第8話 加速空間での修行
城からリオンが入って来た外門まではまっすぐに進んで二時間程度の時間が掛かった。
『それにしても本当にこの先に出るのか』と、杏は疑惑の表情で門を見上げる。
リオンは「あぁ、別に問題はない」と言って首の後ろからフードを取り出してそれを被った。「これで毒の気も完全にシャットアウト出来るからな」
『ほぉ……それを着れば私も外の世界を歩けるということか?』
「あぁ、それはもちろん」
両手拳を握り『おぉ……! それはすごいな!』と叫ぶ杏。なんだか興奮した様子だった。
「えっと……なんなら今度、船まで連れていってやろうか」
そしてリオンは気付けばそんな事を言ってしまっていた。しかし、イコはそれを翻訳しない。
「リオン。船なんてこの原住民に見せてどうするの。あんな神秘性も何もないものを見せたら神の使いじゃないとバレるかもしれないわよ」
「……そうだな。悪かったよ」
イコはいちいち厳しい。リオンは気を切り替えて杏に顔を向けた。
「今日は送ってもらってありがとう。食料までもらって。非常に助かるよ」
リオンはそう言って、背中のリュックをポンと叩いた。
『気にするな。これも使命だ。では三日後の朝にまたここに来ればいいのだな』
「あぁ、よろしく頼んだ」
リオンは門の前のパネルをイコに言われるままに操作し、中へと入っていく。
「ま、あなたにとっては三日後じゃないんだけどね」
門が完全に閉じて笑顔の杏の姿が見えなくなると、イコはそんな事を呟いた。
「今から気の重くなるようなこと言うなよな……」
◇ ◇ ◇ ◇
外門を出ると、そこは赤い乾いた土の大地が広がっていた。動物の姿はなく、植物もまったく生えていない。毒物に犯された、完全に死の世界だ。宇宙船はコロニーの壁から30m程先に停めており、リオンはそこまで歩いた。
その宇宙船はリオンの所属する新規惑星開拓事業を行う会社の所有物である。搭乗人数は四人までという小型の量産型舟艇で、コアによるエネルギー配給が出来れば長距離ワープ航行が可能である。中央には居住スペースと操縦席があり、四隅にはENドライブと呼ばれるコアのエネルギーだけで推進力を得られる機構が飛び出すように配置されている。
リオンは後面にあるハッチを開き、狭いエアロックを抜けて宇宙船内部へと入った。
内部の船首には操縦席が二つ並んでおり、その後ろは敷居もなく居住空間となっている。基本的に壁に色々と収納されているので、一見物の少ないシンプルな空間となっている。
リオンは宇宙服を脱いで壁の収納部分へとそれをしまう。するとその姿は上下共に下着姿だ。
机を壁から倒すように出現させて、その上にリュックを置く。床からスライドするようにして出てきたイスへ腰を下ろすとテーブルの上に肘を置き深くため息をついた。
「はぁ……なんか随分色々な事が起こった気がするな。この惑星に着てまだ二日目だけど」
「でも、まだ何の成果も得られてないわよ」
「……確かに。弾を撃ち尽くしたぶん、実質マイナスかもな……」
それを考え再びリオンはため息をつく。
杏に渡された食事を終えるとリオンは雑賀で取れたというお茶を飲んでくつろいだ。
するとそんなリオンにイコは「さて、そろそろ始めましょうか」と無感情な声を投げた。
リオンは「あぁ……そうだなぁ……」なんだかあまり乗り気とは言えない様子である。
「やらない訳にはいかないわよ。このままじゃ雪丸に刀を取られたままなんだから」
「分かってるよ……」
リオンはよっこいせと面倒くさそうに立ち上がると操縦席に座り、座席の首元から通信ケーブルを伸ばし自身の後頭部にある接続端子にケーブル先端のコネクタ部分を突き刺した。
「体感時間倍率500。環境はとりあえずベーシック空間。じゃあ行くわよ。ダイヴ、オン」
イコがそう宣言した瞬間、リオンの視界がゴムのように引き伸ばされ、再び元に戻った。
するとそこはもう宇宙船内部ではなかった。
「来てしまったかぁ……この空間に」
そこは見渡す限りの平面が続く空間だった。空も床も灰色で、遠方には真っすぐな地平線があるだけだ。そんな中にポツンとリオンが座る操縦席だけがあった。
リオンは席から立ち上がり、数歩先へと進む。するとその目の前にイコが姿を現した。
そして「えい」といきなりリオンに抱き着いて押し倒した。そのまま馬乗りの状態となる。
「うわっ! 何すんだよ」
「いえ、久しぶりだったからつい」
そう、この仮想空間ではイコはアバターの姿でリオンに触れることが出来るのだ。
「体感時間倍率は最大の500に設定したから、毎日14時間は潜るとして、戦が始まるまでの二か月間で45年程度にはなるかしら」
1日14時間、45年だなんてさらっと恐ろしいことを言う奴である。
「あと現実でのフィジカルトレーニングも1日2時間くらいはやっておいた方がいいわね」
「そんな事すれば、あとは寝る時間くらいしか残されてなさそうだけど……」
「それも仕方ない事ね。どうせ他にやる事なんてないじゃない」
リオンはそのまま腕を横に広げて大の字になり、遠い空を見つめた。
この仮想空間では宇宙船に搭載されたコンピュータによる外部処理によりリオンの体感時間を最大500倍にまで加速させる事が可能となっている。リオンがやろうとしている事はつまり、何十年もひたすら修行するという、ただの努力のゴリ押しで最強を目指すという方法だった。
「これから45年とか……長すぎだなぁ……」
絶望すら覚える長さだ。現実世界でいう半生以上の時間をただ剣の修行のために費やすのだ。
「とりあえずチェスでもやる……?」
イコがそういうと地面からチェスの盤と駒が現れる。リオンは起き上がり二人はチェスを指しはじめた。この加速空間ならばリオンの頭の演算速度はイコと同等にまで引きあがる。リオンにも勝機はあるはずだ。
「しかし果たして45年でどうにかなるものかな。現地の人間も同じくらい練習してる人間はいるかもしれないぞ。道場には60歳くらいに見える人もいたけど」
イコが目で見ただけでススっと駒が先へと進む。
「まぁ、現地人は基本的に命を懸けた戦いっていうのはそう経験はしないはず。でもこの仮想空間ならそれをいくらでも体験できる。その差は大きいんじゃないかしら。それに現実世界で何十年も練習してたらその分老化もしてしまう。ここでは、あなたはずっと若いままよ」
リオンは「……それもそうだな」と、顎に親指を当てながら先の手を考える。
「それに私達はその45年間を寝ることも食事することもなくフルで活用が出来る。彼らの送る45年間とは密度が違うわ。私達を馬鹿にしてた原住民達を後悔させてやりましょう」
なんだか、イコは道場で噂話をしていた事を根に持っているらしかった。
その30分後、リオンはチェスを投了した。
「くっそー、結局負けるのかよ」
「私の勝率が七割ってところね。さて、そろそろやる気は出たかしら?」
はぁ、とリオンは溜息をつき、膝に手をついてその場に立ち上がった。
「分かったよ。じゃあ修行に入るか」
イコはふわりと浮かぶと数mリオンから離れて着地した。
「刀はどんなタイプにする?」
「タイプ? そうだな……」
最終的にはあの朧月を使う予定ではあるが、その前にあの雪丸に勝つ必要がある。その時は木刀だろうか。朧月を手に入れたとしても、それを失ってしまう可能性もあるかもしれない。結局いろんな刀に慣れる必要がありそうだ。
「まぁ、とりあえず皆が持ってるようなオーソドックスなタイプでいいんじゃないか」
イコが「分かったわ」と答えると二人の前に刀が出現した。お互い手を伸ばしそれを掴む。すると重力を受ける設定になったらしくリオンの腕が下がった。その重さは1㎏程度だろうか。
「私の姿は……? あの秀隆になる事も可能だけど」
「……そのままでいいよ。とりあえずね」
イコは「そう」と返事をしてリオンに向けて刀を構えた。
イコの動きは今日の道場の見学から読み取った動きを元に作られている。それだけあって、なかなか様になっているように感じられた。まだまだ学習は足りないはずだが。
「じゃああなたからかかってきていいわよ。私はそれまで何もしないわ」
まるで昨日のシチュエーションと同じだ。リオンは「よし……」と刀を構える。
「今日こそはやってやる。昨日の俺とは一味違う所を見せてやろう」
そしてリオンはイコに出来うる限りの速度で駆け寄っていった。
「はぁッ!」
昨日とは攻撃の手を変え胴に向かって斬り込む。すると、それに合わせイコが動いた。
あれ……?
気付けば地面と床が逆さになっていた。いやこれはリオンの首が飛ばされてしまったらしい。
グルングルンと縦に回転する景色。首から上がない自身の体が見えた。ドシャリと重力のままにその場に倒れてしまう。リオンの頭はゴンと地面へと衝突し、コロコロと転がっていった。
肺と繋がっていないので喋る事すら出来ない。出来ることは眼球を動かすことくらいだ。
「あらあら」
少しするとイコがやってきてリオンの頭を両手で大事そうに持ち上げた。間近で目が合う。
「かわいそうなリオン。待ってて、今すぐくっつけてあげる」
イコは倒れたリオンの体に目を向けてそれを浮き上がらせた。手足が痙攣している。そしてイコはその体に近づくと首の上にリオンの頭を乗せた。みるみる首の切断部が接合される。
「ぷはッ……」
完全に傷が治癒するとリオンは息を吹き返した。とは言ってもずっと意識はあったわけだが。
腰を曲げ、首に両手を当ててこれまでの分を取り戻すように呼吸をする。
「はぁ……はぁ……こんな体験、心臓に悪いぞ……」
現在は痛みは発生しないし呼吸をしなくても大丈夫なはずだが、これは精神的な問題なのだ。
「そのうち慣れるわ」
頭を上げるとイコがニヒと口角を上げ笑っていた。どうやらこれから先も殺る気満々らしい。
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