閑話 兄と友人の6月14日

「なんか思い出しちゃうよねぇ」

『……なにが?』

「え、うーん、西とボクが喧嘩した時のこととか」

『かずがひたすらにモテまくってた時のこととか、な』

「ああ、西、やっと来たね」

「悪い、待たせた」


 住んでいる家の最寄り駅で待ちあわせをした友人、兼、同居人が電車を降りた、と電話がかかってきてから数分間、ボクは友人と話しながら、昼間に別れた少し不器用な弟のことを思い出す。


「珍しく随分買ったな」


 服屋の買い物袋を手にしたボクを見て、西はほんの少し驚くものの、中身を見て「お?」と小さく声を零す。


「シェアして着れそうな服ばかりだけどね。買ってきたのは」

「いつも悪いな」

「いいよ、放っておくと西はいつも同じ服ばかり着るから」


 ボクの言葉に苦笑いを浮かべた友人が、「半分持つ」も荷物を少し自分の手にうつす。


「で、そういや、何を思い出すって?」

「ん? ああ、さっきの続き?」

「そう。久々に弟を構い倒してきたんだろ?」

「うん。あ、写真見る?」

「珍しいな。弟が写真に写るの」

「泣き落として撮ってきた」

「泣き落としって……お前ね…」


 てへ、と可愛い子ぶりながらスマホの画面を見せれば、西は自分のことはまるきり無視をして「おお、弟、大きくなったな」と画面の中の成浩なるひろを凝視する。


「やっぱ、兄弟だな。似てる」


 成浩の写真と、ボクの顔を見比べながら言う西に、「でしょ」と嬉しくなりながら頷けば、「弟のほうが素直そうだけどな」と友人がにやりと笑う。


「まあ、素直なのは素直だねぇ。無垢、というかなんていうか」

「うん?」


 夕飯の材料を買い出しに、スーパーへと並んで歩き出せば、「何か、かずにしては言いよどむな」と西が少し不思議そうな顔をした。


「んー、なんていうか……成浩は、ボクと反対で静かなんだよ」

「それはかずから何度も聞いてる」

「良い意味で言えば、好きなこと以外に興味がないというか、割り切ってる、というか。無頓着、というか」

「うん?」

「毎日はいつも同じ。変わらない、っていう達観、というよりは諦めていたような、そんな節があってね。とりあえず学校行って、とりあえず勉強をする。それだけで毎日が過ぎていく。友達? よく分からない。たぶん友達って呼べるやつはいないけど、でもまあ、特にそれでいても、別にいいか。そういう風に思っているような、そんな感じがあったんだよ」

「ふうん」


 ボクの言った言葉に、西は少し首を傾げながら、口を開く。


「兄弟って、変なとこまで似るんだな」

「うん?」

「だって、それ、かずもだったぞ? かずの場合、人付き合いもしてたし、騒いでもいたけど、それでも、いつでも一歩引いて見てたし、大体のことに無頓着だっただろ」


 そう言った西の言葉に、「……んー…?」と今度はボクのほうが首を傾げる。


「そうだっけ?」

「そうだった」


 覚えてはいる。


 だから高校入学後、しばらくしてからボクと西は喧嘩をしたのだから。

 けれど、いま思い出すと、ボクにとっては恥ずかしい話だし、あまり思い出したくもない。

 しれ、っと話題を変えようと「ああ、そういえばね」と口にした直後、西が「覚えてるだろ、やっぱり」とニヤリと口元を歪める。


「覚えてない」

「覚えてるな」

「覚えてないってば」

「かずは嘘つくの下手だからなぁ。特にオレに対しては」


 くつくつと楽しげに笑う友人に、イラッとしたボクは、とりあえず西の脇腹に軽く拳をぶつける。


「うおっふ、何すんだよ」

「何って、イラッとしたから?」

「人を疑問系で殴るのは止めなさい、本当に」


 べし、べし、と叩く拳は、いつの間にか西に捕まり、ボクより強い西の力のせいで自由がきかない。


「こないだ食べたがってたアイス、買っておいてあるから怒るなよ」

「……ボクはこどもか」

「でもアイス好きだろ?」

「……まあ…」


 渋々という表情で、西の問いかけに頷けば、友人は満足そうな表情をして口を開く。


「じゃ、今日はそれとビールと焼き肉にでもするかぁ」

「アイスとビールと焼き肉って…何か違う気がするけど」

「え、でも焼き肉屋でいつも最後のシメはアイスじゃん」

「いや、まあそうだけど!」

「細かいことは気にすんなって」


 ぶらぶら、とボクの手を掴んだままに楽しげに言う友人に、まあ、別にいいか、と軽くため息をつけば、西が「じゃ、決まり」とまた楽しそうに笑う。


「あ、そうだ。今度は弟も一緒に焼き肉行こうぜ」

「ああ、それはイイかもね」

「んじゃあ、いつにすっかなぁ」


 ああだ、こうだ、とボクの少なくなった相槌にも変わらずに言葉を続ける友人を見ながら、昼間の弟の様子を思い出す。


 表情も、雰囲気もだいぶ変わっていた。

 いい出会いがあったのだろう。

 それが、ボクと西のように、長く続くものであればいい。


 密かに、そう思いながら、「西、あのさ」と未だ話し続ける友人にボクは声をかけた。







【閑話 兄と友人の6月14日 終】

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