦わなければ死ぬだけじゃぞ!」
そして悠河がちらりと雅に視線を向けた瞬間、悠河はその胴をズバリと斬られてしまった。
「う、うぐぅ……!」
血と共にドバリと飛び出る腸。悠河は腹を押さえて膝をつき、その場に倒れてしまった。
「ち、父上ッ……!」
雅は悠河に近づこうとする。しかしその手前にいた刺客と目が合い、その足をとめてしまう。
刺客は刀を振って血を払い、雅にゆっくりと歩み寄ってくる。
「ひ、ひいい!」
雅は悠河に近づく事を諦め、踵を返した。しかし走りだした所ですぐに足を絡ませて倒れてしまう。そこで腰を抜かし、まともに動けなくなってしまった。
雅は逃げる事も諦め、最後の手段に出た。体を刺客に向き直し、両腕を地面につき叫んだ。
「お、お助けをぉぉーッ!」
そして頭を血に濡れた石畳に押し付け、命乞いをしたのだった。
恐ろしくて顔を上げる事すら出来なかった。ぎゅっと目を瞑り、生き残る事だけを懇願した。
だが、こんな事をしても無駄だろう。きっと今刺客は刀を振り上げ、あと数秒後にはそれが振り下ろされる。そして自身の首が斬り飛ばされるに違いない。雅はそう確信した。
しかしなぜか、いつまで経っても何事も起こらない様子であった。
恐る恐る目を開き顔を上げる。すると、刺客はその場から姿を消していた。
雅が困惑し周囲を見渡すと、倒れた悠河の姿が目に入った。
雅は「ち、父上!」と叫びその元に駆け寄る。すると悠河にはまだ息があったようだった。
しかしそれは虫の息と言った様子。悠河は力なく「雅……」と雅の頬に手を当てる。
「あぁ……何という事じゃ……早く誰かを呼んでこなければ……」
「も、もういい雅……ワシはもう助からん」
「な、何をおっしゃいますか父上!」
「それより話を聞け……今ここでわしはお前に、この国を託す……」
雅はその言葉に「なっ……!」っと口を開く。
「し、しかし……私にそのような器量は!」
「ふふ……最期くらいワシの言う事を聞いてはどうじゃ」
雅はそう言われ押し黙る。確かに、最期の最期に口喧嘩で終わるというのもどうかと思ったのだ。だが、それを引き受けるという言葉も出てはこなかった。
「この国を良き方向へ導いていけ……頼ん……だぞ……」
その言葉を発した瞬間、悠河の手の力が抜け、とさりと地面に落ちてしまった。
「父上……?」
悠河は何も返事をしない。先ほどまであれだけの威厳を放っていたはずなのに。
そう、悠河は死んだのだ。それを理解した時、ポロポロと雅の頬から涙が伝い落ちた。
そして、悠河の手を渾身の力で握り「父上ーッ!」と町中に響き渡るほどの声で叫んだ。
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