閑話 善人視点2

「なんかさぁ。最近、帆夏ほのか千家せんげ、いい感じだと思わない?」

「いい感じって?」

「何ていうか…あと一歩、だと思うんだけどなぁ」


 親友と、幼馴染みを眺めながらそんなことを言っている隣のこいつも、オレの幼馴染みで、物心がついた頃から一緒にいた。その表現がぴったりくるほど、家も近いし、両方の両親の仲もいい。

 そんな怜那れいなの楽しくてたまらないという表情の先にいるのは、今日の日直で、二人揃って黒板を消している なるとはじろんで、怜那の言う通り、最近の二人の距離は近づく一方な気がする。

 ほんの少し前は、教室で静かに本を読んでいたなると、そんななるの横の席、というだけだったはずのはじろんは、最近、本当にいい雰囲気だと思う。

 多分、というか、確実にはじろんはなるの事が好きだろう。

 オレを含めて他のヤツらと話す時と、なると話している時のはじろんは、表情も雰囲気も全然違う。まぁ多分、はじろんは気がついていないだろうけども。


 だがしかし。問題なのは、なるほうだ。

 だって、だってなるは。


「鈍感よね。千家って」

「……言うなよ、それ」

「えー、でも善人よしとだって思ってるでしょー?」

「…まあ…」


 それは、思う。本当に。

 なるは、一回心を許した人間にはどこまででも入り込ませるんじゃないか、ってくらいにガードは緩い。

 実際、オレはもちろんのこと、最近じゃ斉藤と荒井もなるにしょっちゅう絡みにいっているくらいだし。委員長もなるによく話しかけにきているし。


 なんていうか。


「…このままだとオレのポジション、危ういんじゃ…」

「…何の話よ」

「オレの親友っていう立場の話しだよ!」

「はあ?」


 ばし、と机をたたきながら言ったオレに、怜那が思い切り「何を言ってるんだこいつ」という表情をしながらオレを見る。


「オレにとってはむちゃくちゃ大事なことだから!」


 そう言って「善は急げ!」と立ち上がったオレは、グンッ、と思い切り腕を捕まれ、中途半端な位置で止まった。


「怜那、おま、危な」

「しー!」


 オレの腕を思い切り掴んで制止した怜那に、抗議の声をあげれば、怜那が人差し指を唇にあてて、しー!と小さな声をあげる。


「なんで止めた?!」


 そんな怜那の様子に、つられて小さな声で問いかければ、黒板の前に並ぶ親友たちを見た怜那が、「なんでって、今いいとこでしょうよ。邪魔しないの!」と小さな声でオレに告げる。


「いいとこって…お前な…」

「本当なら今すぐにでも千家に帆夏のことを言いたいくらいなんだから!」


 うずうず。そういう顔をしながら、並んで黒板を消している二人の様子を見る怜那に、「お前なぁ…」と思わず呆れた声が溢れる。


「そういうの止めろよ?」

「…やらないわよ、実際には」

「怜那の場合は気をつけないとやるだろ」

「…やらない」


 ちら、とオレを見たあと怜那が視線を反らす。

 以前にも同じようなやりとりをして、それでも怜那はやらかした前科があるし。

 説得力はゼロに近い。


「なるはともかくとして、それ、一歩間違えたらはじろんが傷つくんだからな?」

「…っ!」


 はぁ、とため息をつきながら言ったオレの言葉に、バッ、とこっちを見た怜那の瞳がかすかに揺れる。

 そんな幼馴染みの様子に、不覚にもドキリ、としながら、「ま、大丈夫だと思うけどね。あの二人なら」と冷静を装いながら小さくつぶやく。


「…でも、気をつける」


 オレの言葉を受け、小さく頷きながら言った怜那に、「そうだな」と頭を軽く撫でながら言えば、「なんかむかつく」と聞こえた気がしたが、聞かなかったことにした。


「あと一歩、ねぇ」

「…何がだ?」

「んー…? んー…」

「揺らすな」


 ぶらぶら、と手に持っていたいくつかのゴミ袋を詰め込んだゴミ箱を揺らしたオレに、なるがほんの少し眉間にシワを刻みながら口を開く。


「で、どうした? なんか珍しく難しい顔してるが。腹痛か?」


 あれから数時間が経ち、なると一緒に掃除後のゴミ捨てに出ていたオレに、なるは至って真面目な顔をして、若干失礼なことを言ってくる。


「腹痛じゃないし! オレだって難しい顔する時くらいありますぅー」


 ぶうう、と口を尖らせながら答えれば、「知ってる」となるはあっさりと答える。


 そんな親友の様子に、なんだかよく分からないけれど拍子抜けしたオレは、「そういうとこ! なるのそういうとこだよ!」となるの肩を小突きながら叫ぶ。


「…俺か?」

「なるじゃないけど、なるでいい」

「…意味がわからん」


 そう言ったオレの言葉は本気で意味が分からなかったらしく、なるは訝しげな顔をしながら首を傾げる。

 そんな親友の行動に、「ふはっ」と小さく吹き出していれば、「さぼってんなよー」と上の方から聞き慣れた声が響く。

 その声に、二人して上を見上げれば、二階の教室のベランダから、怜那れいなとはじろんがこっちを見ていて、はじろんは小さく手を振っている。

 彼女のその行動に、なるは目元を少し緩めながら、はじろんを見て笑い、はじろんもまたなるの様子に気がついて、嬉しそうに笑う。

 そんな二人を横目に見て、はじろんと同じくらい嬉しそうに笑っていた怜那が、ふいにオレを見て、はじろんに負けないくらいの笑みを浮かべる。


「…っ」


 カアア、と頬と耳が瞬時に熱くなるのが、嫌でもわかる。

 思わず怜那から視線を反らし、持っていたゴミ箱の中身を、収集所へと突っ込んだ。


「……青春、ってやつか?」

「…なるが言う?!」


 しみじみと言った親友に、思わずバッ、と振り返りながら言えば、オレの親友は楽しそうに笑った。


【閑話 善人視点2 終】

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