第28話 6月28日

 明日、6月28日は、善人よしとが待ち望んだ校外学習の日だ。

 遊園地の入口付近に現地集合、と事前に担任からも言われていたものの、色々あってすっかり時間なども調べていなかった。


「電車の時間は先生がホームルームで言ってたらしいよ?」

「…知らなかった」

「オレも聞いてなかったけど、怜那れいなとはじろんが聞いてたみたい」

「…さすが」


 そんなやりとりを善人と電話でしてから数分後。

 集合時間を決めよう、と善人からの提案があったものの、俺が善人以外の連絡先を知らないことに気づき、善人に伝えたところ、あっと言う間にグループトークができあがる。『いま送った! そのあとはー…』という善人からのメッセージに言われるがままに、スマホを操作する。流れるような三人の作業にわやっぱり皆、こういうの慣れてるなぁ、と感心しながらも会話に参加する。

 『駅集合でいいよね?』と送られてきた寺岡さんのメッセージに、了解、と返事をすれば、何時にするか、とか、天気はどうだ、とか、次々に送られてくる寺岡さんと善人のやり取りに、どんどんと返事のメッセージは流されていく。

 二人ともの文字入力速いな、おい。返事の入力どころか、読むのも追いつかなくなりはじめた俺は、あとで読むか、と一旦放置することを決めた。けれど、その直後、机の上に置き去りにしていたスマホが、ヴヴヴ、とさきほどとはメッセージの着信が通知される。


『てっきり、交換してたつもりだったよ』

「俺も」


 ポン、ポン、と途中に送られてくる可愛いスタンプの画像に、羽白はじろさんらしい、とスマホの画面を見ながら笑う。


 グループトーク経由で、羽白さんと連絡先を交換したのだが、グループトークで進む会話とは別に、羽白さんからメッセージが送られてくる。


千家せんげくん、グループトーク見れてる?』と来たメッセージに、「全然見れてない」と返せば、『やっぱり』という文字と、笑った顔のスタンプが送られてくる。

 俺、そんなに話すこと浮かばないしなぁ、と苦笑いを浮かべていれば、スマホが、メッセージとは別の着信を告げた。


「もしもし?」

「あ、急に電話してごめんね?」

「いや、大丈夫だけど、どうかした?」


 突然、着信を告げたのは、今さっきまでメッセージのやり取りをしていた羽白さんで、「特に、どうもしてはいないんだけど…」と、ほんの少し笑っているような声が聞こえる。


「今、なにしてるのかな、って思って」

「今は特になんにも。ベッドの上でゴロゴロしてた。羽白さんは?」

「私も似たような感じ」


 そう言って、ふふ、と笑った彼女の声が耳元で聞こえる。

 電話で話しているのだから、当たり前のことなのだが、なんとなく、いつもと違うような気がしてくる。


「千家くんと電話でお話するの初めてだから、なんかソワソワする」

「ソワソワ?」

「うん。声は聞き慣れてきたはずなんだけどね」


 ふふ、と笑った羽白さんに、「俺も同じようなものかな」と少し笑いながら返す。


「千家くんって、案外、声低いよね」

「……そう?」

照屋てるやくんが少し高めだからそう感じるのかな」


 そう言って、ふふ、と笑った羽白さんにつられて、くす、と笑えば、「あ」と短い声が聞こえる。


「ん?」

「あ、ううん。今、千家くんが笑ったな、って、思って。ただそれだけなんだけどね?」


 そう言って、ふふ、とまた笑った羽白さんに、俺もまた、くす、と小さく笑い声をこぼした。


「羽白さんも笑ったね、いま」

「すぐバレちゃうね」

「……まあ、普段もすぐわかるけど」

「ふふ、確かに」


 くすくす、と笑う彼女の声が耳に心地よい。


「そういえばさ……」


 特別に話したい何かがあるわけでもないのだが、どちらからともなく、次々と出てくる話題に、その夜は、しばらくの間、羽白さんと電話をしていた。


「どうりで出ないと思った」

「……すまん?」

「いま疑問系でしょ」

「うん」


 羽白はじろさんと電話をしていた間に、善人よしとが何回か電話をしてきていたらしく、電話を切ったあと、着信通知が何件か入っていた。


「メッセージが二人とも流れないから、どうしたのかなーって思ってたら」

「いや、そもそも、善人も寺岡さんも文字入力早すぎ」

「そう?いつものことだよ?」

「俺には早すぎだ」


 ハンズフリーにしながら、メッセージの流れを確認するも、よくまあこんなに入力したものだ、と感心するぐらい、大量のやり取りが流れている。


「とりあえず、駅に行きゃいい、ってことでいいか?」

「まあ、そうなるね」


 けらけらと笑いながら言った善人に、「これ、もう読まなくていい?」と言えば、「ふは!なるらしい」とまた声をあげて善人が笑う。


「ねぇねぇ、なるー」

「なに」

「定期テスト終わったら、遊びに行こうよ! あ、もちろん夏休みも!」

「別に構わないけど……どこに?」

「んー…プール? 海? あ!祭り」


 祭り。そう言われて部屋のカレンダーを見るものの、この地域の祭りは8月上旬で一ヶ月以上も先だ。

 焼きそば食べて、たこ焼き食べて、と楽しそうに話す善人に、思わず笑いながらも「だいぶ気が早くないか?」と口を開く。


「祭りって……結構先だけど」

「何言ってんの! 夏休みといえばプールに海に祭りでしょ!」

「でしょ、と言われても…そういうものか?」


 夏休みもあまり外に遊びに出なかった俺からしてみれば、夏休みといえば、夏期講習や図書館、じいちゃんの家、宿題。あとゴロゴロする。

 そういう感じで過ごしていたものだから、逆にそんなことを言われても実感がわかない。


「少なくともオレにとってはそういうものです!」


 顔を見てはいないけれど、絶対なんか胸を張って言っている気がする。

 そんな善人の姿が目に浮かんで、一人小さく笑う。


「あー、じゃぁ、羽白さんの見たいって言ってた展示が7月下旬までやってるし、美術館はどうだ? 明日は遊園地に行くわけだし」


 面白そうな展示内容だったし、と善人に伝えるものの、少しの沈黙のあと、「あー…」とほんの少し困ったような声が聞こえる。


「オレ達はいいかな」

「? 面白そうって言ってなかったか?」

「いや、面白そうではあるんだけど、多分、怜那がダメだと思う」

「寺岡さんが?」

「そ」


 歯切れの悪い言い方をする善人に首を傾げるものの、「気にせず二人で行ってきなよ」という善人の言葉に、「まぁ、無理強いするものでもないしな」と答えれば、善人がハハ、と乾いた笑い声をこぼす。


「行って感想教えてよ。それで面白かったらアイツ連れていくから」

「…おう?」


 なんか困った声をしているような気がするのは気のせいか?


 そう思うものの、「あ、そういえばさ!」と始まった善人の言葉に、その考えはすぐに消えていった。







【6月28日 終】

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