第2話 ごまかし

 リオンは少し戸惑ったが、別に名前を教えて困ることもないだろう。


「……俺の名前はリオン・D・グラッドだ」


『なんだ……? 声が二つ? もう一人どこかに潜んでいるのか?』


 杏は翻訳したイコの声を聞いて周囲を見渡す。その時、イコが空中にアバターを投影させた。


 杏はその姿に『お、お前は!?』と身をのけぞらせて驚いた。イコのアバターは人間型で、腰ほどまである白銀の長い髪を持ち、薄手で白くタイトなボディスーツを身に纏っている。


『私の名はイコ。リオンのパートナーと言ったところかしらね。彼はこの地の言語が分からない。だから私が翻訳する事にしているの』


『そうなのか……いやはや驚く事ばかりだ。……リオン・D・グラッドにイコ? か』


「あぁ、リオンで構わないよ」


『そうか……ではリオン、それにイコ、お前達に一つ尋ねたいことがある。お前達は雑賀の守護神と見受けるが、違うか? 二人組だとは予想していなかったが』


 杏が何を言っているのかリオンには見当もつかなかった。「守護神……?」と聞き返す。


『その明るい髪色……亡国の危機が起こりし時、この国雑賀を守るために現れると言われる守護神、その伝承の通りだ。実際にあの秀隆を追い払うだけの力を有しているようだしな』


「く、国を守る? さっきの男みたいな奴からってことか?」


『あぁ、その通りだ。わが国は現在敵国である根来に攻め込まれている状態にあるのだ』


「いや……期待してもらってるとこ悪いけど、俺達は守護神なんて存在じゃない。人違いだ」


 リオンは思った事を述べる。しかしイコはそれを翻訳せず「待ってリオン」と呼び止めた。


「それを否定するのはもう少し話を聞いてからにしましょう。場合によっては、この勘違いが利用できるかもしれないわ」


 リオンが「……どういう事だ?」と尋ね返すと、イコのアバターが杏に顔を向けた。


『ひとつ聞きたいんだけど、あなたはさっきの男が持っていた武器の事、知ってるかしら』


『え……あぁ、あの刀か? あれは神刀と呼ばれるものだ』


「しんとう……?」


『神の刀と書く。あれは根来に封印されていたものをあの秀隆が解いたものだと聞いている』


 どうやらあの男の名は秀隆というらしい。すると、杏は『見ろ』と言って腰に下げた鞘から刀を抜いた。それは三分の二程から先が無くなってしまっているようだった。


『この通り、あの神刀はどんなものでもまるで豆腐のように斬り裂く事が可能だ。それに加えあの秀隆は剣の道を究めし者。正直言ってお手上げ状態なのだ』


 杏は溜息を尽きながらかぶりを振り、再びチンと刀身を鞘へと戻す。


『そう。ところで、あれと同じような武器が実はこの辺りにあったりしないかしら?』


 イコはこの地区にあるもう一つのコアについて杏から情報を聞き出したいようだった。


『おぉ……! やはりお前達は朧月を求めてこの地までやってきたのか?』


 警戒されるのかと思えば、案外杏は何かを期待するように目をキラキラとさせ始めた。


『朧月……? それはもしかしてその武器の名前なの?』


『あぁ。朧月はあの秀隆の刀「火焔」と同等の力を持つと言われる神刀だ』


『そう。でもそれなら何故お手上げなの? その朧月であの男に対抗すればいいじゃない』


『いや……確かにそうしたいのは山々だが、残念だがあれは我々には扱えぬ代物なのだ』


『扱えない……? ただ振り回すだけでしょ』


『手にする事が出来たらそうかもしれぬがな』


『……? どういうこと?』


『実はその朧月は遥か昔より私が住まう城、四代城の本丸に突き刺さっているのだが、いまだにそれを抜ける者は現れていないのだ。そして守護神だけにそれが可能だとの言い伝えだ』


『そう……だから守護神を求めているのね。それで、その朧月はどちらの方角にあるの?』


『方角か……? えーっと、おそらく城はあちらのはずだが』


 杏が指し示す先を見て、イコは納得したようだった。リオンに声を掛けてくる。


「方角からしてもおそらく間違いないわね。その朧月にもコアが使用されているみたいよ」


 リオンは「そうか……」と視線を落として腕を組む。


「やっぱり安易に否定しなくて正解だったわね。私達が守護神のふりをすれば、そっちのコアは簡単に入手出来そうよ。都合がいい事に私達はその守護神のビジュアルに近しいらしいし」


「でも、これまで誰にも抜けてないんだったら俺達にも回収なんて出来ないんじゃないのか」


「確かに難しいかもしれないけれど、話を聞くに原住民は刀を神格化しているみたいだし、大した事は試してないんじゃないかしら。電子ロックされているなら解析して解除できるし、トーチで焼き切るなんて事も出来る。最悪爆破でもしてしまえばいいのよ」


 イコはなかなか無茶苦茶な事を言う。杏を見ると何を話しているのか? と頭を傾げていた。


「まぁ……仮に刀を手に入れられたとしてもだ、俺達にこの国を守る事なんて出来ないぞ」


 守る気もなければ、刀を触った事もないリオンがまともに戦えるわけもない。


「当り前でしょ。この誰も知らない辺境にある星のさらに小さな国同士の戦いなんて、どっちが勝っても知った事ではないわ。私達は完全に部外者なんだから。刀だけ奪って逃げるのよ」


「奪って逃げるって、それはどうなんだ……。確かにどうでもいい事ではあるけど、そのせいでこの国が負けてしまうとなれば話は別じゃないか」


 リオンの反論に、イコは「そうね……」と少しの間考える。


「私達は、あの秀隆からも刀を奪う予定でしょ。そうなれば両国とも同じだけの損失。だったら問題ないでしょ? どちらにせよ、刀を引き抜けないなら私達が有効活用した方がいいわ」


「まぁ……そうかな」とリオンは呟く。うまく言いくるめられてしまったようにも思えるが。


 しかし、それを実行しようとするにしても、果たしてそう簡単にいくだろうか。拳銃はもう使えないのに。冗談のような強さを持つあの秀隆からどうやって神刀を奪うというのだろうか。


『さっきから一体何を話している? 結局、お前達は雑賀の守護神という事でいいのか?』


 その杏の言葉でリオンとイコのアバターは杏に向き直った。


『ちゃんと答えてなかったわね。えぇ、あなたが察した通り、私達は守護神よ』


 すると、イコはリオンは了承してないというのに、そう答えてしまった。


『おぉ……! やはりそうであったか』


『私達にまかせて。その朧月を使って必ずこの国……雑賀を救ってみせる。だからその刀がある場所まで連れていってくれる?』


『あぁ分かった! だが、その前に仲間と合流してからでいいか。奴に追われる途中にはぐれてしまったのだ』


 そこから杏の仲間の到着をその場に腰を下ろし待つ事になり、リオンは話を伺ってみた。


「あの刀の持ち主、秀隆だったか、あいつについてもう少し詳しく教えてくれないか」


『あぁ、もちろんだ。奴は敵国である根来を統べる国主だ』


「国主……? そんな身分の高い奴だったのか? っていうかそんな奴が自ら戦場に出向いて戦っていたのか? しかもたった一人で」


『確かに普通に考えれば、こんな前線を超えて国主が一人敵国の陣地に乗り込んで来るなどありえぬのだが、奴は個人の強さが飛びぬけているために、そのような常識は通用しないのだ』


 そんな強さの人間がコアを持っているなんてなかなかリオンにとっては運がない話である。


『今度はこちらから質問してもいいか。守護神よ、お前達は一体どこからやってきたのだ?』


「え……? そ、それはえっとだな……お前はそんな事も知らないのか?」


 その守護神の伝承とかみ合わないのはマズそうだ。リオンは質問に質問で返してみた。


『あぁ。守護神については、その姿と、国の危機に現れるという話があるだけで、その他の事は謎に包まれていたのだ。そんなものはただの伝説で、朧月は誰にも抜けるものではないという事もずっと言われてきたが、敵国、根来の地で秀隆が神刀火焔を抜いてから、人々はその存在を本気で考えるようになったのだ』


「そうか……。じゃあ守護神はそもそも、何者なのか、それも知らないのか?」


 そんな質問をするリオンこそが何者か知らないのだが、リオンは探りを入れて行く。


『いや、それは知っている。守護神は神の使いのはずだ。そうなのだろう?』


「神の……? あ、あぁもちろんだ」とリオンは杏の言う神が何なのかも知らず答える。


「それ以外に知っていることは何かあるか?」


『いや、伝承の内容はその程度のものだ』


 つまり、それ以外のことはリオンが適当に話を作ってしまって構わないということだろう。


「そうか。さっきの質問だけど、俺達は実は、壁の外の世界から来たんだ」


『外の世界……? 一番外側の壁の向こうから外門を通ってきたという事か? 外に出れば毒の気に犯され、例え帰ってきたとしても数日で死に至ると聞いているが……』


 どうやら、壁の外が汚染されているという知識は杏にもあるようだった。


「あぁ、そのずっと先に神の国がある。俺達はそこからやって来たんだ」


 リオンはそんなものをでっち上げたが、杏は『神の国……か』と納得した様子だった。


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