第8話 店員に聴き込み
「厭です」
「そないなこと言わんと。な?」
学校が終わって塾に向かおうと思ったら校門前で待ち伏せされていた。やけに今日一日屋島が機嫌がいいと思ったらそういうカラクリか。
〉〉面白いじゃん。鎌倉嬢に会えるかもよ。
「それならヨシツネさんが」
「噂の人どっちやったかな」巽恒が言う。
そうだった。
「だったらツグが」
屋島が耳たぶを触る。
これもそうだった。
「じゃあグンケイ君が」
「使える思う?」巽恒が言う。
「そんな、だって」
〉〉実は昨日行ったんだ。でもね。
役に立たなかったのだろう。見た目は高校生以上だが中身は完全に小学生だ。不可能とみて間違いない。
「あ、キソさんが」
「頭下げるん厭やわ」巽恒が渋い顔をする。
「そんなこと言ったって」
「な? ノト君だけが頼りなん。行ってくれへん?」巽恒は食い下がる。
「イマイさんは」
「かねやんは社員やん。関係あらへんよ」
「ヨシツネさんは社員じゃないんですか」
「俺は臨時バイト君。単なる中坊」
なんだか屁理屈大会になってきた。そうなると勝ち目はない。巽恒は口八丁だから。
「六時から塾なんです」
「安心したってよ。こっからすぐ。間に合うよ」巽恒が言う。
残り二時間を切った。
「ナスカズラ君は駄目なんですか」
「あれな、苦手なん」
嘘だ。
「そうやって俺を引き込もうとしてるんですね」
「頼むわ。な?」
「目指せ五百万ですもんね」
「ううん、せやなあ一枚なら」
「別に要りませんよ。お金が欲しいわけじゃないんで」
巽恒が地面を蹴る。
足癖が悪すぎる。
〉〉ねえ、行こうよ。
「もう巻き込まないで欲しいんだけど」
「これな、一筋縄やいかへんよ。そないな感じするん」
門をくぐる生徒が巽恒をじろじろ見ていく。明らかに異物だ。ベージュのブレザの群れの内にひとつだけ黒い学ラン。
「様子見でええから」巽恒が言う。
この眼で睨まないでほしい。
背筋が痙攣する。
「正体知りたない?」
「いるんですか」
「俺の脳がいかれてへんかったらな」
観念するか。
なまじ知的探究心が高いと苦労する。
「一時間だけですから」
「おおきに」巽恒がにやりと口の端だけ上げる。
本当に楽しそうだ。
お金のためなのに。
本当に電車ですぐだった。何度か足を運んだことのある大型家電量販店。地下一階の携帯電話売り場。
物色するふりをしてその区画を見渡す。会社ごとにカウンタが分かれている。女性店員がすこぶる多い。ざっと数えただけで十人はいる。この中に。
〉〉いま口を開いてる中にはいない。
「大丈夫?」音に押しつぶされてないかどうか、という意味で聞いた。
〉〉あっちにいるヨシツネさんよりはね。
エスカレータの陰に巽恒が隠れている。視覚的な事情でそれ以上近寄れないのだ。
「あ、あの人は?」
〉〉話し掛けてよ。
カウンタに暇そうに座っている髪の長い女性に近づく。
「いらっしゃいませ」
〉〉違う。
そんなこと言われても。
すでに話しかけてしまったので情報収集でも。
「ここのケータイ売り場に勤めている人で、二ヶ月以上勤めている人って誰かいますか」
店員は一瞬だけ顔をしかめた。
予想済み。
「どういったご用件で?」店員が言う。
「あの、実は姉が前ここに勤めていたらしいんです。でも突然二ヶ月前にやめたらしく行方が分からなくなってて」
「それ、警察には」
「あんまり大事にしたくなくて。それにできれば僕が捜したいんです」
店員は困った顔をして。「わかったわ。ちょっと待っててね」
カウンタの奥の部屋へ入っていった。
〉〉演技上手いね。
「心臓飛び出るかと思った」
〉〉それはないね。
屋島を睨む。
こちらは真面目にやっているのに、そういうときに限っていつも茶化すのだ。
〉〉気持ち悪いんだから気を逸らさしてよ。
「あ、ごめん。大丈夫?」
〉〉明日学校休むね。
「え、ちょっと」
〉〉土曜日なのに?
騙された。
「どうせ土日も塾だよ」
〉〉たまには休めば。
「ついこないだサボりました」
店員がファイルを抱えて戻ってきた。「あのね、この中にいない?」
まずい。
そういう流れでは。
「たぶん偽名を使ってたと思うんで」
「あ、じゃあどうしよう。店長呼んだほうがいい?」
それは更にまずい。
「お姉さんてどんな人?」
「えっと」
困った。
「顔見たことないのかな」
「あ、はい。実は」
「そう。大変なのね。私バイトなんだけど三ヶ月前からいるの。もしかしたら見てるかもしれないわ」
「同じ頃に入った人って誰かいませんか」
「そうね。でももういないんでしょ? やめた人なら」
〉〉いた。
「え、どこ?」
声を出してから気づく。
店員が怪訝そうな顔。
「あの、ちょっと確認してきたいことが」
「そう? 早く見つかるといいわね」
〉〉消えた。
顔色の悪い屋島を支えながらエスカレータの脇まで歩く。
巽恒が屋島に気づいて。「今日はあかんかな」
「帰る?」
〉〉せっかく見つかったのに悔しい。
「え、おったん?」
〉〉声は捉えたけど姿までは。
「そか。まあここにおったゆうことわかったんならもう」
〉〉ごめん。
文字式メッセージはそこで途絶えた。屋島の調子が悪くなると送信は行われなくなる。つまり会話不能状態だ。相当具合が悪いのだろう。
建物の外に出る。
世の中は嫌味な音に満ちていることに気づく。
「静かなところって少ないですね」
「せやな。ツグちゃ、生きにくいなあ」巽恒が言う。
「あの俺もうそろそろ」
「せやったね。助かったわ。ツグちゃは俺が送ったるさかいに」
「お願いします」
「ノト君。なんかわかったら教えたってね」
「実はいくつか仮説を思いつきました」
巽恒が口元だけを上げて笑う。「なんや、サボりたいん?」
「こんなに具合の悪そうなツグを置いて塾なんか行ってもこっちからこっちに抜けるだけです」
「今日はテスト?」
「報酬として数学教えてもらいますから」
「なるほどね」
今日は大の苦手な数学だった。
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