第6話 二か月後の戦にむけて

「うっ……」


『おぉ、気付いたかリオン』


 目を開けるとそこには杏がいた。枕元に正座してリオンの顔を覗き込んでいる。


 上体を起こすと頭から何かが落ちた。どうやらそれは患部を冷やすためのものか、水で湿らせた手ぬぐいのようだった。布団が敷かれその上に寝かせられていたらしい。


 周囲を見渡す。そこは城の屋敷の一室か、八畳の広さの座敷であった。


「おはようリオン」


 部屋の隅にはイコのアバターの姿もあった。これまで何か杏と話していたのだろうか。


 それにしても部屋が暗い。既に日は落ちてしまっているらしい。行灯が部屋の隅に置かれていたが大した明るさではない。電気が通っていない。というかそれ自体を知らないのだろう。


『頭の方は大丈夫か……?』


「あぁ……大丈夫だ、問題ない」


 自身で打撃を受けた部分を触ってみる。もう痛みは何も感じない。完治しているようだった。


『正直あれは死んでもおかしくないと思ったが、案外回復が早かったな』


『リオンの体は丈夫に作られているの。あなた達とは違ってね』


 イコが杏にそう話す。確かにそうだった。リオンの中では常識だったが宇宙文明連合に入る人類のほとんどは遥か昔の世代に遺伝子操作を受け治癒速度が何十倍にも高まっているのだ。


「すまないな、ありがとう。看病してくれてたのか」


『いや、こんなこと何でもない。それにしてもリオン……』


 そこで杏は天井に顔を向けて軽く息を吐いてから言った。


『まさかお前があんなに簡単にやられてしまうとは思わなかったぞ』


「そうだな……」とリオンは少しふさぎ込む。


『ま、まぁあまり気にするな。朧月を抜いてくれただけでも大きな成果だ。あとは雪丸に任せてしまえばいい』


「……いや、それじゃあ駄目だ。雪丸では敵に刀を奪われてしまう可能性がある。お前もそれは薄々感じていることなんだろ」


『それは、まぁ確かにそんな可能性もあるが……雪丸は仮にもこの国最強の剣士なのだぞ。だったらどうしろというのだ』


「それは俺が朧月を手にして戦えばいいのさ。最初からそのつもりだったろ」


 リオンはごく真面目な顔でいう。杏はその態度に呆れた様子だ。


『……あんな負け方をしておいてよくそんな事が言えたものだな。一体どこからそんな自信が湧いてくる。はっきり言ってお前程弱い武士は探してもなかなかおらんぞ』


 そこまで言われるとさすがに少しリオンもショックであった。


「……あの試合は実は負けても良かったんだ」


『何……? まさかワザと負けたとでも言うのか?』


「いや……負けたのは素だけど。でも、あの試合で勝った事によって刀を手に入れた雪丸は、逆に試合に負けてしまえば、刀を手放さなければならないという事になる。次俺が勝った時にすんなり刀を受け取れるように、今のうちに負けておいたというわけさ」


『私がそう進言しておいたのよ』とイコがそう付け加える。


『……しかし、勝つといっても一体どうやって勝つというのだ。まさか、あの銃とかいうものでも使うつもりか? 当たり前だが、そんな事をしても誰からも認められるワケがないぞ』


「いや。単純に俺が剣術で優るようになればいいだけだ。それなら文句ないだろ」


『だから、それは一体どのようにして……』


「それはこれから練習して強くなればいい」


 リオンの言葉に杏は『え……?』と虚を突かれたような顔をする。


 次に『リオン……』と可哀想な人を見るような目を向けてくる。そしてゆっくり瞼を閉じた。


『残念な知らせだが、この国、雑賀は二か月後に敵国根来に全面的な戦を仕掛けるのだ』


「え……」


『お前がこれから先、長年に渡って修行を続けていけば雪丸よりも強くなれる可能性も、それはゼロではないかもしれないが……その時にはもうさすがに戦の決着はついている。雑賀も根来もお前が強くなるまで待ってはくれんぞ』


 リオンは「二か月後か……」と呟き、胡坐をかいて手にあごを置いた。そして顔を上げる。


「それだけ時間があれば、何とかなると思う」


 すると杏は「は……?」と目を見開いたあと、血相を変え、畳をバンと叩き訴えてきた。


「馬鹿な事をいうな! さすがにお前剣技というものを舐めすぎだぞ! 私達は幼き頃から有事に備え剣を毎日のように振るってきた。二か月などという期間では何も出来はしない!」


 しかし、リオンは落ち着いた様子でかぶりを振る。


「出来るさ。お前だってこの守護神を舐めすぎじゃないか」


 二人は顔を近づけ視線をぶつける。だが、しばらくすると杏の方が押し負けたようだった。


『……まぁ、お前が朧月に選ばれた事は紛れもない事実ではある。お前達は神に遣われし者かもしれない……常識の外の存在だ。確かに出来ないと断言するのは早計だったかもしれん』


 杏は目を開き腕を組んでリオンに目を向けた。


『いいだろう。ならば、私はこれからお前の支援をする事にする』


「え……支援って。お前は俺を信じてくれるって事か?」


『まぁとりあえずな。だが盲信するまでとは言わない。お前が真実を言っている可能性も捨てきれないというだけだ。ならば、お前が雪丸を超え最強の剣士になるかもしれないのに、その可能性を無視する事は、国益に反するという事になる』


 確かに、とリオンは思う。杏はなかなか冷静に大局を見ているようだった。


『城の者達は皆、雪丸を半ば神格化し感情的に支持している者が多い。だが、それでは駄目だ。重要なのはこの国が勝つこと。そう導いていく事が私の使命だ。そのためなら、あの朧月を手にするのは、お前と雪丸、どちらであっても構わない。少なくとも私はそう思っている』


「そうか……」とリオンは頷く。もしかしたら杏は、雪丸と立場が同等故にそう考える事が出来るのかもしれない。双子の兄を神格化して考える事は逆に中々難しいことだろう。


『それにお前をこの城に連れてきたのは私だ。ならばその責任を果たさねばなるまい』


 リオンは杏のその心構えに中々の好感がもてた。しかし使命や責任など、なかなか息苦しそうな事に捕らわれているな、というふうにも感じられた。


『それで、具体的にどうするつもりなのだ。私は何をすればいい?』


 リオンは少しの間「そうだな」と考えを巡らせた。


「みんな毎日剣を振るってきたって言ってたけど、そういう修行の場でもあるのか?」


『あぁ。城には武術を学ぶ道場がある。私がそこで指導してやろう』


「あぁいや、指導はしてくれなくていい。見学さえ出来ればそれでいいんだ」


『え……』


「それと通うのは三日に一度くらいかな」


『お前……本当にやる気があるのか? それで一体どうやって強くなるというのだ』


「あぁ、実は、修行は俺が乗ってきた船の中で行うんだ」


 その言葉をイコは翻訳しない。そして「リオン」と声を掛けてきた。


「全てを話すのは危険よ。あの船は私達の生命線なんだから。もしここの原住民達が暴走して船が破壊されるような事になれば、私達は永遠にファニールには帰れなくなってしまう」


「あぁ……確かにな。でも、杏は俺達を信頼してくれると言ってる。ならこちらからも少しは杏を信頼するべきじゃないか。そうじゃないと何も話が進まないだろ」


 リオンがそう話すと、イコは渋々ながらも「……まぁそうね分かったわ」と納得したようだ。


「でも、話すにしても、一度私達が守護神であると言ってしまった手前、偽物であると悟られないように。それと、秘密を話す相手は必要最低限の人数に抑えて、さらにそいつらには他言しないように釘を刺しておかなくてはならないわ」


「分かってる」


 イコと確認を取り合ったリオンは改めるようにして、杏に秘密を守るように言っておいた。


『そうか分かった。お前たちの言う通りこれから話す内容について他言は控える事にしよう』


 すると杏はそう言って了解してくれたようだった。リオンは話を進める事にした。


「それで、さっきの話の続きだけど、俺は俺達が乗ってきた船で修行をする事になる」


『船……? その船でリオンは神の国からやってきたのか』


 リオンは「あぁ」と少し狼狽しながら答える。そういえばそういう設定だった。


「これからは道場での見学と、その船を往復するような生活になってくると思う。そこで杏にはその道中の護衛と食料の配給を頼みたい。敵兵がこの辺りをうろつくことはあるんだろ?」


『あぁ。聞いていると思うが、今日、近重城という我々が前線基地としていた城が落とされてしまった。だから今はこの城が前線基地だ。敵が近くまで来ていても不思議はない。分かった。護衛と食料の配給だな。それはいいが、その船は一体どこにあるのだ?』


「それはここから東北にある。このコロニーの外だ。それで、俺としてはその位置をなるべく人には知られたくない。少数精鋭で口の堅い者だけに護衛を頼みたいんだけど……」


『そうか……ならば私一人がいれば十分だろう』


「え……お前一人? 大丈夫なのか? 敵が複数でやってきたらどうするんだよ」


『まぁ、10人を超えるような部隊を相手にするのは避けたいが、本格的に戦が始まらなければ、敵もそんな中途半端に多い兵をよこしてきたりはしないだろう」


「つまり……その口だと、十人程度までなら杏一人で対処できるっていうのか?」


「そこは問題ないと思う。私はこれでも雪丸に次ぐ強さを持っているからな」


 杏は自身の胸に手を当てて、自信満々と言った感じで答えた。


「お前がこの国で二番だったのか……。でも……仮にその中に秀隆がいたらどうするんだ?」


『そうなれば今日のようにとにかく逃げる。それだけだ。奴に出くわせば、こちらが何人いたとて立ち向かえばやられる。それに、隠密行動ならば二人だけの方が見つかりにくいだろう』


「……そうか。それもそうだな。分かったよ』


 この戦場で今まで生きてきた杏がそう言うのならば、それを信用してもいいのかもしれない。


 という事でその日から二か月後の戦にむけて杏の支援及びリオンの修行の日々が始まった。


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