過去を知る人

教室から職員室まで小走りの京子は緑色のジャージの生徒と角でぶつかった。


「わ、ごめん、大丈夫?」


尻餅をついた生徒が2年だと気づいた京子は手を差し出すと手を握った後輩と目があった。


「高橋先輩。」

「町田さん!ごめんね、大丈夫?」

「はい、私も前見ていなかったので。」


お尻を払った町田はポケットを漁った。


「これ。」


京子に差し出した手には髪を縛る黒ゴムがあった。受け取った京子は疑問の眼差しで町田を見ると町田は少し笑った。


「絵の具、髪についてるのでよかったら。」

「わ、ほんとだ、ありがとう町田さん!」

「いえ、では。」


そそくさと歩いて行った町田を眺めて髪の毛についた絵の具を手で取った。

京子は鎖骨までの髪を後ろでまとめて再び職員室まで走った。

職員室に着くとタイミング良く早見先生が出てきた。面識が無い京子だったがすぐに呼び止めた。


「早見先生!」

「ん?えーと、三年の…」

「高橋です。」

「ごめんね、三年はあまり覚えてなくて。それでどうかしたの?」

「えっと、少し質問があって…」


質問を考えていなかった京子に早見は言った。


「そう言えば真野先生の言ってた高橋って君か。」

「え?」

「顔まではわからないけどよく聞いてたよ。美術のセンスがいいって。」

「ほんとですか。」

「うん。だから手芸部のみんなも楽しみにしてるよ。」

「ありがとうございます。」


結局京子は早見に質問する事が出来なかったが次の機会にと早見が教室に入る時に思った。

美術室に行った京子は誰もいない部室で1人スケッチブックと向き合っていた。

ドレスのデザインが浮かばず悩んでいた。

町田からもらった髪ゴムを一度解いて櫛で整えてから髪を縛り直すとドアが開いた。


「あれ、1人?」


振り向くとジャージ姿の早見がいた。


「は、はい。」

「真野先生どこにいるか分かる?」

「いえ、ここには1度も。」

「そっかあ。んー。」


京子は考え込む早見に話しかけた。


「あの、ちょっとだけいいですか!」


立ち上がった京子は早見を準備室まで連れてきた。たくさん積まれたダンボールの中から青いドレスを取り出して早見に見せると早見は驚いた顔をした。


「え、それ、何で…」


戸惑った早見に京子は質問した。


「これ、真野先生に聞いても“着れない”の一点張りで、早見先生何か知ってますか?」


早見は青いドレスを見て頭をかき大きくため息をついてから京子を見た。


「高橋さん、それは興味本意かも知れないけど、真野先生には聞かない方がいいよ。深入りされたく無い事は誰にでもあるから。」


早見はさっきまでニコニコしていた顔ではなく、

真剣にそのものだった。

その表情に圧倒された京子は何も言えなかった。

少しの沈黙が続き早見が切り出そうとした時準備室のドアが音を立てた。


「何してんの?」


振り向いた早見と目線をドアに写した京子は目を見開いた。真野がドアにもたれかかっていた。

京子は手にしていた青いドレスをさっと隠したが遅く真野はため息をついた。


「ご、ごめんなさい。」


思わず謝った京子ドレスをしまい早見と真野の横を過ぎて準備室を出た後走って行った。

足音が聞こえなくなった後に真野は早見を見た。


「何か言ったの?」


しゃがみこんだ早見は真野を見上げた。


「いや。何も。」

「高橋は何も関係ないから。」

「わかってるよ。けど気にしてたよ。あのドレスが何で“着れない”のか。」

「着れないものは着れないからね。」

「尚、ちょっとだけ似てるね。」


立ち上がって真野の肩に手を乗せた早見が真野の下の名前を呼んだ。


「何が。」

「高橋さんがって事。」


真野は早見から視線を逸らして下を向くと早見は少し焦った顔をした。


「なあ、尚、今何考えてる?」


真野は肩に置かれた手を払いのけて準備室に背を向けた。


「尚?」

「何も考えてない。」

「尚!」


肩を掴んだ早見の目には悲しそうに笑う真野がいた。


「似てるよ…。」

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