サムライの惑星

良月一成

第1話 不時着した先に

「近づいてみると半端なくでかいな……」


 リオン・D・グラッドが見上げているのは、高さ300m、厚さも10mほどはあろうかという巨大なコンクリートの壁であった。それが左右、数キロにも渡って続いている。


 その壁の正体は直径60kmほどの区画がハニカム構造状に六つ連なったコロニーの外壁である。


 そしてリオンの目の前にはそのコロニーの入口と思われる門があった。縦横共に10m程の金属製の壁。その中央には切れ目があり、左右の壁沿いにレールのようなものが敷かれている。「あれで操作するんじゃないか」


 門の左手前には腰ほどの高さで斜めにカットされ切断面をこちらに向けたような形をした黒い立方体が立っていた。その前までリオンがやってくると、その上部の面が光を放ち始めた。どうやらそれは電子パネルのようで、文字列らしきものがチキチキと表示された。


「……初めて見る文字ね」


 そう呟くイコはサソリ型の第二種人権を持ったロボットである。普段リオンの腕に腕輪のように巻きついているが、イコはリオンの腕伝いにパネルの上面へと移動した。そして立方体の側面に接続端子を発見したイコはそこに尻尾から伸ばしたコネクタを接合した。


「ここに言語ライブラリがあるわね。今コピーしたわ」


 イコは「さて、何て書いているのかしら」と、内部メモリにコピーした言語ライブラリの解析を始めた。おそらく数時間後にはこの現地の言葉をマスターしていることだろう。


「ふむ……とりあえずこの文面は分かってきたわ」


 解析から20分ほどでイコはタッチパネルの操作を始めた。それは案外簡単な作業のように見えた。数回画面が切り替わると鉄の門がゴインと大きな音をあげて左右に開き始めた。


 中を覗き込むとそこは15立方mほどの四角い部屋だった。更に先に門が見える。大きいがおそらくエアロックの施設なのだろう。


 内部に入ると後方の門が閉まってしまった。そして現地の言葉で女性の声が聞こえてきた。


「どうやら、エアロック内部の洗浄を行うようよ」


 とイコが翻訳する。すると天井部から液体がシャワーのように降ってきた。


「問題はないわ。ただの水みたいだから」


 この惑星の外気は様々な汚染物質により、まともに吸えば数時間苦しみ死に至るというのがイコの見解だった。その汚染物質を取り除く浄化作業を行っているという事なのだろう。


 次にリオンは宇宙服ごしにも感じる強い風を感じた。部屋の左右はルーバー状になっており、そこから流れこんできているようだった。「これは空気の洗浄ね」とイコが解説する。


 しばらくするとエアロック内部の浄化は完了したようで奥にある門が開き始めた。


 門を抜けると、そこには林が広がっていた。宇宙船で上部から見て知っていたのだが、内部は自然環境が保護されている様子だ。後方の扉が閉まって、次にリオンの耳に入ってきたのは鳥らしき鳴き声であった。足元をみると蟻のような昆虫が木の根の上を這っていた。


「大気成分を解析するわ。窒素78%、酸素21%、アルゴン1%、二酸化炭素0.03%。放射線量は4.2マイクロシーベルト/h。ヒューマンにも適している。もうフードは外して大丈夫ね」


「そうか、分かった」


 リオンは宇宙服の首回りを一周するファスナーをアンロックさせてスライドし、透明なフードを頭の後ろへとやった。するとシュルシュルと背中へフードが自動で格納されていった。


 空気を肺に思いきり吸い込んでみる。随分と新鮮な感じがした。一体いつからこのようなコロニーが存在しているのか。


 上を見ると木々の隙間から太い柱が見える。それは数百mおきに立ち並んでおり、それで天井部を支えているらしい。300m上空には柱と柱を繋ぐトラス構造でアーチ状の梁が張り巡らされており、その上にはガラスが張られている。それで外気の侵入を防いでいるらしかった。


 よく見るとその梁の上を蜘蛛のような形をしたものが歩き回っておりリオンはぎょっとした。


「あれは……プラズムか。何をしてるんだ?」


「分からないけど、おそらくはこのコロニーの保守管理じゃないかしら」


 プラズムとは異世界から現れたと言われる謎の生命体である。宇宙のどこにでも現れ、これまで人類を強制的に導いてきた。姿、大きさ共に様々ではあるが、白と赤の配色が特徴である。


「プラズムが管理するコロニー……? そんなの聞いた事もないけど」


「わからないけど、このコロニーはプラズムにとって何か特別な施設なのかもしれないわね」


「……とんでもないところに来てしまったみたいだな。いや、誘導されたというべきか……」


 リオン達がこの惑星にやってきた理由は、惑星間航行中、宇宙船のワープに必要な『コア』というエネルギー発生体をプラズムに奪われてしまったからだ。そしてそこからさらにプラズムの大群に追われるようにして二人はこのコロニーにまでたどり着いたのだ。


「……それで、本当にこのコロニーの中に存在するらしいコアが二つとも手に入れば、俺達の宇宙船はまたワープ航行可能になるのか?」


「えぇ。反応からして、二つを合計すればその程度のエネルギー配給はできそうよ」


「ふーん、なんだか都合がいいけど……まぁいい。それで、その二つのコアの位置は?」


「近い方のコアはリオンから見て十時の方角。約7km先。そこから反応があるわ」


 言われてリオンは「あっちか」と、その方角を見る。やはりどこまでも林が続いている。


「そしてその近い方のコアは北に向かって移動しているようね」


「移動? まさかプラズムが持ち歩いてるとかじゃないだろうな……」


「さぁ、どうかしらね。時速10キロほどだから対した速度じゃない。今から私達がまっすぐ西に向かっていけば、ちょうどそのコアと鉢合わせる事になると思うわ。まぁでも移動速度が一定とは限らない。急いだ方がよさそうね」


「わかった……とにかくそのコアの持ち主のところまで行ってみるしかなさそうだな」


 リオンはそう言ってさっそく林の中を進み始めた。


「何でもいいからこんな気味の悪い惑星さっさと脱出してやる。そしてファニールに帰るぞ」


 ◇ ◇ ◇ ◇


 そこから歩くこと約一時間。リオンは以前いた惑星との重力の差でかなり疲れていた。


「コアまでの距離は約百m。近いわよ」


「そ、そうか」とリオンが返事をしたとき、前方からギシバリと大きな音が聞こえてきた。


「なんだこの音……」


「気を付けて。コアがある場所で何かが起こっているようよ」


 身の危険を感じるが、とりあえず様子を見に行かなければ始まらない。移動速度を落とし、慎重に足を進めていく。すると何やら二つの動く影があった。リオンはそれを見て足を止める。


「人……」


 一人の人物がもう一人を追いかけているようだった。二人とも甲冑を身にまとっており、その手には武器らしきものが見える。どうやら戦闘中のようだった。


 遠目でよくわからないが、追っている側が体格のよい男で、追われている側が長い髪を後ろで結っている細身の女のように見える。


 よく見ると男が持っている得物は赤い光を発しているようだった。


「エネルギーはあの追ってる方が持ってる棒状のものから発せられている。あれにコアが組み込まれているようね」


 するとその時、男が横にその棒を振った。それを女は何とか姿勢を低くして避ける。


 その一撃で女が背にしていた木がいとも簡単に横に切断されてしまった。


 木がビシビシと音を立てて倒れていく。どうやら先ほどの音の正体はこれだったようだ。


「あれは剣……というより形状からして刀のようね」


「刀? なんで刀なんかにコアが使われてるんだ……確かに切れ味はすごそうだけど」


 コアという文明的なものをあんな原始的な形状の武器に使うなど、リオンからすれば宝の持ち腐れのようにしか思えなかった。武器として使うならば銃にした方が良さそうである。


「まぁとにかく、コアを手に入れるには、あの男からあの武器を奪うしかないということね」


「……でも、あいつの動き、普通じゃないぞ」


 攻撃は一方的なもので女はただ逃げ惑っているといった感じではあるが、二人の動きはリオンからすると信じられないほどに機敏でアクロバティックなものであった。


「まぁ確かに。でもあなたには銃があるじゃない」


「それは……まぁ、そうだけど」


 リオンは腰のホルダーに護身用の銃を装備している。確かにイコが言うように、相手がどんなに切れ味のある刀を持っているにしても、銃の前には無力であろう。


 するとその時、武器を持つ人物と目が合ってしまった。リオンは「うっ」と思わずたじろぐ。


 口ひげを生やし黒い髪を上部で結ったその男は女を追う事をやめてリオンに向かってきた。


「こ、こっちに来たぞ……どうする」


「銃で脅して刀を奪うしかないわね。私があなたの言葉を翻訳するわ」


 男までの距離が20m程度となったところでリオンはホルダーから銃を引き抜いて男に向けて構えた。そして「止まれ!」と声を上げる。するとイコがその言葉を翻訳して声を上げた。


 男はその言葉に反応したようで足を止める。


「こちらは銃を持っている。その武器をそこに置いていけ。さもないと撃つ」


 しかし、しばらくしても男は動かない。まるで品定めするような目を向けてくるだけだ。


 一体どうするのかと思えば、男は先ほどと変わらない様子でリオンに再び歩み寄って来た。


「な、なんだ……? 止まれと言ってるんだ! 通じてないんじゃないのか!?」


「言葉はおそらく通じてる。でも、もしかしたら銃という言葉の概念が相手にないのかも」


「何……?」とリオンはイコに目を向ける。確かに。目の前の男の甲冑姿から察するに、文明のレベルはかなり低い様子。この原住民がこのコロニーやコアを作った訳ではなさそうだ。


 だとすれば、リオンがやっている事は何の脅しにもならない。ならばどうする? そうだ、銃の脅威を今体感させればいい。リオンは男の立つすぐ付近の地面に向けて銃を撃ち放った。


 パンという乾いた音と共に、地面がえぐられる。男はそれを一瞥した。これで男は刀を置いて逃げていくだろう。と思ったのだが、男は結局構わずリオンへ向かって足を進めてきた。


「お、おい! 今度はお前の体に当てるぞ!」


 リオンは男の体に銃口を向ける。男は甲冑を着てはいるが、例えそれが金属製であっても、貫通してしまう程度の威力はあるはずだ。これでも駄目なのか。この現地人は馬鹿なのか。


 リオンは後ずさる。どうする。踵を返しこちらが逃げるべきか? しかしリオンはこの惑星の0.8倍の重力で三年間暮らしてきた。追いかけっこになれば、おそらく追いつかれてしまう。


「仕方ないわ。撃って。相手は人権を持たないはず。なら問題はない」


 確かに宇宙文明連邦法上、人権を登録してない人間は、殺しても罪にはならない。


「……くそっ」


 とは言っても殺したくはなかった。リオンは仕方なく、男の足に狙いを定めて引き金を引く。


 するとその瞬間、男は刀を振り上げた。キン! と金属同士がぶつかるような音が響く。


 男は平気そうだった。足を止める事なくリオンに向かってくる。


「えっ……外した……?」


「いえ、あの刀で弾を弾かれたわ」


 リオンは信じられない様子で「なッ……」と口を開く。そんなこと、人間業ではない。


「偶然か……ならもう一発!」


 追加の一撃。しかし、それは偶然ではないようだった。弾が再び男の刀によって弾かれる。「くそッ! そんなバカな!」


 もうリオンには相手の命なんて気遣っている余裕はなかった。致命傷になるであろう胴体を狙って後退しながら銃を連射する。そしてそれに伴いどんどん残弾数が減っていく。


 距離が近づき、弾数がそこを尽きかけ、リオンの鼓動が激しくなっていく。


 まさかリオンは宇宙文明連邦に登録すらされていないこんな辺境の地で死んでしまうのか。


 惑星ファニールに帰れず、家族ともう再会する事は叶わないのか。


 そして、弾数が残り数発になった時だった。どうやらさすがにそれを全て捌ききる事は出来なかったようだった。銃弾の一発が男の肩に被弾した。


「うぬうっ……!?」


 男は肩を抑えて、傍にあった木の幹に隠れてしまった。


 残弾数を確認する。すると、銃身の横に『2』と表示されていた。これはマズい。相手は肩に怪我を負ったとはいえ、もう一度やってくれば、たった二発で止めることはできなさそうだ。


「リオン、ここは残り二発を撃ってハッタリをかましましょう」


 リオンは何を言い出すのかと、腕のイコに目を向ける。しかし、考えてみると、確かにそれがべストな選択に思えた。もう一度攻めてくれば終わる。ならば、こちらに余力がある事をアピールして退散させるしかない。リオンは男の隠れる木の幹に残りの弾丸二発を撃ち放った。


「どうした! 来るなら来い! こっちにはいくらでも弾はあるぞ!」


 すると、男は「ちっ」と舌打ちをして、そのまま木の間を縫うようにして去っていった。


 リオンはしばらく銃を構えたままでいたが、物音が聞こえなくなってやっと腕を降ろした。


「あ、危なかった……」


 やっとまともに息が出来た。額には汗が滲んでいる。あんな無茶苦茶な奴が存在するなんて。


「追い返したはいいけど、銃弾を使い切ってしまったわ。これからどうしたものかしらね」


 その時、ガサリと物音がしてリオンはそちらを見た。どうやら先ほどまで追われていた女がリオンの元にやってきたようだった。女は草むらから出てきてリオンに近づいてくる。


 まさか再び命を狙われてしまうのか。リオンは身構えたがもう銃弾はないし、防戦一方とはいえあの男と渡り合っていた人物になど勝てる見込みがない。リオンは恐怖を覚え踵を返し逃げ出そうかと思った。しかし次の瞬間、意外にもその人物は頭を下げてお辞儀をしたのだった。


 リオンは「え……」と目を丸くする。


『危ないところだったが助かった。かたじけない』


 リオンは現地の言葉を聞いても分からない。しかしリオンの視界の前に、まるで映画の字幕のように文字が浮き上がった。これはイコが翻訳した言葉を空中に投影しているのだ。


 どうやら女には敵対する意思はないようだ。リオンはとりあえずの警戒を解く事にした。


 顔を上げたその女の姿を改めて見てみる。肌は黄色。直毛の真っ黒い髪を後ろで結っており、それが馬の尻尾のように揺れている。キリッとした眉毛の下に見える瞳も黒く光っていた。


 すると、女は姿勢を正して、自身の胸に手を当てた。


『私の名は月島杏だ。よければ名前を伺ってもよいか』


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