第15話 6月15日

「あ」

「あ、おはよう、千家せんげくん」

「お、はよう」

「うん?」


 寝坊をせず、遅刻ギリギリではなく、7時55分に学校に着くバスに乗っていれば、途中のバス停で羽白はじろさんが乗ってきて、ふいに昨日の兄貴の言葉を思い出し、変な挨拶になった。


「どうかした?」

「…うん?」

「うん?」


 普通に、俺の横に並んだ羽白さんは、俺よりも少し背が低いからか、自然と少し上を向いて問いかけてくる。

 それは、いつもと変わらないことのはず、なのだか、なぜだか、そんな羽白さんの仕草に心臓がバクバクと大きな音を立てる。

 なんだ、これ、と思わず首を傾げれば、そんな俺を見た羽白さんもまた、同じように首を傾げてる。


「千家くん、今日も朝ごはん食べられなかったの?」

「え、ああ、コレ?」


横に並んだ羽白さんが、コンビニの袋を見て、俺に問いかける。


「朝ごはんは食べてきたんだけど、絶対に腹減るから、間食用」

「千家くんって案外食べるよね」

「そう?」

「うん。見た目からは想像つかないくらい」


くすくす、と楽しそうに笑う羽白さんに、「たぶん照屋にまた奪われるけどね」と言えば、彼女がまた笑った。



「あ、杏実あずみちゃん、おはよう」

帆夏ほのか、おはよ…う?」

「あ、委員長だ」

「せ、千家せんげくん」


 昇降口につき、傘を畳んでいれば、俺と羽白さんよりほんの少し前に来ていたらしい委員長が、俺を見て驚いた顔をしている。


「杏実ちゃん?どうしたの?」


 濡れた足元を拭く用のマットに立ったままの委員長に、羽白さんがもう一度、声をかければ、「う、うん。どうもしてないよ」といつもと同じ笑顔を羽白さんに向ける。

 ビショビショのままで校内を歩くと、清掃のおじさんが怖い。他の生徒たちと同様に、マットで水滴をとろうと、委員長のすぐ隣の空いていたところに行けば、「?!」と委員長がなにやらとても驚いて、俺を見上げる。


「え、あ、ごめん」


 急に近づいたら迷惑か、と少し離れた場所を見つけようと、きょろ、と辺りを見回した時に見えた羽白はじろさんが、ほんの少し、困った表情をしていた、ような気がした。


「雨だね」

「んー」

「雨だよ」

「んー」

「雨、だってばぁ」

「だー! だから何だよ」


 教室に着くなり、俺を出迎えたのは、雨だ、と連呼する照屋てるやで、席に着きカバンを置いてもなお、雨だ、と話しかけてくる。


「梅雨なんだから当たり前だろ」

「でも、それにしたって雨だよー?今週も、来週も雨続きだよ!」

「…いや、それが梅雨だしな」


 駄々をこねるように、雨だ、といい続ける照屋に、半ば呆れながら答えれば、くすくす、と羽白さんがいつもと同じように小さく笑う。

 その様子に、さっきの表情は気のせいだったのかもしれない、と照屋と話し始めた羽白さんを見て、静かに息を吐けば、左側から視線を感じた気がする。

 なんだ?と黒板のほうを見やれば、また驚いた表情をした委員長と目が合ったものの、ものの数秒でそらされ、「なんだ?」と小さく呟いて首を傾げる。


「どした?」


 そんな俺の様子に気がついた照屋てるやが、問いかけてくるものの、朝一番で驚かせたばかりだし、俺の勘違いだろう、と結論付け、「なんでもない」と言葉を返した。


「あれ、千家せんげがもういる。いつものバスじゃなかったの?」


 そう言って挨拶もそこそこに現れたのは、部活の朝練を終え教室へ戻ってきた寺岡てらおかさんだ。


「どっちかと言えば、こっちがいつものバス、の予定」

「あれ、そうなの?」

怜那れいなちゃん、一本遅いと遅刻しそうになっちゃうよ」


 ふふ、と笑いながら俺の代わりに答えた羽白はじろさんに、「おはよ、帆夏ほのか」と寺岡さんは笑顔で挨拶をする。


「ん? ってことは、今日、帆夏と一緒に来た?」

「一緒に、っていうか、バスで会った」

「なるほど。だからか」

「寺岡さん?」


 うんうん、と一人納得をしたような表情で頷く寺岡さんに、「寺岡さん、どうした?」とこっそり照屋に問いかけてみると、照屋も「わかんない」と小さな声で返事をしてくる。


「いや、さ。さっき、田辺先輩に話しかけられてね」

「田辺…? 誰それ」

「前にも話したじゃん。バレー部の主将でイケメンで、って」

「…ああ!聞いた気がする! 確か、川崎先輩とイトコの」

「そうそう」


 ポン、と手を叩いて言った照屋の言葉に、確かに聞いた気がする、と小さく頷く。


「で、なんでそんなイケメンが怜那に。怜那なんかやらかした?」

「なにもしてないし」


 べし、と照屋てるやの頭に軽く一発ツッコミをいれた寺岡てらおかさんが、「バスでね」と言いながら席に座り言葉を続ける。


帆夏ほのかと話してた男子高生が、誰かわかるかって聞かれて。あたし、朝練出てるんだから、そんなのわかるわけないし」


 呆れたような表情で言う寺岡さんに、照屋が「そりゃそうだ」と笑いながら答える。


「知りたいなら、自分で本人に聞けばいいのに。イケメンって思ってたけど、あれはちょっと無いかな」


 はぁ、と首を振りながら言った寺岡さんに「怜那れいなちゃんってば」と羽白はじろさんが苦笑いを浮かべた。


「あれ?」

「あ?」


 次の授業のため、教室を移動している最中、ふいに、照屋が俺を見て首を傾げる。


「どうしたの、善人よしと

「何かあった?」


 なんだ?と立ち止まった俺に続き、寺岡さんと羽白さんも立ち止まる。そんな中、「んん?」と言いながら照屋は、俺を見て、また少し首を傾げ、「やっぱり!」と少し大きな声をあげる。


「なんだよ」


 じろじろ、と見られ続けて、やっぱり、と言われても意味がわからない、と少しジト目で照屋を見れば、照屋が俺を見て悔しそうな顔をする。


「なる、また背のびたでしょ!」

「……はい?」


 唐突に言われた言葉に、思わず呆れたような声で答えれば、「言われてみれば、そうかも?」と寺岡さんが頷く。


千家せんげくん、背、大きいよね」

「……普通だと思うけど」


 俺の後ろに立ち、自分と身長を比べ始めた照屋てるやと俺を見て、羽白はじろさんはくすくすと楽しそうに笑う。


「私、160ちょっとだから羨ましい」

「…羽白さんはそれぐらいがいいと思うよ」

「そうかな」


 ふふ、と笑った羽白さんに癒やされながら、いつまでも背比べをしている照屋の頭に、「いつまでやってんだ」と、とりあえず一発、軽くツッコミを入れた。


【6月15日 終】

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