閑話 委員長視点

 単純だと言われれば、それまで、なのだけれど。


 あの日の出来事は自分にとっては衝撃的な出来事で。

 その日から、その人が昨日と違って見えることだって、きっとあると思うのです。



「……とはいえ…これは一体……」


 彼を見る度に、日に日に何やら、胸のあたりがソワソワする。

 笑っている姿を見れた日は嬉しいし、例え挨拶だったとしても言葉を交わせれば、また嬉しいし。


「…それは恋、ってやつですね」

「……恋…」


 同じクラスで、同じ部活の友達に、ここ最近の自分の情緒不安定さについて相談をしたところ、返ってきた答えは、恋。


「そっか……なるほど」


 恋、と言われれば、何やら納得のいく節がいくつかある。

 言われた言葉を噛みしめながら頷いた自分に、「何か手伝う?」と友人に言われたけれど、そこは丁重にお断りをして、その場はそれで収まった。


「……恋…」


 帰宅して、制服を着替えて、自室で一人小さく呟くものの、好きだからどうしたい、というわけでもない。


 ー 「告白して、付き合って。その先の色々があると思うけど」


 そう言った友人に、「杏実あずみ、これ読め! 答えはマンガが教えてくれる!」と力強く言い渡されマンガをカバンから取り出す。


 ベッドの上に転がりながら読んだマンガは、確かに胸きゅん、と言われる展開であったけれど。


「……千家せんげくんは、そのタイプでは無い…」


 いくつかの短編集になっていて、何人かの主人公たちが描かれてはいたものの、彼に似た人はいない。


「これは……なんと言うか。自分で行動するしか、ないのか……」


 そう呟いて、パタン、と借りたマンガを閉じ、「あー……」と大きなため息をつきながら、もう一度、ベッドへと転がった。




「あ……」



 千家くんだ。


 昇降口で見かけた後ろ姿に、声をかけるかかけないか、悩むこと数秒後、彼は欠伸を噛みしめながら教室へ向かう階段へと歩いていく。


 その背をこっそりと追いかけるものの、教室までの道のりなんてあっという間で、きっと教室に入った瞬間、彼に話しかけるタイミングは極端に減ってしまう。


 どうしよう、話しかけようか。でも、急にいったら怪しいんじゃ…


 そんな風に思い悩んでいる間に、「あ、千家、おはよー」とクラスメイトが彼の名前を呼ぶ声が聞こえる。


 着いてしまった。どうしよう。どうやったら、そう悩み始めた時、「杏実ちゃん、おはよー」と後ろから聞こえた声に、思考が止まった。



「で、結局、何日目?」

「約一週間……」

「ずいぶん悩んでますねぇ」

「だ、だって……」


 教室の一角。

 ちらり、と見た先では、クラスメイトたちと仲良く、楽しそうに話す彼の姿。


「まぁでも、結構なギャップだよね、彼」

「……というと」

「クール系で笑わないのかと思いきや、案外笑うし」

「あー、わかる。笑うと可愛いですよね、彼」

「かわ……」


 それは、すごく分かる。

 分かるのだけれど。


「その辺は分かっては欲しくないというか…」

「……乙女だな」

「乙女ですね」


 ボソと呟いた自分の言葉に、目の間の友人たちはうんうんと頷きながら言った。


「当たって砕けるかどうかはともかくとして、まだ当たってさえもいないんだから、声かけてみたらどう?」

「い、や、だって何て言えば」

「何かあるよ、ほら、いまチャンスだよ」


 トントン、というかドンドン、というか。

 背中を押され、千家せんげくんの席の近くにまで、押し出される。


 ちょ、あの?!

 近い?! と軽いパニックになりかけ席に戻ろうとした自分を、友人たちが「早く行け」と無言の圧力をかけてくる。


 そんな様子に、ああもう、どうにでもなれ、と本を開き出した彼に一歩近づく。


 睫毛、長いんだなぁ。

 本を読む彼の頬に、少しできた影をぼんやりと見ていれば、彼の髪が少し動く。


 少し茶色い瞳が、こっちを見た。

 それだけで心臓が止まりそうだ。


「ん?」


 不思議そうな顔をして、彼が自分を見る。


「あ、ごめん、呼んだ?」

「え、あ、あの」


 首を傾げる姿に、思わず言葉が詰まる。


「ま、まだ」

「……まだ?」

「まだ、呼んでなくて、これから、呼ぼう、かと」


 思って、と段々と小さくなる声に、彼は不思議そうな表情をしたあと、「そか」と小さく呟く。

 その言葉の意図がよく分からず、「どうして?」と問いかければ、彼は「俺、集中すると聞こえてない時があるから」と笑う。


 小さく笑う。そんな表情がしっくりくる笑顔でそう答えた彼につられて、くす、と笑い声が溢れる。


 そんな自分を見て、彼は不思議そうな表情をしたあと、口を開いた。



「……でも、当たる前から砕けていると思うの」

「そうかなぁ」


 背を押し、マンガを貸してくれた友人の元へと戻って、そう呟いた友人が、ちらり、と彼を見やる。


 その視線の先にいるのは、教室へと戻ってきた彼と、彼の隣の席の、クラスメイト。


 いくつかの言葉を交わしたあと、千家くんが笑う。


 くしゃ、と目元を緩めて笑う笑顔は、彼女と話している時にしか、見たことがない。


 その表情を向けてほしいと、思う反面、きっと自分には向けられることはない、とも、思う。


 そんなことを思う自分を知ってか、知らずしてか。目の前の友人が、「杏実」と自分の名前を呼ぶ。


「今すぐに諦めなくても、いいと思うよ」

「え……?」

「高校生活は始まったばかりだよ、きみ」

「わっ」



 ちょん、と人の鼻先をつついて、友人は楽しそうに笑った。




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