第19話 6月19日

「そんな展示もやってるんだ?」

「そうみたい。あ、でも」

「ん?」

「みんなが遊園地がいいなら、それでも私は大丈夫だよ?」


 そう言って笑った笑顔は、我慢はしていないように見える。


「まぁ、今回ダメでも、期間内にもう一回行けばいっか。7月下旬までやってるみたいだし」


 スマホの画面を見ながら、そう言えば、「え?」と羽白はじろさんが驚いた声をこぼす。


 きょとん、とした表情に、俺は何を勝手に一緒に行くことで話しをしているんだ、と、やらかした、と焦りが全身を駆け巡る。


「ごめん。勝手に行く気になってた」

「一緒に行ってくれるの?」

「…へ?」

「……あれ?」


 羽白さんと同じタイミングで喋った内容が二人ともバラバラで、思わず、固まる。


「え……と、千家せんげくん、いま……」

「え、ああ、えっと、俺、勝手に一緒にまた行く気になってた。ごめん」


 はは、と失敗したなと乾いた笑いとともに答えれば、羽白さんが瞬きを繰り返す。


「一緒に、行ってくれるの?」


 ほんの少しの期待がこもった声に、「え、あ、うん」と頷きながら答えれば、羽白さんが嬉しそうな笑顔を浮かべる。


 言って良かった。

 というか、可愛いすぎるだろ、と笑顔を真正面から見て、思わず手で口元を隠す。


「千家くん?」


 そんな自分の行動に、不思議そうな声で俺の名前を呼ぶ羽白さんに、「なん、でもないです」とかろうじて伝えれば、羽白さんが、「うん?」とまた不思議そうな声で答える。


 自覚をしたら、したで、心臓に悪い。

 そんな風に考えていれば、「おはよー!」と朝から元気な声が教室に響いて、思わず羽白はじろさんと顔を見合わせて、笑った。


千家せんげくん」

「ん?」


 久しぶりに休み時間に本をゆっくりと読んでいれば、名前を呼ばれ、顔をあげる。


「委員長?どうかした?」

「あの」


 なんだろう、と首を傾げつつも委員長の言葉の続きを待つ。


「お、オススメの、本、とか、最近、読んだ本、とか教えてくれない?」

「……本?」


 思いがけない言葉に、思わず聞き返せば、「本」と短く返事が返ってくる。


「オススメ……って、本のオススメなら、照屋てるやとか、羽白さんとか」


 図書委員のほうがあっているのでは、と提案してみるものの、「違うの」と委員長が首を横にふる。


「千家くんに聞きたくて」と言われた言葉に、思わず固まる。

 別にやましい本を読んでいるわけでもないし、他人に教えられないほど捻くれたものを読んでいるわけでもない。

 ただ、そんな風に言われたことなんて、今まで生きてきた中で一度もなく、何が起きているのか、と現状把握に少し時間がかかった俺に、「千家くん?」と委員長がもう一度、俺の名前を呼んだ。


「…で、それ薦めたの?」

「…いや、だって、いま読んでる本でもいいって言ってたから」

「いや、そうだけどさぁ。もうちょっと他にあったんじゃない?」

「俺にそんなスキルがあると思うか?」

「…うん、無いね」


 だろ? とさっき起きた一連の流れを伝えながら、照屋てるやに問いかければ、「うん、無い」と同じことをもう一度言われる。


「まぁ、でも。委員長がねぇ」

「なんでだろうな」


 ちら、と前列の自分の席に座る委員長を見れば、次の授業の準備をしているのが見える。


「そもそも、なるって委員長と仲良かったっけ?」

「仲が良いもなにも、お互いただのクラスメイトだろ?」


 それ以上でも、それ以下でも無いだろ、と照屋に向き直って言えば、「最近なんかあった?」と首を傾げた照屋に聞かれる。


「最近…?」

「例えばー、そうだなぁ。不良に絡まれてるところを助けた、とか」

「…まずこの学校に、そんな不良いないと思うが」

「まぁ確かに。じゃーあー、何か困ってたところを助けた、とか」

「困ってたところ…困ってたかどうかは分かんないけど」

「何なに?」


 ぐい、と若干、前のめりになりながら聞いてくる照屋に、「いや、面白くもなんもないけど」と前置きをして、この前のノートのことを話し始める。


「でも、あの時は斉藤と荒井も手伝ってくれたから違うか。いや、でも、それぐらいしか、まともに話してないような気が…」


 だいたい何もない休み時間は照屋てるやと話してるか、最近、話すようになった斉藤と荒井と話しているか、羽白はじろさんや寺岡さんと話すか、本を読んでいるか、のどれかだ。

 他の人と話していれば、記憶に残っているはずと、もう一度思い返しても、やはり委員長ときちんと話したのは、あの一件くらいだと思う。


「でも一番初めに声をかけたのは、なるなんでしょ?」


 そう問いかけた照屋に、「たまたまだろ」と答える。


「たまたま、ねぇ」

「照屋だって、困ってたら同じことするだろ?」

「いや、まぁ、するかもしれないけど」


 じい、と俺の顔を見ながら言う照屋に、「なんだよ」と聞けば、「なんでもないよ」と笑顔だけが返ってくる。


 こういう時の照屋は何を聞いても答えない。聞いても仕方ない、と軽くため息をはいて、開いていた本を閉じ、あることを思い出し、「なぁ、照屋」と照屋の名前を呼ぶ。


「そういえば、校外学習のことなんだけどさ」

「ん? なんかあった? もしかして、やっぱり誰か他の人と行くとか?!」

「いや、だから何で必死…」

「だってなると行きたいんだもん」


 口を尖らせながら言う照屋に、「照屋と行くのは変わらないんだけど」と言えば、「良かったあ」と安心したように笑う。


「ただ、さ。羽白さんが美術館見たいような感じだったけど、みんなが遊園地、っていうなら遊園地にするって言ってて」

「え、じゃあ両方行ったらいいんじゃん?」

「とは言った。でも、寺岡てらおかさんと照屋てるやの意見も参考にする、って」

「まぁ、はじろんらしい答えだねぇ」

「我慢はしてなさそうだったから、じゃあ聞いてみる、で話は終わってる」

「なるほど。じゃあそろそろ答え出るんじゃん?」


 そう言った照屋の視線の先には、教室に戻ってきた寺岡さんと羽白はじろさんの姿があって、「あ、ねぇねぇ善人。校外学習さぁ」という寺岡さんの声に、「ほらね」と照屋が笑った。


【6月19日 終】

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