第4話 金持ちじゃなくても電話が来る?

「さすがに行ったことはないすね。でも鎌倉嬢なら噂で」群慧グンケイが言う。

「ホンマに?」巽恒ヨシツネが言う。

「何人かは掛かってきてるみたいで」

「は?」

「はい」

 巽恒が足元の筒を蹴る。つい先刻までスナック菓子が入っていたが今は空洞だ。壁に衝突して徐々に回転を止める。

「蹴るくらいならゴミ箱を狙え」

「やかまし。違うやん」巽恒が言う。

「依頼人は金持ちだな」

「ふん、捜すんはな。そうなると番号入手がますます怪しいわ。ケイちゃん、そいつらどないな感じ?」

「不良です」群慧が言う。

「それはわかっとるよ。なんや共通点あらへんかな」巽恒が言う。

 群慧が眉をひそめて唸る。小五にしては体が大きすぎるせいで重低音が響く。いつも全身真っ黒なので巨大な影のように見える。

「キャバクラ通いとかキャバ嬢が彼女とか、ない?」巽恒が聞く。

「さあ」群慧が首を傾げる。

「鎌倉嬢キャバ嬢説は諦めたほうがいいんじゃないか。如何にもというか強引だ。そんな単純なら探偵が見つけている」

「せやったらなに? ごくふつーのねーちゃんがこっそりケータイ番号入手して、知り合い見つけて、女紹介しとるゆうわけ?」

「その順番が違うような気がする」

 巽恒が反応した。文庫本から眼を離す。

「知り合いを見つけてから、番号を入手してるんじゃないのか。それなら辻褄が合う」

「ああそか。それなら簡単に手に入りそやけど、ううん」巽恒が唸る。

「知り合いのほうから攻めてみるか」

 キーボードを叩いて依頼人のリストを表示させる。知り合いのカテゴリをスクロール。

 横から巽恒が覗き込む。

「いまは疎遠になった異性、というのがダントツだな。配偶者はないみたいだが」

「ちょお待って。いま思い出したんやけど、知り合いは」

 電話を掛けた覚えがない。

 顔を見合わせる。距離が近いので多少離れる。

「これ、どないな意味なんかな」

 KRE鎌倉支部の出入り口のドアが開く。世にも珍しい飛び入りの客か、と思って身構えたが違った。

 屋島と能登ノトだった。ふたりとも学校帰りに直で来たらしく制服。ベージュのブレザ。能登は如何にも優等生で真面目人間。勉強ばかりしているせいで分厚い丸めがねをかけているのだと思う。屋島は能登と幼馴染らしいが彼らの接点が見いだせない。悪戯好きな小僧の雰囲気。能登の陰に隠れると屋島は見えなくなってしまうといったら大げさだがそのくらい体格差がある。

「いらっしゃいませ」部下の伊舞イマイが丁寧に挨拶する。

 これをやめろと何十回も言っているのに効き目がない。ニコニコと締まりのない顔しているのは通常装備なので営業には向いているのだが。

「ああ、ツグちゃどやった?」巽恒が言う。

 屋島の使用する伝達方法は、ここにいる面子の中では巽恒と能登にしか通用しない。声が聞こえるのではなくてテキストとして届くらしいのだが経験したことがないのでわからない。

「え、ホンマに? それ」巽恒が声を上げる。

 屋島が頷く。能登も巽恒と同じ表情をしている。

 質問をしたいが順序がありそうなので待つことにする。

「そんなんある? まさかあ」巽恒が言う。

 屋島は常時左耳にコードレスのイヤフォンを入れている。そうしないとうるさくて過ごせないらしいのだが、むしろ音楽を聞いていたほうがうるさいような気がする。それと同じ作りのものを巽恒に渡す。

「何が聞けるんかな?」巽恒が言う。

 屋島はブレザのポケットから大きめの消しゴムを取り出す。違った。よく似ているが形状が同じなだけでおそらく自作の機械。機械いじりが趣味なのでその創作の中の一つだろう。

「よお録ったね。うわ、あかんわ」巽恒はほんの数秒でそれを耳から出す。

 屋島はそれを回収して能登に渡す。

「いいや。そういうのはちょっと」

 屋島は群慧を見る。群慧は巽恒の顔を確認してからそれを耳に入れる。許可を取りたかったのだろう。巽恒は肩を竦めただけだったがそれはゴーサインだったのか。

「なんだったんだ」

「むっちゃクリア。ノイズゼロ」巽恒が言う。

「そうじゃない。何か言ってただろ」

「ああ、あっち。ううん。俺は信じられへんけどツグちゃがゆうてたらまあ、そなんやろうけど」

「だからなんだ。早く」

 巽恒は目を細めて。

「元締めねーちゃんも紹介される子も、おんなじらし」

 視界の隅で群慧が熱心に聞き入っている様が見えた。

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