第10話 神社

 それからというもの、リオンは道場で見学をしていてもあまり白い目で見られなくなった。


「とは言っても、やっとマトモな人間として認められた程度ってところかな」


 朝、コロニーの外門まで迎えに来た杏と共にそんな話をしながら城へと向かっていた。


「雪丸の支持者は依然多いからな。雪丸に勝てない限りはリオンはこの城の皆から全面的に守護神と認められる事はないだろう」


「……まだまだ先は長いな」


「お前が雪丸を抜くのはあと一ヵ月と少し先の話なのだろう? あっという間ではないか」


「まぁ……この現実世界ではそうなんだけど」


「……? 何を言っている?」


 リオンは影でどれほどの努力を積み上げているのか杏に教えていない。その理由はやはり、色々タネ明かしをしてしまえば、神秘性が失われ、本当に神より遣われしこの国の守護神なのかと疑われてしまいそうだからだ。今杏の協力を辞めさせるわけにはいかないのである。


「ところでリオン。今日は少し町の方にでも行ってみないか」


 もう少しで城へと登る山道へとさしかかろうというとき、杏がそんな提案をしてきた。


「町……?」


 城の眼下に広がる城下町。リオンはその存在は知っていたが出向いた事はなかった。


「以前から思ってはいたのだが、いくらリオンが神による使命のためにこの雑賀にやってきたとしても、リオン自身まともに知りもしない国を命がけで守るというのもおかしな話ではないか。それに船と城の行き来だけでは生活に変化もない。それともそんな暇はないか?」


 杏の説得にリオンは少しの間考える。どちらにせよ、イコは今のリオンよりも十分に強い、今日の見学を短めにしたとしても、次の見学までにそれに追いついてしまうなんて事はない。


「それもそうだな。たまには息抜きも必要だ。分かった、午前中は町のほうに行ってみよう」


 ということでリオン達は道を真っすぐに進み城下町へと向かって行った。




 城下町へとたどり着く。一番大きな街道の左右には二階建ての細長い建物が窮屈そうに立ち並んでいた。油や呉服、肉や魚などを売る商店、宿屋、住居など、中身はさまざまである。近くには、城の道場にも通っている武士が住まう屋敷も点在しているのだとか。


 街道を歩く者達は、侍、町人、旅人、商人、荷台を運ぶ馬車もあり子供達も走り回っている。


「どうだ、なかなか活気のある町だろう」


「あぁ、みんな俺とイコに注目してきて少し恥ずかしいけどな」


「はは。皆お前達の活躍に期待しているのだ」


「いや……そんな感じにも見えないけど」


「そうだリオン、お前は神の使いなのだろう? ならば神社に行ったりはしないのか」


「神社……?」


 杏は先にある木の茂った小高い山を見て言っているようだった。その頂上付近には、社らしき木造の建物が見える。神社とはリオンの文化では廃れたが神を祀る場所のはずだ。


「しかし、考えてみればお前は拝むよりも拝まれる側か」


「いや……俺は神自身ではないよ。まぁ、なんだか面白そうだし行ってみることにしよう」


「なんだその軽いノリは……私達の信仰心は本当に神に届いてるのか?」


「え……? あ、あぁ、まぁそれなりには……」


「それなり……」


 リオンは適当に杏の話をごまかし、観光気分でその山に向かって行ったのだった。




 神社の境内まではひたすら急こう配の上り階段が続いていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ杏……」


 リオンは途中にあった踊り場で手すりと膝に手をつき。激しい呼吸を整える。


 チラリと顔を上げて前を見ると杏は既に10mほど先まで行ってしまっていた。


「リオンー遅いぞーちょっと軟弱すぎないかぁー。それでも本当に守護神かー」


 杏は振り返り声を掛けてくる。そんな事を言ってもリオンはこれまで重力の弱い惑星にいたし、今も仮想空間の中ばかりにいるのだ。一応毎日現実世界でのトレーニングをしているとはいえ、この惑星の中でもトップレベルのフィジカルを持つ杏と比べたらまだまだ格下である。


 へとへとになりながら階段を登りきり境内へとたどり着くと、石畳が社まで続いていた。


 拝殿の前までやってきた二人。リオンはその建物のダイナミックな形状の屋根や各所にあしらわれた細かい装飾を見てなかなか感動を覚えていた。科学技術はリオンから見ればゼロと言っても差し支えないが、どうやらこういう芸術的な技術に関しては高いレベルでの発展を遂げているようであった。


 すると、杏は小銭を箱の中に投げ入れた。縄を振って鐘を鳴らし手を合わせて目をつぶる。


「何をしてるんだ?」


「神に願っているのだ。この国が来月の戦で勝てるようにな。お前は神の使いだというのに、そんな事も知らないのか」


「あ、あぁ……逆に! 逆に分からないんだよ。それ、俺もやってみていいか?」


「え? あ、あぁ……まぁいいが……」


 リオンは杏から小銭をもらい、杏がした事をそのまま真似してみる。何を願うかと言えば、もちろんファニールに帰れますようにだ。イコはこのような行為馬鹿にしそうだが。


「ここは拝殿だが、この奥に本殿がある。そこで神の姿を拝むことが出来るぞ」


「神の姿……?」


 願掛けが終わるとリオンは杏にそう言われ、拝殿の奥へと進んでいく。するとそこには拝殿と繋がった本殿があった。リオンはその内部を見てぎょっとした。


「あれは……プラズム……」


 本殿の奥に横たわっていたのは、白と赤の配色の大型の蜘蛛であった。このコロニーの上部にいたものと同じタイプだ。


「心配しなくていいわ。完全に活動を停止している」


 リオンは身がまえたがイコの言葉に「そ、そうか……」ととりあえず警戒を解く。


 プラズムにちょっかいを出せばその報復が来ると言われている。おそらく、なんらかの原因で動かなくなってしまったものを、この現地人がここまで運び込んだのだろう。


 すると杏が「プラズム……?」とキョトンとした顔をリオンに向けてきた。


「まさか……お前達はあれを信仰してるのか」


「あぁ、あれこそがこの世界を創設し、神、その分体だ」


 確かに、このコロニーは、プラズムが保守管理しているようだった。このコロニー内部の世界しか知らない杏達現地人にとっては、神のような存在という事なのだろう。リオン達にとっては気味の悪い、何をしてくるか分からない、迷惑な存在といった感じだが。


「もしかして……あぁいう風にご神体を奉るというのは、やめた方がいいのか?」


「い、いや……別にそれに対して問題はないんじゃないかな……」


「そうか、ならよかった」


 それにしても、先ほどはこのプラズムに対して願掛けを行ったということになるのか。リオンはこのプラズムのせいで故郷に帰れなくなったというのに。なかなか滑稽な話である。


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