第7話 共通点は機種変の店
「ケータイの電波って拾えるん?」
〉〉できないことはない、とだけ言っとく。
「いまは」
〉〉いけなきゃ閉じるけど。
携帯電話を耳に当てる。「ああ、社長さん。先日はどうも。KREのヨシツネゆいます」
「急用かね。いま忙しいんだが」
「すぐ済みます。社長さん、最近機種変してへんかな」
「いや、私は携帯電話は三つ持ってるからね。ぜんぶ会社のだから」
「せやのうて社長さん個人の。新規でもええんやけど」
「ああ、作ったよ。それが何か」
「どこで作らはりました?」
「どうだろう。私が一から手配したわけじゃないからな」
「それ、いまわからへんかな」
「わかったのか」声が小さくなった。
近くに誰かいるのだろう。会議中だったのかもしれない。
「あくまで可能性なんやけど」
「ちょっと待ってくれ」
保留になった。この曲を聞くとペンギンがスケート靴を履いて氷の上を滑っているイメージが浮かんでしまう。だが曲のタイトルが思い出せない。喉まで出掛かっているのに。
「なあ、ツグちゃこの曲」
〉〉スケーターズワルツ。
「それやわ。さすが」思わず指を鳴らす。
伊達に耳が肥えていない。
「待たせたね。いまどこにいるんだ」
「気にせんと早よお。社長さん忙しさかいに」
駅直結の大型家電量販店だった。
「おおきに。ほんなら引き続き振り込んどいてね」
電話を切って、たったいま入ってきた電車に乗る。ここから三つほど隣なので十分弱で着くだろう。
屋島は電車の中に入った途端聴覚遮断モードに入った。こうなると会話が出来ない。自分も視覚遮断モードに入りたかった。
眼の前にあるものをないと思い込む。それをしないと気分が悪くていられない。せめて窓の外が見えればいいのに。思いの外混雑していた。時間帯が悪い。
量販店はうんざりするほど大きな建物だった。
「ツグちゃどないする?」
〉〉付き添いだけだね。残念だけど。
「俺と話すだけゆうのはできへんの?」
〉〉やってみる。
耳がよすぎる屋島にとってこの建物は地獄そのものだ。店員はメガホンや拡声器で絶えず何かを怒鳴っているし、電子機器の発する電磁波や客の群れ。加えて店内は店のテーマソングをひっきりなしに流している。巽恒だって本当は行きたくない。勿論うるさいのも厭だが、実はもっと困る事情がある。
〉〉ヨシツネさんこそ平気?
「ひとり頭五万ゆう呪文唱えて頑張るしかないなあ」
〉〉単純計算で、わあ。俺ももらえるかな。
「ボランティアと違うん?」
〉〉最初は好奇心だったんだけど師匠があまりにも金に執着するからね。感染ったんじゃないかな。
「師匠はあかんなあ。ボスゆうてよ」
〉〉ボス。
「しゃあないなあ。ノト君には内緒やからね」
ごった返している店内に踏み込む。入ってすぐの壁に店内案内があり、それによると目当ての場所は地下一階らしい。エスカレータで下りてすぐのところにそれらしきディスプレイがあった。
カウンタにいた人間でようやく思い当たる。
気づくのが遅かった。
「うわ、あかんね」
〉〉役立たずペアだね。出直す?
「ノト君は」
〉〉たぶん俺がいなくなって早々に出て行ったと思うよ。
こんなことなら岐蘇を連行すればよかった。あの時は手がかりをつかんだという興奮状態で頭が回っていなかったのだ。
〉〉ごめん。そろそろ限界。
「わかった。出よか」
外はすでに暗くなっている。まだ夕食時間にもなっていないというのに。すぐに冬が来てしまう。
「ケイちゃんに縄つけたいなあ」
〉〉まだ持ってないんだね。
「ケイちゃん癇癪持ちでな、こう、折曲げるん」
〉〉見たんだ。
「初めにな」
目の前が横断歩道であり、片側二車線の大きな道路にスクランブル。今しがた信号が変わったらしく人が往来している。日が落ちているので巽恒にとっては視覚的に安全。
〉〉あれ、ヨシツネさん。
「ん?」
屋島がこっそり指さした先に、一際大きな人間が闊歩しているのが見える。横断歩道を渡ってこちらに近づいてくる。
「ヨシツネさん」
「け、ケイちゃん。へ、どないなって」
〉〉タイミングばっちり。ちょっと遅いかな。
群慧は、闇に紛れるが如く真っ黒。
「よかった。ここだと思いました」群慧が言う。
「へ?」
〉〉いつもの勘かもよ。
「そうです」群慧が言う。
「ちょお待って。ツグちゃの声聞こえるん?」
「いいえ。でもわかります。なんとなく」
「せやけど」
群慧は何か超常的な力を持っているのではないか、と思わせる。そもそもそれが気に入って仲間に引き込んだのだがいささか強すぎる。屋島のはノンバーバルで何となく伝わるとしても巽恒の居場所は誰にも言っていないはずだ。さきほど依頼人のひとりから聞いてようやく突き止めた場所なのだから。
「まあええわ。ケイちゃん、お使いできる?」
群慧を大型電気量販店に放つ。
〉〉のぞかなくていいの?
「ツグちゃが」
〉〉気にしなくていいよ。
「ううん」
〉〉視界に入れられないんだね。
「せやなあ」
ぴったり五分後に群慧が戻ってきた。五分で切り上げろと言ったのでそれを忠実に守ったのだろう。
「男がいました」群慧が言う。
「おらんかったんか。そか。結局出直しやなあ」
〉〉バイトだよね。
「でやろ。鎌倉嬢自体が嘘くさいからなあ。ツグちゃ声だけで年齢とかわかるん?」
〉〉トレーニングしてみるよ。
「ケイちゃん、すまんかったね。わざわざ」
「女を捜してるんですよね」群慧が言う。
「鎌倉嬢ね。そっちはどう?」
「聞いてみたんすけど、やっぱ一回だけだって」
「そいつ、最近ケータイ変えた?」
「さあ」
駄目だ。
何とかして能登を引き込むしかなさそうだ。
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