第5話 ガッコのセンセに事情聴取
「聞いたわセンセ。電話あったんなら」
「ヨシツネ君。ちょっと廊下出ようか」
「ええよ」
巽恒は今年の春に鎌倉に引っ越してきたため特に転校生扱いにはならない。この中学は仏教系私立なので全国津々浦々から生徒が集まる。しかし京都弁を話す生徒は彼だけ。
「あれえ、よっしー。帰んないの?」
「ちょお用事」
「あ、まさかまた」
「先にゆうとくわ。待ち伏せしたったら仲間に入れたなくなるよ」
「ううん。それはきっちいな。わかった。また明日ね」
「ほな、さらばいね」
巽恒と同級の
「いいのかい?」
「聞かせたってええの?」巽恒が言う。
それは困る。
人気のなさそうな場所を探す。男子校なため校内のどこに行っても男しかいない。教員や職員ですら男しかいないのだ。勤め先を誤ったとしか思えない。
季節は紅葉の秋。渡り廊下から中庭が臨める。銀杏の樹が黄金色に染まっている。ぎんなんもちらほら。
「ここらでええのと違う?」巽恒が足を止める。
「そうだね」
どうせ生徒は帰宅やら部活やらに忙しい。中庭の隅にいたところで誰も眼に留めないだろう。教職員側も来ないものと期待。
「で、電話ってのは」
「とぼけたっても無理やさかい。KRE次期社長の情報網甘く見たらあかんえ」
「三年のキソ君だよね。ああそうか、君らいろいろしてるんだっけ。うん、わかった。正直に言うよ」
「さすがセンセ。話早いなあ」
ぎんなんを踏まないように足場を確保。
「つい三日前だよ。あの鎌倉嬢から電話があってね。僕の場合は別れた彼女だった」
「その彼女さんは掛けた憶えない、てゆうてはる?」巽恒が言う。
「そうなんだよ。そんなわけないわ、ばっかじゃないのって言って切られちゃった。まあすでに一回振ってるんだから迷惑な話だよね。でも確かにあいつだったんだよ」
「声は完璧ゆうわけね。演技もか」
「やっぱり違ったのかな」
「俺はそう思うとるよ。手口は一緒なんかな。最初非通知で鎌倉嬢、そん次彼女、そんで鎌倉嬢再登場してテレクラ。あってる?」
「て、テレクラ? 違うよ。ううんなんて言うかな」
「ほんならなんで好みの子、訊かはるん?」
答えられない。
「先生の好みはどんなん?」
「え、いいじゃないか。そんなこと」
「まだ掛かってくるん?」
「いや、残念だけどそれ一回きり。もう来ないよ」
巽恒は腕を組んで渡り廊下の柱にもたれかかる。「嘘やのうて?」
「ホントだって。もうないんだから」
「センセ年収いくら?」
「え、なんでそんな」
「せやなあ、私立とはいえ単なる教員やしね。すまへんね」
この妙に達観している感が中学一年にあるまじき雰囲気を醸し出している。巽恒は学校一有名と言っても差し支えない。だが教職員にケンカを売っているわけではないし反抗的というレッテルが貼られているわけでもない。いわば限りなく白に近い問題児。やや短気な部分を抜かせば持ち前の頭の切れが凡そ生徒に一目置かせる原因たる。口と足癖は悪いが情に厚いところがあるので友だちも多い。
石曾根は幸か不幸か巽恒の担任で国語教諭である。
「相手を選んだはるのかもしれへんな」巽恒が言う。
「え、どういうこと?」
「こっから先は別料金ね。もし万一鎌倉嬢から電話来て、繋がったまま俺に回してくれるゆうんやったら教えたってもええよ」
「つまり、君が出るってこと?」
「なんや、あかんかな。未成年には如何わしいことしたはるんやったら」
「違うよ。そうじゃなくて」
「ああ、目的ね。捜してくれ、ゆうて依頼きたん。せやからこうやって捉まりそな男に協力要請ゆうわけね」
「へえ、KREはすごいんだね」
巽恒がうんざりして目を細める。
「え、何か悪いこと」
「センセは気にせんでええよ。ちょおこっちの話。ああもうあかんわ。間口広いんは俺のせいか?」
「少なくとも俺のせいじゃないな」後ろから声がした。
石曾根は吃驚して振り返る。巽恒の目線を辿ると。
「き、キソ君」
「盗み聞きはお前の得意技やないなあ」巽恒が言う。「パクったらあかんえ、次期社長さん」
「捜してた。帰るぞ」
「なに? 手掛かり見つかったん?」
また違った意味で扱いづらいのが、鎌倉一帯の不動産を一切合財管理している大企業、KRE次期社長の岐蘇。成績も学業態度もまったく申し分ない。むしろ優等生かもしれないが、彼自体は物事に執着せず冷めている。
その冷めた目が石曾根を捉える。
「電話あれきりですか」岐蘇が言う。
「あ、うん。いまのところは」
「ガッコのセンセはあかんみたいね。鎌倉嬢は金持ちが好きみたいやわ」巽恒が言う。
「どこかの誰かさんみたいだな」
「ほお、誰なんかな。お名前聞かせてくれへん?」
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