着れないドレス

美術部の準備室は綺麗になり荷物もより起きやすくなった。掃除を真野とした日からずっと京子の頭は青いドレスでいっぱいだった。


「ちょっと京子!ドレスデザイン全く進んでないのあんただけだよ!」


すっかり学校は文化祭ムードで誰もが騒ぎ出していた頃、静かな放課後の美術室にマリの声が響いた。


「え、嘘。町田さんは?」

「町田なんて完成して手芸部の1年引き連れてドレス生地の相談始めてるよ!」

「は、早い、ね。」

「気後れしてる場合じゃないよ!」


ため息をついて京子の目の前にマリは自分のスマホを置いた。


「もう残り1ヶ月。制作時間だってそんなにないのに…まだ真っ白ってやばいからね!?」


興奮気味のマリが京子に攻め寄ると後ろから真野がマリを新聞紙で軽く叩いた。


「痛っ。真野先生!体罰ー!」

「おー、悪い悪い見えてなかった。ほら、花里、新聞紙。」

「ありがとう先生!って見えてるじゃん。」


猿のように騒ぐマリを鼻で笑った真野は京子のスケッチブックが真っ白なのを見て言った。


「流石にドレスはデッサン難しかったか。」

「あ、いえ、そう言う訳では。ただ前のドレスが気になってて…」

「あー。んまあ、あれを参考程度に頑張ってみれば?」

「頑張ってみます。」


鉛筆を握り直した京子はにっこり笑うと真野も笑い返した。


「え、何々その不思議な空気〜。」


ニヤニヤするマリをまた叩いた真野は真顔で言った。


「そう言う花里は出来てるのか?」

「ばっちり!」


手をぐっと突き出したマリは自分のスケッチブックを真野に突き出した。


「…プリンセスラインか。まあいいんじゃないか。花里らしいな。」


京子もスケッチブックを除くとシンデレラが着るような肩の盛られたふわふわと長いドレスが淡いピンク色の花画飾られていた。


「わ、綺麗なピンク。」

「サーモンピンクって色をどうしても使いたくて、花はこれから手芸部に相談しようと思ってるんだ!」

「そっか、マリももう作り始めるのか。」


真野からスケッチブックを受け取ったマリは元気よく頷いた。


「うん、じゃあちょっと手芸部行ってくるから。2人でラブラブしてて〜。」

「しないよ!」


言い返した京子にマリはまたニヤニヤしてスキップするように部室を出た。

それをみた真野は吹き出した。


「サーモンピンクってあれじゃ魚肉ソーセージ色だよな。」

「う、うーん言われてみれば?」

「花里は一々面白いな。」


部室の窓を開けて黒い無造作な髪をなびかせる。

その姿を見た京子はふと質問をする。


「この前のドレス、私着れそうでしたよ?」


真野は遠くを見たまま何も答えなかった。


「あのドレスも展示品だったんですよね?真野先生はここの卒業生って聞いてたからもしかしたら見たことあるんじゃないですか?」


立ち上がって真野が見る景色を見ようと京子が真野の隣に立ったとき真野は笑った。


「あるよ。」

「ほら、やっぱり!」

「その時はドレスを展示するだけじゃなくファッションショーとしてもステージの出し物としてやってたんだよ。美術部も手芸部も生徒の人数が今よりも多かったから。」

「そうだったんですか。いいなあファッションショー。楽しそう。」

「覚えてないや。」


遠くを見つめたままの真野の横顔に京子は胸がざわついた。たまらず外を見て落ち着きを取り戻そうと話した。


「でもあのドレスだけでしたね。準備室に残っていたの。」

「誰も着れないからな。」

「でもドレスですよね?」

「嗚呼。」

「じゃあー…」

「高橋、締めるぞ。」


窓に手をかけた真野は京子の話を遮って窓を閉めるとドアまで歩いて行った。


「一服してくるわ。」


そう言ってドアを閉めた真野の姿にまた京子は胸をざわつかせた。


「どうして頑なに着れないって言うんだろう。」


美術室の静まり返った中で京子は少し寂しそうに呟いた。

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