第12話 個人調査すなわちデート
「クビになっても知らへんよ」
「いいよ。そろそろ辞めるつもりだから」店員が言う。
クリアファイルの中身に目を通す。
「誰を捜してるの? もう少し詳しく教えてくれれば協力するよ」
「そらうれしいんやけどお断りね」
「つれないなあ」ストローで液体をすする音。
賑やかな話し声。食器の接触する音。気にはならない。
紙に書かれた表の欄をとにかく追う。
下に下に。違う。これも違う。違う。
「ケータイ売り場におる人わかる?」
「教えてくれる気になった?」店員が身を乗り出す。「そうだね。実は私もそこにいたよ。その中の誰かがってこと?」
「若い女だけでええよ」
「見せて」
テーブルの上に紙をのせる。店員が指を差す。爪にキラキラ光る石がついている。形が整いすぎて怪しいのでニセ爪だろう。
「この娘と、あ、そうそうこの娘。あとはこっちの二人」
「五人か」
「私も入ってるんだ。それは面白いかも」店員が微笑む。
「これからいける?」
「完全にお客さんてことになるけど」
「そこは忘れもんなりいろいろ使うて」
会計をもとうと思ったらしぶしぶだったのがバレたらしく笑われた。
「そんなの私が払うよ。一応年上だし。ところで君」
「中坊」
「なんで学ランなの? 日曜だよ」
「ええからさっさと払うてよ」
店の外は少し冷えた。寒いのは慣れているのでなんてことはないが、店員がかなりの薄着だ。季節を間違えているのだろうか。
「くっついたら怒る?」店員がいたずらっぽく言う。
「犯罪やないの」
「愛があっても?」
「俺にはあらへん」
渦中の量販店に着いた。近くのファミレスで待ち合わせたので目と鼻の先。引っ付かれなくて済んで心からホッとする。
入り口の福引大会は今日も絶賛実施中だった。列は昨日と同じくらいかそれ以上。家族連れが多く、子どもがうきうき顔で並んでいる。壁に貼られた賞品紹介の特賞の欄に黒い横線が引かれている。他は無傷なのになんだか哀れだ。
「まずいなあ。バレるかな」店員が言う。
「自然にしとったらええのと違う?」
携帯電話売り場へ。混雑はやや緩和か。
「今日は二人だけみたい。ちょっと声かけてくるよ」店員が言う。
「頼んます」
着信が来ていた。珍しい。能登からだった。岐蘇は重役会議だとかぼやいていたからざまあみろだが、能登は屋島と一緒だろうか。日曜は塾ではないので支部にいるのかもしれない。
能登にかけ直す。すぐにつながった。
「えっと、あの」能登が言い淀む。
「かねやんルートの情報やったら信用せんといてね」
「どういうことなんですか」
「どうゆうもこうゆうもあらへんね。ツグちゃにこにこかな」
「それはもう。先代は解剖に回されたかと」
「ああ、そか。それで」すこぶる機嫌のおよろしい。
「いま何してるんですか」能登が訝しげに言う。
「なんやろ。昼には帰るさかいに。一緒に待っといて」
「はあ、わかりました」
電話を切って携帯電話売り場カウンタのほうを見遣る。従業員用通用口から店員が出てくる。微笑を返されたのでうまくいったのだろう。
「ごめんね。私も入れて三人だけど」店員が言う。
「構へん。ホンマおおきに」
「もう帰っちゃうの?」
「善は急げね」
「見つかったら教えてくれる?」
「気ィ向いたらな」
駅に行って電車に乗る。店員は逆方向だった。
スーパで買い物をして支部に戻る。裏口から入ると伊舞が出迎えてくれた。
「お疲れ様です」伊舞が言う。
「昼は」
「えへへ、実はお昼に戻られると聞いて待ってました」
一階をのぞいたら能登と屋島がまったく同じタイミングでこちらを見た。
能登は相変わらず勉強。眉を寄せていたのでおそらく数学。うるさくても勉強が出来るのが彼の得意技。屋島は手に入れたばかりのプレーヤで音楽を聞いていた。つい先日発売したばかりのシングルを延々リピートだろう。買ったその日に貸してくれるなんて屋島以外にありえない。さらに只で無期限。
「食べはる?」
「お願いします」能登が言う。
〉〉メニュは?
「できてのお楽しみやね」
裏口から建物に入るとすぐに階段がある。吹き抜けになっており、それぞれのフロアとは扉一枚で隔てられている。そこから二階に上がる。
伊舞も料理を作れるが、自分が支部にいるときはたいてい料理当番を代わる。岐蘇はまったく家事をしない。それなのにただっ広い部屋にたったひとりで住んでいるのだから、どれだけエントロピイの法則を無視しているかわかったのものではない。単に部屋の面積の割に物が少ないだけのような気もする。
鍋にたっぷり湯を沸かしていると屋島がひょっこり顔を見せた。
〉〉何か収穫あった顔だね。
「ノト君は」
〉〉まずいならいま聞くよ。
ポケットからボイスレコーダを取り出す。
「疑わしきは五人。今日は三人だけね」
〉〉これがデートの収穫?
「デートやあらへんて」
屋島は耳に入れているイヤフォンのコードを挿しかえる。さっそく照合してくれるらしい。
沸騰寸前の鍋の火を止める。部屋を暖める空調を停止させて呼吸を止める。
十数秒。
〉〉なにも息は止めなくとも。
「最初のやないかな」
〉〉デートの相手?
「せやからツグちゃ」
〉〉俺じゃなきゃわからないよ。この人相当すごい。
火をつける。空調のスイッチを入れる。
「あとは詰めやね」
〉〉もう一回デート?
「没収してもええんやけど?」
屋島が向かいのキッチンカウンタに逃げる。椅子に腰掛けて手元を覗き込む。
〉〉それは困る。ごめんね。
「さ、アホ社長がおらんうちに片付けよか」
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