第3話 雪丸

 10分後、杏の仲間が林の先に姿を現した。それは三人の男だった。三人とも杏と同じ黒い甲冑を着ていて、手には3mほどもある長い槍を手にしていた。


 そのうちの一人が『姫様!』と声を上げて近づいてくる。それは馬のような顔をした男であった。兜の下からウェーブの掛かった髪が見える。体格は先ほどの秀隆よりも大きい。身長はざっと190cmほどはあるだろうか。リオンは男の発言に「姫?」と杏に目を向ける。


「つまり杏はこの国の王女という事なのか?」


『いや、そういう訳ではない。私はこの第四区を領地とする月島家の娘というだけだ』


 このコロニーは六つの区画に分けられていたはず。区画ごとに王族がいるという事だろうか。


 男達三人は杏の前にたどり着くと、その場に膝をついた。馬面の男が再び声を上げる。


『姫様、よくぞご無事で!』


『あぁ、お前達も無事で何よりだ』


『秀隆に追われ姿を消してしまい、正直絶望視してましたが、逃げ切ることが出来ましたか』


『いや、逃げたのではない。秀隆はこの二人が追い返してくれたのだ』


『お、追い返した……? あの秀隆をですか? あなた方は一体……』


 三人の男から驚きと警戒の目をリオンは向けられる。槍を掴む手に力が入っているようだ。


『ふふ、聞いて驚け豪真、この二人は守護神だ。秀隆を追い返したというのも納得であろう』


 馬面の男は豪真というらしい。杏は手をリオンへと向け、自慢するように紹介する。


 それを聞き『な、なんと!』と豪真達三人はさらに衝撃を覚えた様子であった。


 嘘がどんどん広まっていく。リオンは片手を後頭部へと当てて苦笑いを浮かべた。


 だが、そこで豪真は一度冷静を取り戻すようにして立ち上がり、杏に近づいて、話しかけた。


『しかし……雑賀の守護神は若様ではなかったのですか』


『確かに、これまではそう言われてきた。だが、結局国の危機である今になっても、奴に朧月は抜けてないではないか。奴が守護神だという根拠などあの髪色以外に何もない』


 豪真は『それは……そうでございますが』となんだか納得していない様子。


 リオンは二人の話についていけず「若様? 何の話だ?」と杏に呼びかけてみた。


『いやなに、実は私の兄である雪丸もその容姿から守護神ではと昔から言われているのだ』


「え……っと、その雪丸って奴は杏と兄妹なのに髪が明るいのか? お前のは真っ黒だけど」


『あぁ、不思議なものだろう? しかも私達は同時に生まれた双子なのだ』


「へぇ……双子か。そりゃあ確かに不思議だな」


 それにしても、他にも候補がいるとは。これは少し雲行きが怪しくなってきたようにリオンには思えた。豪真の態度から察するに、雪丸が守護神だと信じている者が多いのではないか。


『それで豪真、戦況はどうなった。やはり近重城はあのまま落とされてしまったのか?』


『はい……残念ながら。現在、我が軍は城を離れ、皆こちらに向かってきているはずです』


 二人の会話から、どうやら杏の国の戦局はあまり良くない様子であった。


『そうか……ならば我々も四代城まで行こう。この二人を送り届けなければならん事だしな』


 そしてそこからリオン達は、朧月が刺さっているという四代城を目指す事になった。


 林を抜け、あまり整備もされていない街道を進み、一行は木が生い茂る山道を登っていく。


 そして森を抜けた先に、四代城の姿が見えた。四代城は標高300mほどの高さの山の上に立つ山城で郭と呼ばれる急斜面と柵で区切られた区画が大まかに言って三つ連なっていた。


 それぞれの郭は三の丸、二の丸、本丸と呼ばれ、二の丸へ行くためには三の丸を越えなくてはならず、本丸に行くためには二の丸へを超えなくてはならない。当然一番攻めにくい本丸が一番重要で、領主の住居である天守などが配置されている。


 ちなみに、コロニー天井面の高さまでは300m。300mの山であれば天井についてしまう思われるかもしれないが、そんな事はない。天井の角度はどの場所でも地面に対して平行で、300mの高さの山には、さらにその300m上に天井があるのだ。


 城の入口、木製の大きな門の前までたどり着く。するとその前には門兵が二人立っていた。門の横に立つ櫓からも監視の目が光っている。


 しかし杏の簡単な説明だけでリオン達はそこを抜けて先へと進めてしまう。


 そこでリオンは実感する。これはイコの言う通り、守護神だと偽って正解だったかもしれない。このような守りを突破していくのは例え銃があったとしても難しい事だっただろう。


 ◇ ◇ ◇ ◇


『少しここで待っていてくれ。お前達が現れたという事、そして近重城が落とされてしまったということを父上等に知らせて来ねば』


 リオンは、二の丸の中にある床もない小さな小屋に通され、その中で待たされる事になった。


 その中にあったベンチに座る。小屋の前には豪真が立っている。どうやらリオン達の監視に近い役目のようだった。何だかしばらく時間が掛かりそうだ。ならばとリオンは小屋から出て、豪真の横に立ち、城の中の風景を見ながら豪真に質問をぶつけてみる事にした。


「なぁ、そのもう一人の守護神の候補者の雪丸について、もう少し詳しく教えてくれないか」


『若様についてでございますか? 分かりました』


 すると豪真は一度咳払いをし、話を始めた。


『若様は、この月島家の長男として生まれ、その雪のように白い姿から、伝承の守護神ではないかと祭り上げられるようになりました。さらに若様はその容姿だけではなく、武術に目覚しい才能がございました。そして若様はその才能に驕られる事もなく、物心ついた時から修行に励み、今では国一番の剣豪として名を馳せております』


「へぇ、国で一番強いのか?」


『はい。あとは朧月さえ抜ければ名実共に守護神として戦場で活躍もできるのでしょうが、あの刀はビクともせず……若様も日々悶々した気持ちをお抱えになっておられることでしょう』


 豪真は少し俯きため息をつく。どうやら思った以上に朧月は皆の期待を寄せられている様子。それをリオンはこれから騙して盗み出そうとしている。果たしてそれでいいのだろうか。


 そこからリオンは小屋の中に戻り、イコとこれからの事について話し合う事にした。


「イコ、思ってたんだけど、朧月を入手出来たとしても、そのあとどうするんだ」


「そのあと? それはもちろんあの秀隆からもうひとつの神刀、火焔とやらを奪うのよ」


「その具体的な方法を聞いてるんだ。奴には銃は効かないし、もう弾も残ってないんだぞ」


 イコは「ふむ」とリオンの言葉について考えている様子だ。リオンは話を続ける。


「それにさっきは偶然にも奴が一人でいたところに出くわせたけど、もうそんな都合のいい状況になんてならないんじゃないか。次に合う時、相手は軍隊になるだろう。規模は分からないけど一国の軍を相手にするなんて、例え無限に銃弾があっても、太刀打ちなんて出来ないぞ」


「そうね……分かったわ。だとしたら、この国の連中を利用するしかないわね」


「利用する……か。なら刀を抜く事が出来たら、この国に渡してしまえばいいんじゃないか。そして戦争をして勝ってもらう。そのあとで何とかしてコアを二つとも貰い受ければいい」


 それならば、リオンも騙すとまではいかない。みんなハッピーに終わるはずである。


「渡す? でも……もしそれでこちらの国が負けてしまえば、朧月も奪われてしまう恐れがあるんじゃないかしら。敵国に二本とも刀が渡ってしまえば更に奪う事は難しくなるわよ」


「……そりゃそうだけど」


「まぁ、でもそれを一つの手段として考えてみるのもいいかもしれないわね。その場合、雪丸という男が朧月を振るうことになるんでしょう。そいつが秀隆に勝てる見込みがあるのかどうか。その話が成立するかの焦点はそこにありそうね」


 それから30分程で杏が小屋に姿を現した。なかなか待たせるものである。


『待たせたな。準備は整った。朧月の元に向かおう』


 そしてリオン達は袰月が刺さっているという本丸に向けて歩いていく。


 リオンはその間、杏に先ほどの話について尋ねてみることにした。


「杏、雑賀と根来は、率直に言って、どっちが勝ちそうなんだ」


『ん? 中々答えずらい事を聞いてくるな。そうだな、軍の力は五分といったところだが』


「そうか、五分か……。つまり、単純に考えてしまうと、軍同士がぶつかれば、その力は帳消しになり、残るは神刀を持ったもの同士の戦いとなるわけだ」


『うーん。まぁ……本当に単純に考えればだが……』


「それで、仮に朧月を使って戦うのが雪丸の場合、サシの勝負で秀隆に勝てると思うか?」


『お前ではなくて雪丸がか? それは……どうだろうな。身内贔屓に考えてしまいたいところだが……。実は前回の戦で、雪丸は秀隆と一戦交えているのだ』


「え……それって、どうなったんだ」


『雪丸の負けだ。そして雪丸は今、この城でその時負った怪我の回復に努めている。まぁ、もうほとんど完治しているのだがな』


 リオンはそれを聞き「うーむ」と唸り、イコに小声で話しかけた。


「もちろん雪丸はその時、普通の刀で戦ったんだろうから、不利ではあったんだろうけど……こりゃ勝てるか微妙そうだな」


「そうね。だとしたら、もう結局リオンが戦うしかないんじゃないかしら」


 するとイコがそんな事を言い始めた。


「は……? 何を言ってる。あんな奴と俺が戦えると思ってるのか」


「えぇ、戦えるわ。そしてきっと勝てるわよ。あの方法を使えばね」


 イコから言われた意味を理解し、リオンは心臓がバクりとなった。そしてしばし黙り込む。


「それは……」


 リオンはこれまでの長い長い人生を振り返る。そして鬱屈とした様子で肩を落とした。


「でも、それが一番確実……か」


「そうよ。貴方だって、こんな惑星なんかに永住なんてしたくないでしょ」


 確かに。出来ればやりたくない事だが、それ以外に方法が見つからないのであれば、やるしかないのかもしれない。惑星ファニールに帰りたいのであれば……。


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