6.真昼の公園

「ハルもコーヒー飲む?」

 訊かれて頷いた。

 何か入っているかもとは一瞬思ったが、ユキさんはそんな人じゃないと思う。

 一瞬でもそんなことが頭を過ったのは、ユキさんの恰好のせいかもしれない。

 あの時の冷酷なユキさんの姿をさっき見たばかりなんだから。


「なら、一階に行くといいよ。引越しの挨拶がてら行っておいで」

 ユキさんが淹れてくれるんじゃないんだ。

「この奥のエレベーターから店の中に入れるから。名乗る時はハルだけでいいからね? ついでにお昼ご飯も食べてくれば?」

 お昼ご飯と言われてスマホを見る。

 アラームを止めた時、時間をちゃんと見ていなかった。

 時刻は一三時を過ぎていた。


「私はちょっと出かけて来る。すぐ戻るから絶対外出禁止ね。困ったことがあったら……一階に駆け込んで。てか、ハナちゃんと一緒にずっと一階にいて。ハナちゃんもお腹空いたでしょ?」

 一階、どんだけ安全なんだ?

 ただのバーじゃなさそうだ。


「ハナちゃん、ご飯食べに行こうか」

 そのまま起き上がって行こうとしたのだが。

「その前に……お風呂」

 女の子だな、と思ったら。

「入って」

 俺か。

 確かに昨日と言うか今日は風呂に入らずそのまま寝てしまったんだった。

「風呂はこの奥。グリーンがハナちゃんの、ブルーが私、あんたはピンクね」

 ピンクがハナちゃんだろう、と反論したかったが、まぁいい。

 色分けしてあるのってなんかいいな、と少しほんわかした気分になった。


 広い浴室はピカピカで使うのに少し気を遣ったが、熱いシャワーを浴びると少し気持ちが落ち着いた。

 風呂を出て戻ると、既にユキさんは出掛けた後だった。

 気を取り直して、一階へとエレベーターで向かう。

 エレベーターが開くと、ちょっとした小部屋に辿り着き、その部屋のドアを開けるとカウンターのすぐ横に出た。

 ドアは閉じてしまえば一見しただけではそこがドアだと分からないように、鏡になっていてカモフラージュされていた。


「いらっしゃいませ、ハナちゃん。そちらはハル様ですね?」

 バーなのでこの時間店内に客はおらず、カウンターにはバーテンダーらしき男性が一人おり、俺達に気づくと名乗らずとも向こうから呼んでくれた。

「私のことは『店長』とお呼びください」

 肩書にこだわる人かと思ったが、多分ユキさんからそう言うように言われていたのかもしれない。

 昨日から誰一人、本名を知らない。

 皆、愛称しか名乗らない。


「分かりました、店長。俺のことも呼び捨てで構いませんので。それで、あの……」

「承知致しました。お食事でございますね? メニューはございませんので食べたいものを仰ってください。できる限りご要望にはお応えしますので」

 そう言って店長はカウンターから出て来て、カウンター傍のソファ席を示した。

 なんでここ? と思ってふと気づく。

 ハナちゃんにはカウンターの椅子は高くて一人では座れないということに。

 テーブル席もそうだ。

 だからソファ席で、カウンターから見える場所に案内されたのかと納得する。

 カウンターが見えるように奥のソファに並んで座ると、ハナちゃんの側に店長が片膝を着き、目線を合わせる。

 さすが高そうなバーの店長だけある。


「何に致しましょう?」

 柔らかな笑みを浮かべる店長を改めて見ると、まだ三十代くらいだろうか。

 それなのに堂々としていてしっかりした印象を受ける。

 清潔感があって爽やかなイケメンだ。

 バーの店長というより執事にも見えて来る。


「……ハンバーグ」

 ぽつり、ハナちゃんが言うとかしこまりました、と頷き、次いで俺に視線を移してお決まりですか? と問う。

「えっと……」

 メニューがないというのもちょっと難しい。

 何が食べたいかと言われてもすぐには浮かばない。

 ので、じゃ、俺も、とハナちゃんと同じハンバーグを注文した。

「パンやご飯などはどう致しましょう?」

「パン」

「俺はご飯で」

「分かりました。お飲み物はどう致しましょう?」

「りんご」

「お茶で」

「かしこまりました。では少々お待ちください」

 そう言ってスッと店長はカウンターへ戻って行った。


 改めて店内を見渡す。

 バーだからか少し薄暗い。

 オシャレな黒いシャンデリアが中央に一つ大きなものが、他は小さいのが点在している。

 壁紙はダマスク柄というのだったか、白地に黒いアンティークな柄が施されている。

 そこにモダンな絵画が等間隔に掛けられ、美術館のような雰囲気だ。

 ふと絵画を見て気づく。

 絵画も含め、全てが白と黒で統一されていることに。

 柱もアンティークな模様が施され、テーブルや椅子、俺達が座っているソファも白と黒でアンティークな印象のものだった。

 女性が好みそうな雰囲気だ。


 高そう、オシャレ。

 それ以外の感想は出て来ない。

 そうなると、自然と出される料理への期待も高まるというものだ。


「ここのご飯、好き」

 ハナちゃんがぽつり、そう言って笑った。

 初めて笑顔を見たかもしれない。

 子供はやっぱり笑うとかわいい。

 そう思った瞬間、ハナちゃんが照れたように顔を背けた。

 聞こえてしまったか。


「先にサラダとスープとドリンクですね」

 そう言って店長がオシャレなトレイをハナちゃんの前に持って来た時だった。

 店の外で銃声がした。


「ああ、始まりましたね」

 店長はそれに動じる様子はなく、店の入り口の方を見て溜息を吐いた。

「始まったって何が?」

「ユキさんですよ。公園でお仕事だって言ってましたから」

 あの格好で仕事ってことは殺し屋の方か?

「真昼間ですけど?」

「問題ありません。今日は外出禁止令が出てますし、この辺り一帯は全員避難済みです。公園とはいえ遊んでいる子供はいませんから」

 店長は大丈夫ですよ、と笑った。

 が、そういう問題だろうか?

「ここも大丈夫です。防弾の特注シャッターを下ろしていますから、安心してお食事なさってください。万が一、ここも危険になったらシェルターもありますから」

 バーにシェルター?

 だからユキさんは何かあったらここに逃げ込めと言ったのか。

 だからここは一体どんなバーだ?


「ここはユキが私の為に用意してくれたの。だから、大丈夫」

 ハナちゃんはそう言って出されたリンゴジュースを一口飲んで、サラダを食べ始めた。

 ハナちゃんが使うフォークは恐らくデザート用だろうか。

 少し小さめのもので、俺の前に用意されているものとは違っていた。

「こちらはハルのです。サラダと汁物とドリンクですね」

 ハナちゃんのは洋風で俺のは和風だった。

 同じハンバーグとしか言ってないけど、ちゃんとそれぞれに合わせた物を用意してくれたんだ。


 そして全部食べ切る前にハナちゃんの前にはチーズが載ったトマトソースのハンバーグとオシャレなパンが、俺の前には大根おろしと大葉が載った和風のハンバーグと雑穀のご飯が出された。

 付け合わせも全然違う。

 勿論、味もその辺のファミレスとは当然ながら全然違って、高そうな味がした。

 ハナちゃんがここのご飯好き、というのも分かる。

 ずっと外食ばっかりだったからこういうヘルシーなちゃんとしたご飯は本当にありがたい。

 そう幸せを噛みしめていたのに。


 銃弾が一発、防弾だと言ったシャッターとドアを突き破り、店内の壁に撃ち込まれた。

 その瞬間、伏せてっと店長の叫ぶ声がし、俺はハナちゃんを抱え、その場に伏せた。

 店内に銃声が響く。

 三発。

 そして、爽やかな店長に似合わない舌打ちとユキさんの声がした。

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