第7話 戦の理由

 次の日リオンは杏と共に城から少し山を下った場所にある整地された広場へと向かった。


 そしてその奥のある700㎡ほどの平屋の建築物が道場になっているらしかった。


 中に入ると周辺地域の武士が集まっているのか、総勢100名ほどが剣の稽古に励んでいるようだった。みんな「えいっえいっ!」と声と足踏みを揃えて、一心不乱に素振りをしている。


『ここでは剣だけではなく槍や弓、馬術など、戦で必要な様々な技術を身に着ける活動をしている。どうだ、私は稽古に混じるがお前も見ているだけではなく一緒に参加してみないか?』


「あぁ、いや……やっぱり俺は端の方で座ってるよ」


『そうか……私にはそうしているだけで最強になれるとは到底思えんがな……』


 リオンは杏の誘いを断り道場の隅で胡坐を掻いて見学を始めた。とは言っても、実際見学するのはリオンというより腕に巻きついているイコなのだが。イコは彼等の剣技を見て、そのモーションの学習を始めた。ちなみにアバターも一応姿を見せ、リオンの隣で正座している。


 彼らは足さばきの練習、切り返し、打ち込みなどのメニューを流れるようにこなしていく。


 そして休憩時間になったようで皆汗を拭いたり道場の外に出て水を飲みに行ったりし始めた。


 するとその時リオンは、周りから寄せられる視線に気づいた。彼らは、お互い顔を近づけてひそひそと噂話をしているようだった。


「……なんだかあまり歓迎されてないような雰囲気だな」


「守護神様とか言って一瞬持ち上げてたのにまたまた手のひら返しかしら。なんだかこちらに聞こえないように話してるつもりみたいだけど私には筒抜けよ。聞きたい?」


「いや……なんだか気分を害しそうだからやめとくよ」


 彼等はもはやリオンの事を国の宝具を狙う略奪者のように思っているのかもしれない。


「杏、ところで雪丸の姿が見当たらないみたいだけど」とリオンは通りすがった杏に尋ねる。


『ん? あぁ、奴はまだ足の怪我が完治していないから稽古には参加していないのだ』


 もしかしたら昨日の試合で雪丸から動かなかったのは、そういう理由もあったからだろうか。


 実戦にはそういう駆け引きが重要なのかもしれない。


 休憩時間が終わり、また皆が防具を着る。すると今度は試合形式の稽古が始まるようだった。


 そこではやはり杏は他の追随を許さぬ強さを見せつけていた。まるで結果が最初から確定しているかのように、相手の急所へと木刀をズバンと当てていく。


 それ以外にも目に入る人物はいた。昨日リオンに後ろから野次を飛ばしていた雪丸の信者の雫である。体は小さいがその分うまく懐に入り込み、すばやい攻撃を仕掛けているようだった。


 もう一人は、豪真である。つばぜり合いになったときに相手を力で押し込み、隙を作って一撃を与えるという、雫とは対照的にパワープレイが得意な様子であった。


 彼等の動きはとてもではないが、今のリオンには真似出来そうにもない。果たして本当にその更に上を行くはずの秀隆になど勝てるようになるのだろうか。




 その一時間後、どうやら剣術の修行の時間は終えたらしく、皆は建物から外に出ていった。


 どうやら次は、広場で槍術の稽古をするらしい。


「本当に一日中訓練してるんだなここの連中は。どうだイコ、動きは読み取れたか?」


「まだまだデータが不足してるわね。でもこれで初期の練習くらいは何とかなると思うわ」


「そうか、なら今日はもう宇宙船に向かうことにしよう。杏の帰りも考えると早く行動したほうがよさそうだ。この国は道に外灯もないだろうからな」


 ◇ ◇ ◇ ◇


 午後二時、リオンは杏と共に、宇宙船を目指すことになった。馬に乗るという移動手段もあるのだが、宇宙船までの道のりは凹凸が激しく、さらに隠密行動には向かないとのことで徒歩での移動となった。杏が用意してくれた食料と水はリオンが最初から背負っていたリュックにしまってしまった。


「にしても、今日見学していて思ったけど皆すごいな。よくあれだけ動けるもんだ」


 山道を下りながら、リオンは先ほど道場での感想を述べていた。


『そうか?』


「特にお前や豪真、雫の三人の強さは目立っていたよ。一方的な戦いになってたな」


『そうだな確かにあの二人は強い。なんだかボーッとしているようにしか見えなかったが、案外ちゃんと見学していたのだな』


 リオンは失礼な奴だなとは思ったが、半分くらい事実なので否定は出来なかった。


『目に入った人物はそれくらいだったか?』


「そうだな……そういえば、もう一人お前たちと同じように一方的に攻撃してた奴がいたな」


『ん……誰の事だ?』


「なんだろう、ちょっと病的なくらい細身で長めの髪を後ろで結っている男だ。でも全然そいつが強いって訳でもなさそうだったんだよな。みんなあいつを相手にした瞬間にあからさまに手を抜いていた様子だったんだが」


『あぁ……それは雅様だ』


「雅さま?」


 様をつけるなんて。杏は四代城の姫のはずだが、その彼女よりも上の人物が城にいるのか。


『あのお方はこの雑賀の国主、綾瀬悠河様のご子息なのだ』


『ふぅん? という事はこの国の王子? なんだかヒョロヒョロで頼りない感じだったわね』


 すると、二人の隣でアバターを浮かせていたイコがそんな事を言い始めた。


『こ、こら! あまり雅様の悪口を言うではない!』


『別にこの国で誰が偉いとか私達にとってどうでもいい事だわ。私達は神の国から来たのよ』


『むむむ……』と不服そうな杏。リオンはそんな杏に質問してみる事にした。


「じゃあその雅がこの城で一番偉くて、敵が来たらそいつが戦の指揮を執る事になるのか?」


『いや……まぁ一番偉いことには偉いが、今のところ戦の指揮を執る予定はない。というかそのようなご意思は雅様にはないようだ。雅様は今、悠河様の命令で、身心を鍛えるためにこの城に来ていると聞いている。四代城は国で一番武術に力を入れているからな』


「そうなんだ。……でもあれじゃあ全然鍛えられてないんじゃないかと思うけど」


『あぁ……そうだな。まぁ最初は雅様も一生懸命、鍛錬に励んでおられたのだが……どういうわけがあってか、次第にやる気をなくされてしまったのだ』


 リオンは「ふーん」と相槌を打つ。よく考えればリオンにとってどうでもいい話であった。




 一時間ほど歩き、リオン達は街道の端にある岩に座って小休憩をすることになった。


 杏はリオンの持っていた水筒の回してフタを締めるという機能に感銘を受けていた。


「そうだ杏、この国の情勢についてもう少し詳しく教えてくれないか」


『ん? あぁ、もちろん構わない。情勢か、具体的にどういった事が知りたいのだ?』


「そうだな……二つの国が争ってるらしいけど、どこからどこまでが雑賀で、どこからどこまでが根来なんだ? このコロニーは全部で六つの区画に別れているはずだけど」


『それは知っているのか。そうだな、今のところ、ここから東にある第六区以外は、全部雑賀の土地だ。まぁ、昨日近重城が奪われてしまい、その辺り曖昧になってしまっているが……』


「え……? 敵はその第六区だけにしかいないってことなのか? ……なんでそんな国にお前たちは苦戦してるんだ。国土の差が五倍もあるのに」


『あぁいや、そうじゃない。敵軍は実はもっと別の場所から来ているのだ』


「別の場所? どういうことだ」


 敵国はまさか、外の世界からやって来ているのか。しかし外の世界に出るには、それ相応の科学力が必要なように思える。秀隆の恰好を見た限り雑賀と大差ないように伺えたのだが。


 すると杏は『それは……』と、少し遠い目をして語りだしたのだった。


『あれはもう五年も前の話になるな。突如、第六区の極東に門が生えてきたのだ』


 リオンは杏の言っている事がイメージ出来ず「門が、生えてきた……?」と聞き返した。


『あぁ、大きな鳥居のようなものが、地面を突き破っていくつも出現したのだ。それは今神門と呼ばれている。そしてその神門は別の場所へと通じていた。根来の国がある別の大地にだ』


「……それって隣の区画に行けるようになったっていうだけじゃないのか?」


「いや、第六区は一番東の地区だ。その先には死の大地が広がっているだけのはず。それに根来はどういう訳か、時間が雑賀とは少しズレた場所でな。日の入りが二時間ほど早いのだ。それを考えても、根来は決して隣の地などではない。どこかと聞かれても答えられないが」


 リオンはそれを聞いて暫くの間考えた。するとイコがファニールの言葉で話しかけてきた。


「つまりそれって神門はワープゲートって事かしら」


「うーん……そうだな。そうとしか考えられないか」


 一体どんな意図でそんなものが設けられてしまったのか。リオンは続けて杏に質問を投げる。


「それで土地が繋がったら戦争になったのか? お互い領土拡大の侵略を行ってるって事か」


『まぁ、現状を見ればそれは否定は出来ないかもしれないが……二国は最初からそんな険悪な仲にあったわけではない。神門によって繋がった当初はちゃんとした国交があったのだ』


「へぇ……それがなぜ戦に?」


『むしろ神の使いであるお前に何故こんな現状にしてしまったのか、聞きたかったのだがな』


「え……あぁ、いや、その……残念だけど、その辺りとは関わりが無くてだな……」


 この戦は神のせいだとでも言うのか。何も知らないリオンはただ、誤魔化すしかなかった。


『そうなのか? まぁ、では教えてやろう。それは第五区が闇に包まれてしまったからだ』


 また杏からよく分からない言葉が飛び出した。「闇に……?」とリオンは再び聞き返す。


『上を見ろ、空とこの区の間に、透明な膜が張ってあるだろう。第五区ではそれが曇りがかって、ついには完全に日の光が入らなくなってしまった。そうなれば、その土地はまったく使い物にならなくなる。動物も植物も死滅し完全な死の大地となってしまったのだ』


 確かに。基本的には生物というものは恒星の光エネルギーに依存しているものだ。遅かれ早かれ、それがなくなれば生きていける生物は居なくなってしまうだろう。


「それからしばらくして、あの秀隆が根来で下剋上を起こした。そしてその勢いのまま奴は雑賀に攻め入り、六区にある六城を攻め落としてしまった。それが約半年前の話だ」


 秀隆があちらの国の王になってから案外大した期間は経っていないらしい。


「えっと、それでなぜ秀隆は雑賀を攻めてきた。雑賀が土地を失ったから侵略したのか?」


 相手が弱ったところを襲うなんて。まぁ、国同士の関係なんてそんなものかもしれないが。


『いや、話によれば土地を失ったのは根来も同じらしい』


「え……それって原因も同じなのか? その日の光が届かなくなったっていう」


『あぁ。そして土地を失えば、その土地の動植物はそのままそこで死ぬ。だが、人はなまじ知恵があるばかりにその難を逃れ他の地区へと疎開する事になる。そうなれば単純に考えて食料が足りなくなるだろう。だから根来は雑賀に攻め入ってきたのだ』


 相手も余裕がなくなって仕方なくという事か。単純な悪者というのはいないのかもしれない。


「にしても、同時に離れた場所で土地が使えなくなったのか。その理由は分からないのか?」


『神によってもたらされた現象だと巷では言われているが、誰にもその答えは出せていない』


 保守のためにプラズムが駐在しているようだったし、整備不良によって二つの離れた地域が同時に使用出来なくなるというのは考えづらい。プラズムが意図的に引き起こしたということなのだろうが、リオンにもその意図が何なのかは分からなかった。


「なら二か月後の戦の目的は、元々雑賀の土地だった第六区を取り戻す事にあるって事か」


『あぁ。しかし根来の今の体制は瓦解させるつもりだ。そのまま放置すれば、いずれまた根来は雑賀の地を侵略してくるに違いないからな。それには結局秀隆の首をとる他ない』


 おそらく根来も同じような気持なのではないだろうか。これはもうどちらかの国が亡びるまで戦いが続いていくしかないようにリオンには感じられた。


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