第4話 伝説の刀

 そこからリオンは門を抜け、本丸の中へと入っていった。


 するとそこには広場を囲うようなコの字の形をした屋敷があった。そして、その広場の前にはこの城の従者たちか、人だかりが出来ていた。イコとリオンは視線を向けられる。


 杏は立ち止まり『あれが朧月だ』と、広場の中央を指し示す。するとそこには岩盤が地面から出ており、その上に一本の刀が地面に突き刺さっていた。刀身から青白い光を放っている。


「間違いないわね。あの刀からコアのエネルギー反応があるわ」


 さらに広場奥の屋敷を見ると、手前部分が露台のようになっており、その上には二人の人物が立っていた。


『あの中央に立っているのは私の父上、この第四区の大名だ。ひとまず挨拶に行こう』


 杏の父の前まで出向く。その人物は裃と呼ばれる肩が横に突き出した威厳のある服装を着ている。頭頂部の髪はないのに顎鬚が長く、上下をひっくり返したような顔をしていた。


『よくぞ参られたな。ワシの名は月島赤虎じゃ』


 リオン達が刀の前まで移動すると、赤虎が低い声でリオンに話しかけてきた。


「俺はリオン・D・グラッドだ。隣のこいつはイコ」


 そんな挨拶を取り交わしながらも、リオンは露台に立つもう一人の人物に目を引かれていた。それは肌も耳が隠れる程度のサラサラの髪も雪のように真っ白い男だった。たぶんあれが雪丸という男だろう。リオンを冷たい目つきで見下ろしている。


「あれはおそらくアルビノね」


 その時イコが小声でそんな事を呟いた。アルビノは先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患を持つ個体だ。確かにそうであれば、親兄妹の髪は黒いが雪丸だけ白くてもおかしい事はない。


『それでお主達はこの国を守るためにやってきた、雑賀の守護神という事でいいのか?』


 赤虎の質問にリオンは「あ、あぁ。その通りだ」と少し狼狽しながらも肯定する。もう今更、「実は嘘でした」とは言えそうにもない。


 その時、後ろの人だかりの中にいた腰に刀をさげた小柄の女が杏に近づき声を掛けてきた。


『姫様、なぜそのような者達をこの城に招き入れたのですか。失礼ですが、偽者なのでは』


 横目でその女の姿を見るリオン。その鋭い目つきに心臓はその速度を増した。


『雫、気持ちは分かるがこの者はあの秀隆に傷を負わせて撤退させたのだ。それだけでも大いに説得力はあるだろう。それに私達がこんな問答をしても意味などない。全ての判断は朧月が下すはずだ』


『それは……その通りでございます』


 雫と呼ばれた女はなんだか少し不服そうではあったが、その小さな体をシュルリと翻し、肩ほどの髪をなびかせるようにしてギャラリーの中へと戻っていってしまった。


『それで……リオンとイコよ。お前達のどちらが朧月を扱うことになるのかね?』


『あぁ、それはリオンになるわ。私はこの通り物質に触れることができないから』


 赤虎の疑問にイコはそう答え、するりと杏の体をすり抜けて見せた。すると皆が驚いたような、若干畏怖したような声を上げる。本体がリオンの腕にいるとは誰も気づいていないようだ。


『ではリオン、さっそく朧月を抜いてみてほしい』


 リオンは杏に言われて刀に近づく。まさかこのような大勢に見守られる中で刀を引き抜くとは思っていなかった。しかし、そこで赤虎に『待て』と呼び止められてしまった。


「……どうかしたのか?」


『リオンといったか、実はその朧月、この国の者ならば誰でも申請すれば引き抜くことに挑戦することが出来てな。今日も遠方からやって来ている者がおるのだ。お主が先に抜いてしまうと、もう挑戦することが出来なくなってしまう。その人物が抜くのを待ってくれぬか』


「あぁ……そういう事なら、もちろん別に全然かまわない」


『うむ。とは言っても今日は残り一人だけじゃ。すぐに終わる』


『では参られよ!』


 屋敷の前に立つ男が大声を上げる。すると後ろから腕の太さがリオンの胴体ほどもありそうな豪真を越える巨漢が現れた。男は鼻息を荒くしながら口角を釣り上げてリオンの前に立った。


『貴様が守護神だ? 笑わせおる。確かに髪色は明るいが体はヒョロヒョロではないか。そのような風体ではこの国は守れん。誰が守護神の名に相応しい存在か、そこで黙ってみておれ』


 男はリオンを物理的にも精神的にも見下し、そして踵を返すと刀へと向かいそれを手にした。


 そして男はまず、片手で上方に引っ張りあげようとしたようだった。


『ふん! んん……んんん……!?』


 次に両手。そしてついには足を刀の両脇に置き、全身全霊をこめた様子で引っ張り始めた。


『ふんぬうううううあぁッ!』


 しかし、声ばかりで刀はビクリともしない。男はついに根を上げてしまったようだった。


 背を向けて立ち去っていく男。その姿は数段小さくなってしまったようにリオンには見えた。


『うむ、いつもの通りじゃな。では次はリオン殿、お主がやってみてくれたまえ』


 リオンは赤虎に言われ岩盤の上に上がり、刀へと近づいていった。するとその時、


『お前は偽者だ!』『そ、そぉだぁ! この国の守護神は雪丸様なのよ!』


 そんな声が聞こえてきた。思わず後方へと目を向ける。先ほどの雫を始めとする女達が目を吊り上げてリオンに野次を飛ばしてきているようであった。


 すると、そこで屋敷の前の男が『これ! よさぬか!』と声を上げ、何とか声は静まった。


『すまんなリオン。兄を指示する者は多いのだ』


 斜め後ろに立つ杏がフォローするように声を掛けてくる。


「いや……」と視線を元に戻し雪丸をチラリと見ると腕を組んで黙ってリオンの事を見ていた。


 そしてリオンは皆の視線を受けながら朧月の前に立った。


「コアはこの刀の柄の部分に隠されているようよ」


 イコは刀から出るエネルギーの解析を行っているようだ。


「地上から見ても分からないけど、刃が木の根のように岩盤の中に張り巡らされているわ」


「なるほど。それじゃあ人力で抜けるはずもないな」


「接続端子は見当たらないわね。やはりここはトーチで柄だけを焼き切って……」


 イコが、そんな無理やりな計画を立てていると、


『雪丸様以外に朧月が抜ける訳ない!』『どうせ無理だから早くおうちに帰りな坊ちゃん!』


 何だか次第に再び後方からの野次が聞こえ始めた。無理と言われればやってみたくなる。


 リオンは「とりあえず抜いてみるか」と、片手で刀の柄を掴んでみた。


「……お遊びが好きなのね。そもそもこれ、誰かが抜けるように作ってあるのかしら」


「お前が言うような方法で刀を破壊したら下手すりゃ殺されそうな雰囲気だぞ」


 片手で引き抜こうとしても、やはり抜けない。その様子に野次の声が更に大きくなる。


 そして、ついには『帰れ! 帰れ!』とみんな合わせてのコールが始まったのだった。


 リオンはそんな態度にムッときて両手で刀を掴み「うぬぬ……!」と本腰を入れ始めた。


 すると、刀に灯る光が輝きを増した。先ほどの男では何の変化もなかったというのに。


「これは……枝分かれした刀身が集約していっている……?」


 リオンは少し刀身が上に上がってくるのを感じた。その瞬間人々のコールが止まる。


「うぬおおおおおッ! 抜けろーッ!」


 リオンは全身の力を振り絞るようにして朧月を引き抜いた。完全に地面から刀身全体が姿を現す。その時には朧月は刀の形になっており、リオンは切先を上に向けるような形となった。


『な、なにぃぃ――ッ!?』『う、嘘でしょ!?』『キャー!?』


 周囲からは驚きと困惑の声が沸く。よっぽどショックだったのか、卒倒する者まで現れてしまったようだ。次第に皆は言葉を失ったように辺りは静まり返ってしまう。しかし杏だけはあまり動揺した様子もなく『やったなリオン!』とリオンの肩に手を乗せてきた。


「あぁ。はは……抜けちゃったな……」とリオンは杏に目を向けて答える。


 ふと刀の柄の部分にあるスライド式のスイッチのようなものが気になり、リオンはそれをスライドさせてみた。すると刀身が柄に吸い込まれるようにして消えてしまった。どうやら、そのスライドの位置で刃の長さを調整できるようだ。今まではこの機能使えなかったのだろうか。


「刃を消すとエネルギー反応が完全に消えるようね。場所を特定できなくなるわ」


 リオンは「そうか」と、再び刀身を出現させて、片手で刀を少し振ってみた。かなりの軽さだ。エネルギーの塊である刃の部分には重さが存在しないからだろう。


『リオン殿……! いや守護神殿! どうかこの国を、雑賀を亡国からお守りくだされ!』


 その時、赤虎がそう言って深々と頭を下げた。するとなんという手のひら返しか『おぉ……!』と、先ほどまで野次を飛ばしていた城の者達が次々と土下座を始めたのだった。


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