第9話 修行の成果
そして仮想空間内で二週間が経過した。現実世界ではまだ40分程度しか経っていない計算だ。
リオンは切り捨てられた自分の腕を拾い上げて、切断面を合わせた。瞬時に傷が回復する。
もう体が斬り刻まれる事にも慣れたものである。いまだに痛みを伴う設定にはしていないが。
ちなみにリオンの服装は雑賀の黒い甲冑へと変わっていた。あの秀隆との戦いでは、こんなもの無意味ではあるが、そこまで辿りつく前に秀隆以外の人間とも戦う事になるだろう。現地人が使う弓矢や通常の刀攻撃に対してはかなり有効な防御力を有しているようであった。今のうちにこの姿にも慣れておいたほうがいい。
「にしても全然勝てないな……」
二週間経っても、リオンはほとんどイコにダメージを与えられないでいた。それに成功した唯一の例も、自分の首を半分犠牲にしながら捨て身の攻撃をするというもので、実戦でやれば死を意味する意味のない戦い方であった。しかも与えた傷も腕の皮を薄く切った程度だ。
仰向けになって、青い空を見つめる。ずっと灰色の世界では気分が優れないので様々な風景に変更しながらリオンは仮想空間での生活を送っていた。
全て作り物の世界だが白い雲がゆっくりと流れていく光景は雄大で中々いい眺めだと言えた。
「疲れたふり?」
するとイコが顔を覗き込んできた。その頭部によって日光が遮られる。
確かに実際の体は動かしてないわけだし体に疲労なんて溜まるはずもない。24時間止まらずに全力疾走だって出来てしまうはずだ。
「……これは精神的な疲れだよ」
そんな事をしているうちにもイコの分身同士が遠方で戦っているようだった。それで勝者のデータだけを残していって自身を強化しているのだ。こうなればリオンには永久に勝ち目なんかないのではないか。
「少しは俺に勝たせてくれ。成功体験は重要だぞ。このままじゃやる気がなくなってしまう」
「まぁ、それもそうね。なら段階的に強さを上げていく事にしましょうか」
リオンがその場に立つとイコが刀を構えた。
「まずレベル1」
レベル1だけあって、確かに持ち方からして素人。二週間前の自身を見ているようだった。
「……ちなみにそのレベルはいくつまであるんだ?」
「レベル100を秀隆の強さと想定してるわ。今のところ私自身が弱いからレベル100は再現出来ないし、秀隆の戦いを大して観測していないからあまり正確な値とは言えないけれど」
「そうか……先は長そうだな」
◇ ◇ ◇ ◇
そして、仮想空間の中で三ヶ月の時が経過した。
並んで立つ木を挟むようにして、イコとリオンは平行に林の中を駆けていく。
そして、その木が途切れたとき、二人は距離を縮めお互いの刃を交わらせた。
はじき返したかと思えばすぐ様繰り出されるイコの突き。
それを首の皮すれすれのところで横に交わすリオン。するとイコの刀はリオン後方に立っていた木に食い込んだ。隙ありと胴体に一太刀を入れるリオン。
イコの胴体には深い傷ができ、イコはふらふらと後退した。
「……レベル7クリア。少しは動けるようになったんじゃないかしら」
イコの胴体の傷が回復しイコはバランスを取り戻す。
「そうだな。現実世界の初日でレベル7まで上がった。これは結構順調と言えるのかもな。戦が始まるまではまだ二か月もあることだし」
「……残念だけどそう単純は話ではないわね。なんでも最初の内はすんなりと吸収できるもの。レベルが上がっていけば、あなたの成長速度はどんどん鈍化していくはず。ざっと計算してみたけど、二か月間の修行で何とか秀隆に届くかどうかってところじゃないかしら」
「そうなのか……? 案外ギリギリなのか」
だからと言ってこれ以上修行時間を増やす事は出来ない。健康状態に支障が出てしまう。
「さて、そろそろ現実世界に戻りましょうか。現実世界では現在午前0時を過ぎたところよ。もう睡眠を取らなきゃいけない時間だわ」
その言葉にリオンは「本当か!?」と、声を上げた。この惑星の、一つの地域における時刻なんて宇宙人のリオンにはどうでもいい気もするが、杏との生活に合わせていた方が都合がいい。
「ヤッホー! やっと眠れる! 睡眠なんていつ以来だよ」
「三か月ぶりよ。ダイヴ、オフ」
リオンがガッツポーズをして喜んでいると、イコがそう宣言する。するとその瞬間リオンの周りの景色が加速し始めた。猛烈な速度で木々が揺れ、一気に日没が訪れる。いや、これは回りが速くなっているというよりはリオンの感覚が仮想空間に対して遅くなっているのだ。
「う……」
宇宙船内にて目が覚める。あれからまだ半日程度しかたっていないなんて。幼い頃は基本学習のために何度もやったことだが、いまだに変な感覚に捕らわれてしまう。リオンはコネクターを頭の接続端子から引き抜いた。
◇ ◇ ◇ ◇
そして現実世界でリオンが修行を始めてから三日後の朝九時、リオンが宇宙船を下りて外門を抜けコロニー内部に入るとそこには杏が立っていた。
「オォ、杏、キテたか。なんだかヒサしぶりだな」
「え……リオン、お前、言葉が……」
杏はリオンに現地の言葉で話しかけられたので驚いたようだ。
「アァ、まだカタコトだけど、少しは喋れるようにナッタ」
リオンはなるべく仮想空間でイコと喋るとき現地の言葉を使うようにしていた。もうラーニングが始まってから仮想空間内で二年以上も経つのだ。これくらいは喋れて当然だろう。
今まではイコの翻訳を介する必要があり意思疎通に時間が掛かっていたが、これからはスムーズに会話が出来るようになりそうである。
「それはすごいな……となれば本当に剣技のほうにも期待が持てそうだ」
◇ ◇ ◇ ◇
修行を初めてから現実世界で二十日ほどが経過したときだった。
その日リオンはいつものように杏に連れられて道場の見学へと出向いていた。
「これはリオン殿、今日も見学ご苦労様です」
すると休憩中、惣十郎という、体も顔も岩のようにごつい男に笑顔で声を掛けられた。
「え? あぁいや……」
「なんでもリオン殿は、ただここで見学してるだけで、たった二か月で若様を圧倒するまでに強くなられるとか」
「……まぁ、そのつもりだけど」
「そうですか……リオン殿がこの道場で見学を始められて、今三週間程でしょうか。とあれば、既にこの私なんかより強くなってないとおかしいですよねぇ?」
なんだか嫌味に満ちた言い方だったが、言っていることは至極真っ当である。リオンは雪丸に無様に負けた時以来、一度も現実世界で剣を振るっていない。見学しているだけで本当に成果があるのか、彼等にとっては甚だ疑問だろう。
「つまり俺と試合がしたいと?」
「えぇ、それはもう! リオン殿の力をとくとこの身で体感したくございます!」
惣十郎は、獲物が釣れたとばかりに嬉しそうで、分かりやすいリアクションをする。
「……イコ、こいつの強さはどのくらいだ?」
「レベルは30ってところね」
リオンは「30か……」と呟き、惣十郎の普段の動きを思い出す。確かにその評価は妥当に思えた。レベル100の秀隆から比べれば低いようだが、この道場内では中堅と呼べる強さだ。
「分かった。いいだろう」
リオンがそう答えるや否や、皆が二人に注目を始めた。やはり、雪丸に以前負けたとはいえ、朧月を抜いた人物である以上、その注目度は高いらしい。
その十分後、二人は道場の真ん中で皆からの視線を浴びながら、お互いの顔を見ていた。
「本当に防具はお付けにならないので? またこの前のように大怪我をなさいますよ」
どうやら勝つこと前提で考えているらしい。惣十郎は防具一式に身を包んでいる。リオンは最近杏にもらった紺色の和服のままだ。
「あぁ、怪我をしてもどうせすぐ治るから大丈夫だ」
「そうですか……ならば手加減をする必要はなさそうですね」
「ではお互いに礼!」
間に立つ審判が言い、二人は頭を下げる。そして惣十郎は刀を構えて近づいてきた。
「リオン殿。この私の正直な気持ちをここで申し上げさせて頂きます。いえ、これは私個人のものではなく、ここにいる殆どの者の総意と言ってもいいでしょう。貴方は何もせず座っているだけでこの城から糧食を得ているだけの穀潰しです。そして姫様が稽古の時間を削ってまで、まるで下女のように貴方の世話をしているという事も多くの者が納得しておりません」
すると道場の者達が「そうだそうだ!」と声を上げ始めた。
リオンは何も反論しない。素直にこの状況ではそう思われても仕方がないと思ったからだ。
「そうか。つまり、ここで成果を披露すれば少しは見直してくれるって事かな」
逆にまたここで負けてしまえば、リオンは城を追い出されかねない雰囲気であるが。
「そうですね、出来るものならやってみてください。これでも私はもう七歳の時からこれまで十年間も刀を振っているのです」
「え……という事は……」
「なんでございましょう?」
「い、いや、なんでもない。さっさと試合を始めよう」
リオンはその10年間という時間よりも、彼がまだ17歳という事実に驚いてしまった。まさかリオンより年下だとは。だが、それを指摘するのも可哀想だろう。リオンは木刀を構えた。
そして審判の「はじめ!」という言葉が道場内に響く。その瞬間リオンは目の色を変えた。
突っ込んでくる惣十郎。そして間合いに入ると、木刀を振り上げながら奇声を上げた。
「たあええあぁ――ッ!!」
次々繰り出される左右上段からの切り返しをリオンはさばいていく。それなりに速いが、普段リオンが相手にしているイコに比べればやはり生ぬるい。
そして、つばぜり合いになり、離れた瞬間を狙ってリオンは惣十郎の脳天に打撃を叩きいれた。パーンと軽快な音が道場に響く。それと同時に放たれた惣十郎の胴は空を切ってしまった。
「うぐッ……!」
審判の「一本!」という声。その次の瞬間、道場にどよめきが走った。
「ま、まさか惣十郎が負けた……」「だ、だがまだまだ、守護神と名乗るには程遠い強さじゃないか」「それはそうだが……たった二週間前でここまで強くなるとは……」
皆がお互いの顔を見て思い思いの感想を述べている。
「やったなリオン」
この場にいる中で唯一のリオンの味方、杏がやってきて声をかけてきてくれた。
「私も、お前の力を少し疑っていた部分はあったが、このまま先に進んでも良さそうだな」
その時、惣十郎が「リオン殿……」と声を掛けてきた。見ると、その場に膝をつき、床を見つめていた。防具の為痛みはないはずだが、精神的なショックのためだろう。
「一体どのようにしてこの短期間でそこまでお強くなれたのですか」
その問いにリオンはにやりと笑って答えた。
「それは守護神の秘密だ」
皆が雪丸を守護神だと信じている中でのその発言は、かなり挑発的なものではあったはずだが、面と向かって反論してくるものはいなかった。リオンはもう15年も眠らずに修行しているのだ。少しくらい調子に乗っても構わないだろう。
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