第11話 争いは争いを生むだけ
その頃、雑賀の王子である雅は、百姓らしき安く地味な服に着替え、抜け道を使い一人四代城を出て山を下った。目指す先は、城の西側にある村の更に先、森の奥の民家である。
その中にいたのは黒蜜という長く美しい黒髪を持ち白い服を着た百姓の女であった。雅は半年ほど前に彼女と数奇な出会いを果たし、こうして家までやってくる仲にまでなっていた。
「最近、国の様子はいかがでしょうか雅様」
二人は囲炉裏の前に横並びに座り、近い距離で雑談を交わす。
「うむ、そうじゃな……残念な事に戦の時は近い。最近は特に、リオンという守護神を名乗る者が現れ朧月が抜かれてしもうたからな。私が思うに、父がそれを耳にすれば、それを機と見て戦を早めてしまうのではないかと思う」
「そんな事が……。しかし、雅様の予見はいつも正しい。それもきっとそうなるのでしょう」
「あぁ……。まさか、この国を守護する者の登場により、戦が早まるなど、皮肉な話じゃ」
「同じ人同士で争うなどなげ悲しい事です。その戦、何とか止める事は出来ぬのでしょうか」
すると、雅は肩を落としてため息をついた。
「残念じゃが私の力では何も出来ない。この雑賀で父上の決断は絶対じゃからな。すまない」
すると黒蜜は雅に更に接近し膝に置かれた雅の手を取った。
「いえ、雅様が謝ることなど何もございません」
その包容力のある黒蜜の顔に、雅は全てを許されたように思えた。
雅が黒蜜に惹かれた理由は、ひとえにその優しさにあった。彼女は誰よりも平和を愛していた。そして雅の言う事に全て賛同してくれる心の広さがあったのだった。
「雑賀も根来も、いつしか心を一つとし、分かりあえればいいのじゃが……」
「大丈夫です雅様。あなたは時期国主なのですから。雅様が正しい心を持ち続けていればきっとそんな平和が訪れるはずです」
雅は「黒蜜……」と、黒蜜に体を向けその肩に手を置いた。
◇ ◇ ◇ ◇
雅が黒蜜の家をあとにし、城への帰路についていると、途中通過する村で、なにやら子供達が声を上げている姿が目に入った。
近づいてみると、それは遊んでいるなんて事ではない様子。どうやら体格差のある二人の子供が取っ組み合いの喧嘩をしているようだった。その他にも後方にいる二人の少年がやんややんやと声を掛け喧嘩を煽っている。
「こ、こら! わっぱ共! 何をしておるのじゃ!」
雅はそこに向かって走っていく。すると喧嘩をしていた小さい方の少年が突き飛ばされ倒れてしまった。そしてその倒れた少年をその場に残して三人の少年たちは走り去っていく。喧嘩というよりも一方的なイジメに近かったのかもしれない。
雅は少年の元まで駆け寄ると「大丈夫か」と声を掛けた。
少年は「いてて……あんだおっちゃん」と言って地面に手をつき上体を起こす。
「お、おっちゃんだと……?」
少年はその場に立ち上がる。髪はボサボサで、服も土にまみれ小汚い。血がにじんだ口元を手の甲で拭う。三対一で暴行を受けていたのに、その目はギラギラとした光に満ちていた。
「おっちゃんにおっちゃんって言って何かわりーのかよ」
「失礼な、私はまだ二十三じゃぞ」
「なんだ、やっぱりおっちゃんじゃねーか」
「な、なにぃ」
王子に向かってなんという無礼者か。そう怒鳴ろうとしたが雅は思いとどまった。今の雅は身分を隠している。百姓の女に会いに来ているなど城の者達に知られるわけにはいかない。
「フン、まぁよい。とにかく喧嘩はいかんぞ」
「けっ、おっちゃんには関係ねーだろ」
少年はそう言いながら、立ち上がった。
「……争いは争いを生むだけじゃ。人を傷つけてはならぬ」
「ちっ、さっきから何なんじゃ、うるせえなぁ!」
少年は雅のもとから離れて踵を返すと、思いっきり目を瞑って舌を出した。
「あいつらしつこくワシにタカりよるんじゃ! 何もせんとつけあがるだけじゃ!」
そう言うと少年は踵を返して「もやしもやし! もやしのおっちゃん!」と、そう叫びながら走り去ってしまった。雅はそのあまりにひどい暴言に目を丸くさせる。
「まったく……なんなんじゃあやつは……平和の大事さが分からんようじゃな……」
雅は少年に多少のいらつきを覚えながらも城へと戻っていった。
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