第5話 対決
『父上、その判断お待ちいただけませぬか』
しかしその時、刀が抜けてもほとんど無反応だった雪丸が口を開いた。
赤虎は『なんじゃ?』と隣の雪丸に顔を向ける。
『確かに刀は抜けましたが、それだけでそやつを守護神だと断定してもよろしいのですか』
その言葉に赤虎は軽く眉をひそませる。
『何を言う雪丸。彼は朧月に選ばれ、しかも秀隆を圧倒した。これ以上何を望むというのか』
『父上が言われる事も分かります。しかし杏曰く、その秀隆との戦いで、そやつは刀を使って戦った訳ではなかったとか』
『ぬ……そうなのか?』と赤虎からリオンは視線を向けられる。
「あ、あぁ……まぁ」
『では一体どのようにして秀隆を追い払った? 弓か? 槍か? しかし、いずれにせよ、達人級の腕前がなければあの男にそんなものが通じるとは思えんが』
仕方なくリオンは本当の事を話す事にする。「これだ」と、ホルダーから銃を引き抜いた。
『なんじゃ、それは』
「これは銃という代物だ。簡単に言えば弓のように遠距離から攻撃出来る武器だ」
『ほう、そんなものが弓と同じ……?』と、今度は赤虎は杏に確認のまなざしを送る。
『はい、確かにリオンはその武器を秀隆に向けて戦っておりました。ほとんど目に見えぬほどの速度で、小さな金属片を飛ばす代物のようです』
『なるほど……確かにそのようなものがあれば、秀隆に対抗する事も出来たのかもしれんな』
『そうです父上』と雪丸は話を続ける。
『その武器は誰が使っても達人と渡り合えるほどに強力なもの。言い換えればそやつでなくとも出来たという事です。そして守護神とは、まず一番に剣術に長けてなければなりませぬ』
『それはそうじゃな……弱い者が持っていても宝の持ち腐れ……』と納得する赤虎。
そこで雪丸はリオンに鋭い目を向けて尋ねてきた。
『それで、貴様の剣術の腕前はいかほどか?』
痛い所を突かれてしまった。いかほどと言われても、そんなものはゼロと言ってもいい。
「それは……す、少し触った事がある程度だ」
しかしそうは言えず嘘をついてしまう。だが、それでもリオンの回答に城内はざわついた。
『聞きましたか父上! このような素人に、そしてどこの馬の骨とも分からぬ者にこの国の未来を託していいのですか!』
赤虎は『ううむ……』と自身の顎髭を触って唸っている。
すると雪丸は、屋敷の舞台から飛び降りて、リオンのもとにまでやって来た。
「な、なんだよ」とリオンはその遠慮なく近づいてくる姿になんとか踏みとどまる。
『試したいことがある。その朧月、貸してみせろ』
リオンはその返答に困り、口が固まった。
『どうした? 人に貸した程度で自分のものではなくなってしまうかも、と不安なのか?』
リオンはその言葉に渋々と言った様子で雪丸に刀を差しだした。
すると雪丸は朧月を観察し「ふむ」とつぶやくとスイッチをスライドさせて刀身を出現させた。踵を返し数歩歩くと、ブンブンと刀を振り回してみせた。
その様子に『おぉ……』と城内に感嘆の声が湧く。
『なんだ、俺にも扱えるではないか』
そして、振り返ると刀の切っ先をリオンへと向けたのだった。
『だとすれば今すぐ実戦に取り入れるべきだ。こんな初心者ではなく、この国で一番強い者、つまりこの俺が持つべきなのだ』
「な、なんだと……」
リオンは突っかかったが、赤虎は『ふむ、確かにな……』納得しかけている様子。
周りの者も『そうだ』と声を上げ始めた。このままでは刀を没収されてしまいそうである。
『リオン。お前にはその銃という強力な武器があるのだろう。ならばそれを使って戦に参加し、守護神としての役目を果たしてくれればいい。であれば俺達はお前を歓迎するぞ』
雪丸は朧月を持ったままリオンに手を差しだす。もう自分のものにしたつもりでいるらしい。
しかしリオンは「……駄目だな」と、かぶりを振ってその握手に応じなかった。
『何? ……なぜだ。この城に客人として住まえば、悪くない生活を送れるはずだが』
「それは、まずひとつ、このもう銃は使えない。弓矢を使い切ったような状態にあるからだ」
『……なんだ、であれば貴様にはもう何の価値もないではないか』
雪丸は差し出した手を下げてしまった。ゲンキンなものである。というか最初から義務的な言葉で、リオンを城には入れたくないような雰囲気は出ていたが。
「そして二つ目、お前にその刀を預けるのは不安だ」
『何だと……?』と雪丸は眉をひそませる。
「お前、前回、秀隆と戦って敗走したらしいじゃないか」
『そ、それは当然だろう。武器に大きな差があったのだから。同じ神刀であれば……!』
「果たしてどうかな。また負けて、刀を奪われて、敵の戦力を上げるだけかもしれない。そうなれば、もう戦局はひっくり返せず絶望的じゃないか」
雪丸は眉をピクピクと動かす。だが、何とか感情を抑え皮肉るように鼻で笑った。
『ふん……ならば、仮に貴様が朧月を持っていれば確実に秀隆に勝てるとでもいうのか』
「あぁ……そうだな。その通りだ」
リオンはイコに一瞬目を向けてそう答える。それをやりたいわけではないが。
すると雪丸はついに完全に頭に血が登ってしまったようで大きな声を上げた。
『ふざけるな! 剣の事など何も分からぬど素人が何をほざくか!』
そしてリオンにビシリと指先を向けてきたのだった。
『ならばリオン、貴様今ここでこの俺と勝負しろ! どちらがこの国の守護神に相応しいのか、その勝負で決めようではないか!』
「え……」
『父上! それで構わないですか!』
『……そうじゃな。確かに弱者がその刀を持っていても意味がない。リオン殿、お主雪丸と試合をしてみたまえ。雪丸はこの国の守護神となるために修行を重ねてきた。その腕は国一とワシから太鼓判を押しておこう。雪丸にさえ勝てば誰もがお主を真の守護神と認めるじゃろう』
「い、いや待て……今の俺じゃ」
リオンはその流れを止めようとするが、イコはその言葉を翻訳してくれない。
「リオン、この勝負、受けてみたらどうかしら」
そしてそんな進言をしてきたのだった。
「はぁ? こんなの、どう考えても今の俺じゃ勝てる訳がないだろ」
「別に勝つ必要なんてない。むしろ負けてしまえばいいわ」
「な、何を言って……」
「どちらにしろ、これは断れる雰囲気ではないんじゃないかしら」
そこから、家来もいるのに杏が試合に使うらしい木刀を真っ先に取りに行ってしまった。
そしてその到着までの間、リオンは雪丸に問いかけられたのだった。
『それにしても、お前達はなぜこの土地に刀があると分かっていたのだ』
「え? あぁ、それはイコの能力だ。遥か遠くからでも、刀の位置が分かる。まぁ、どうやら刃を出してる時に限るみたいだけどな」
『ほぅ……。それは朧月に限ってか? 秀隆の持つ火焔の位置は分かったりはしないのか』
「あぁ、それも分かるよ」
『ふん、それは中々素晴らしい能力ではないか。お前達は前線に立つよりも、作戦指揮の補助にまわった方がいいのではないか。そのほうが命の危険も少ないぞ』
「……そうしたい気もするけど、そういう訳にもいかないんだよ」
そしてその数分後、杏が木刀を持って現れた。二人はそれを渡される。
『私が審判をしよう』と言って、二人の間に立つ杏。
リオンはそんな杏に「……ルールはどうなってる?」と尋ねた。
『簡単だ。相手に先に有効打を入れた方が勝ち。それだけだ』
「有効打?」
『とにかく叩けばいいのだ。追い打ちと突きは禁止だ。死ぬからな』
「……これで本気で殴り合うのか」
リオンは木刀を右手で手にした。左手のひらを軽く叩いてみる。かなり硬い。
『通常なら防具をつけるが、今回はなしだ。より実戦に近い形で競わんと意味がないからな』
「そうか……大体わかった」
『ふふ、リオン、お前には何か手があるのだろう? なんせ、朧月に選ばれた男だからな!』
杏はやたらとリオンに期待している様子。しかし、残念ながらそんな手など何もない。
『よし、そろそろ始めようか。ではお互いに礼!』
杏がそういうと雪丸はリオンに対して頭を下げてきた。試合を始める前の儀式のようなものか。リオンも真似をして頭を下げてみる。そして頭を上げると、雪丸は木刀を手に構えていた。リオンはそれも真似をする。
『貴様……本当に素人らしいな』
「……そうだって言ってるだろ」
その時杏が『では、はじめ!』声を上げた。リオンはその瞬間急激に緊張が高まった。
周囲には見物人が多数いるはずなのに、どんどん視界が狭まり、まるで雪丸と二人だけの世界に突入してしまったような気さえした。自分の呼吸音と鼓動が大きく耳に入ってくる。
するとそんな不慣れなリオンを小馬鹿にするように、雪丸が「ふん」と鼻で笑った。
『いいぞ、お前から打ち込んでこい。殺すつもりでな。それまで俺は何もせん』
ガンガンと飛んでくる殺気。殺そうとしているのはどっちなのか。リオンは動いてもいないのに大量の汗をかいていた。正直恐ろしい。だが、ここまで来て止めるとも言えないだろう。
「……じゃあ遠慮なく」
足を踏み出し「はぁ!」と声を上げて木刀を振り上げた。出来うる限りの力とスピードで。
それは一瞬だった。リオンの方が先に攻撃を仕掛けようとしたはずなのに。リオンが木刀を振り上げその頂点に達する前にリオンの脳天に雪丸の重い一撃が叩きこまれていた。
その瞬間、周囲のギャラリー達がわっと声を上げる。
リオンはそのまま無言で意識を失いその場に倒れてしまった。
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