第12話 戦の時期が早まる

 その三日後、第二区にある雑賀本城に収集を掛けられていた赤虎が四代城へと帰ってきた。


 そして本丸の一階の広間で報告会があり、リオンもそこに呼ばれ、話を聞く事になった。


 そこには雅や杏、雪丸、その他月島家の家臣合計二十名ほどが集まっていた。リオンは後方で適当に胡坐をかいている状態である。


「今日より七日後、ついに出陣じゃ。この四代城に雑賀の全勢力が集結する事となる」


 リオンはその言葉に衝撃を受けた。その場に片膝をつき、後方から赤虎に向けて声を上げる。


「ちょ、ちょっと待て! 話が違うぞ。なんで開戦の時期が早まってしまってるんだ」


 確か、最初に聞いた時はあと一か月ほど先の話になるはずだったというのに。三週間も早まってしまうとは。すると、赤虎は少し難しそうな顔をしてその太い腕を組み答えた。


「理由は朧月が抜かれた事にある。悠河様はそれを機だと言って戦の時期を早めたのじゃ」


「なに? だけどその使い手の俺にはまだ時間が必要だ。ちゃんとその事は伝えたのか?」


 リオンは不満そうに赤虎の顔を軽く睨み付ける。


「あぁもちろん。じゃが、悠河様はお主の存在というよりも、朧月の力を信じているようじゃ。その朧月が扱えるのであればそれを持つものは雪丸で構わんとの判断じゃ。こちらの戦力が増えたならば、あちらが完全に準備を整える前に叩こう、という事じゃ」


 確かに、リオンの事なんて見た事もない、遠くにいる人物ならば、リオンの急激な成長っぷりなど実感も何も出来ない。そう判断してしまっても仕方ないのかもしれないが。


 リオンは雪丸の横顔に目を向けたがいつもの無表情のままだ。再び赤虎へと視線を戻した。


「どうにかならないのか……俺にとっては致命的な問題だ。七日後では絶対間に合わない」


「残念じゃが、これは国主である悠河様が決めた事。それに各区はもう戦の準備をその日に合わせ進めている。もう決まってしまった事じゃ。今更変えることは出来ん」


「そんな……」




 報告会を終えたリオンは城の端までやってきた。拳を握り柵を軽く叩く。


「くそ……七日後か。せっかくなんとか間に合う予定だったのに」


 眼下の城下町の眺めは中々のものであったが、それはまともにリオンの目には入らなかった。


「さて一体どうしたものかしらね。このまま戦が始まり、もし雪丸が秀隆に敗れるような事になれば、神刀の数が根来と雑賀で二対ゼロになってしまう。そうなればもう逆転は難しいわ」


「分かってる……こうなったら戦が始まる直前に雪丸に戦いを挑むしかない」


「そうね……とは言ってももちろん、あと七日ではあなたが雪丸に勝つ事は難しい訳だけど」


「難しいって……勝率は具体的に言えばどのくらいだと思う?」


「最近稽古に復帰した雪丸の様子から見ると、レベルは90程度。仮に六日後に試合を挑むとして、その時のあなたのレベルは70程度。おそらく勝率は一割にも満たないでしょうね」


「一割……か。可能性はなくもないんだな」


 ◇ ◇ ◇ ◇


 そしてその六日後。出陣一日前の昼頃、雑賀本城から五十人程度の兵を引き連れ、この国の主である綾瀬悠河がやってきた。なんでも以前リオンが出向いた神社に出陣前日に願掛けをするために先にやってきたのだとか。リオンは四代城本丸にある広間へと呼ばれ悠河と謁見した。


 悠河は、身長はそう高くはないようだったが、恰幅が良く、口ひげが横に飛び出しているのが特徴的であった。いつも赤虎が座る上座に座っている。赤虎も同席していたが、手前の横に追いやられていた。


 悠河は「お前が神刀朧月を抜いた者か」と、鷹のように強い眼光でリオンを見つめる。


 リオンは別に国民という訳でもない。ましてや、文明的に遥かに劣る雑賀の一国の主に対して平服するつもりはなかった。同じように胡坐をかいて「あぁ、そうだ」と腕を組んで答える。


「がははは、なかなか態度のでかい奴だ」


 それにしても、悠河の隣には雅が座っているのだが、そのイメージは正反対と言ってもいいものであった。それは体格もさることながら、性格においてもそうであろう。悠河は身心を鍛えさせるために雅をこの城に送ってきたらしいが、今の結果をどう受け止めているのだろうか。


 まぁ、そんな事はどうでもいい。そこでリオンはさっそく本題に入る事にした。


「ひとつ言っておきたい。俺が強くなるまで戦を仕掛けるのはやめておいた方がいい」


「ん? あぁ、お主はそう主張しておるのじゃったな。じゃが結局、戦に重要なのは国力じゃ。たった一人の英雄が戦局を左右する、などというのは、実に傲慢な考えじゃ」


「……言いたい事は分かるけど秀隆はそんな常識の枠には収まるような存在じゃない。そして、守護神であるこの俺もだ」


 すると、悠河は口角を吊り上げた。まるでその言葉を待っていたかのようだった。


「面白い。ならば貴様はその常識の外にあるという力をワシの前で証明してみせよ。そうじゃな……現在の朧月の持ち主である雪丸に試合で勝てたなら、この戦の延期を考えてもよいぞ」


「……元より今日は、そのつもりでここに来たんだ」


 リオンは部屋の隅にいる雪丸に鋭い視線を向けた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 依然と同じ、朧月が突き刺さっていた広場にて雪丸とリオンの再試合は行われた。


 カラランと石畳を滑っていく木刀。結局リオンは雪丸に倒され地に伏してしまった。


 悠河や彼の従者、月島家の者やその家臣など多くの者がその試合の様子を見ていた。


「うぐぐ……」


 胸に受けた一撃による痛みが響く。これは、あばら骨が折れてしまっているかもしれない。


 雪丸は、リオンのすぐ傍に立ち、冷たい目で見下ろしていた。


「なかなか健闘したようではあるが、結局、力及ばずのようじゃな。約束通り、戦はこのまま続行じゃ。自称守護神の力とやら、少しは期待しておったのじゃがな……」


 悠河は露台の上に立ち、目を瞑り、腕を組んで頷く。


 そして雪丸が踵を返して、その場を立ち去ろうとした時、その着物の裾をリオンが掴んだ。


「……何をする。離せ」


「……今の試合で分かった。やはりお前では秀隆に勝つ事は出来ない」


「ふん……見苦しいぞ。お前はよほど俺の手柄を奪いたいらしいな。この侵略者め」


「侵略者……? 違う、俺は事実を言ってるだけなんだ。お前はその刀を持つべきじゃない。このまま戦に出れば刀を奪われてしまうぞ!」


「貴様ぁ……ふざけるなッ!」


 雪丸は激高しリオンの頭を足で蹴とばした。それによりリオンは数m地面を転がっていく。


「だからと言って貴様ならばなんとかなるとでも言いたいのか! 俺から言わせれば貴様では一生俺には勝つことなど出来ん! この刀の持ち主は、雑賀の守護神はこの俺だ!」


 雪丸はそう叫ぶと動かなくなったリオンをその場に放置して行ってしまったのだった。


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