まゆにとっての彼

今回はまゆの視点で進みます。


 怖かった。お父さんはいつもお母さんのことを殴って暴れて家をめちゃめちゃにしてた。そんな悪夢のような毎日。そしていつの間にがお母さんはどこかへ行ってしまった。お父さんはそれでもお酒を飲んで暴れてお母さんの代わりに渡しを殴り始めた。

 毎日が怖かった。お父さんが怖かった。


 そして私は包丁でお父さんの首を刺していた。手は真っ赤に染まって震えが止まらなくて包丁が手から離せなかった。

 そんなときに現れたのが彼だった。冷たく固くなっていた両手を優しく握ってくれた。その手は温かくて、ずっと私が求めていたもの。その温かさでゆっくりと包丁が手から離れた。そして彼はピクピクと動いていたお父さんの首に思いっきり、包丁を突き刺した。飛び散る血が私を安心させてくれたのを印象的だったと記憶している。


 それからは警察の人が来て私と彼を警察署に連れて行かれて、そのときに初めて同じ学校の同い年の男の子だと知った。お父さんに殴られて黒くなった目のアザを見て婦警さんが「辛かったね」って本当に気の毒そうに言ってくれて抱きしめてくれて思いっきり泣いたのもよく覚えてる。


 それから私は精神的に調子を崩した。何件も病院を渡り入院までしても治らあいい。また助けてくれたのが彼だった。


 そのとき私は校舎裏で泣いていた。なにが辛いとかじゃない。ただあの事件から周りの人とは距離ができてしまい、浮いていた。だれも遠巻きに見ていて。でも彼は違った。校舎裏でタバコを吸っていたらしい。私の泣き顔を見て抱きしめてくれた。タバコの香りはしたけどやっぱり温かくて、私が人生で一番欲しかった愛を感じた。彼は別に私のことを愛してるわけじゃないことはわかっていたけど、それでも嬉しかった。


 それから彼は私の特別になった。恥ずかしくてなかなか話かけられなかった。クラスも違ったし。それに彼にはいつも女の子が隣にいた。長い付き合いなのかまるで兄妹か夫婦みたいで羨ましかった。


 なぜだろう。彼は私を気にかけているようで時々私のクラスまで来て話しかけてくれた。好意だったら嬉しけどわからなかった。


 冬のある日。ちらちらと雪が振り始めたらしい。クラスの誰かが「雪降ってきた」って嬉しそうに大声を出した。その大声でお父さんに殴られて包丁でお父さんの首を刺したのを思い出してパニックになったようだ。ようだっていうのはそのときの記憶がないからだ。気がついたらまた彼が優しく抱きしめてくれていた。


 一体いつまで彼は優しく抱きしめ続けてくれるのだろう。

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