第2話 依頼は捜索願

「な、気にならないか」岐蘇キソが言う。

「ならんわ」一瞬だけ睨みつけてやる。

 明るめの栗色に染めた髪を後ろで結わえている。かといって結わえるに値するほど長いかというとそうでもない。ヘアゴムに固定され損ねた髪が両サイドでバラバラしており髷を切られた落ち武者のように見える。そう指摘したら珍しく表情が崩れたので嫌がらせとしては成功か。

 手元の文庫本に眼を戻して続きに取り掛かる。

「せやけどまたそないな如何わしい噂聞きつけてなに? KREクレは間口広いですね、ゆわれたからホンマその通りにしよ思たん? はん、けったいにもほどがあるえ」

「器用だな、お前」

「やかまし。黙っといて」

 岐蘇はいつも決まっていいところで声を掛けるのだ。狙っているとしか思えない。今回はほぼ犯人確定というところでそれを嘲笑するかのごとく新たな死体が発見された場面だった。起承転結で言えば転。最も面白い場面ではないか。

 だが別段ミステリィファンではない。この作者の他の作品でハマったのだが、調べてみたところこの作家はミステリィで名を馳せていた。ならばミステリィにも手を出してみよう、という動機で読み始めたシリーズの第一巻なので別段謎解きに興味があるわけでも犯人探しに快感を覚えるわけでもない。話の運びが好みなだけ。

「やってみないか」岐蘇が言う。

「どうぞ。そらもうご勝手に」

「勘違いするな。お前の仕事だ」

 不快感が漲ってきたので顔を上げる。相変わらず完膚なきまでの仏頂面なので更に苛々が募る。

 学校から帰ってきたばかりなので同じ学ラン。ふたつ上の中三だが外見から年齢がわかりづらいカテゴリ格好の見本。顔は常に無愛想極まりない仏頂面が覇権を握っている。身長はこれといって高いわけでも低いわけでもないし、体格は男にしてはかなり細身だが病弱的なわけではなく特に筋肉を育てる意志がない結果こうなっているだけである。もちろん体力はないに等しい。

「あんなぁ、気になったはるのは社長さんだけ。俺は気になってへんの。これぽっちもあらへんの。せやったら答えはお断り」

「依頼が三桁に達しててもか」

「はあ? それ、けーさつにゆうたほうがええのと違う? それやなかったら探偵ゆうこっそこそしとる便利なのおるやん。そういうのに頼むとか頭使こて」

「それが見つかってないそうだ。二ヶ月探し回ってるのにも関わらずな。これはお前向きの仕事だろう」

「せやから」

「頼んだぞ」

 怒りの限界を超える音を聞いた。文庫本の間に栞を挟んでから立ち上がる。座っていた丸椅子を岐蘇に向かって蹴っ飛ばす。

 脛に命中。

「痛いじゃないか」岐蘇が言う。

「痛くしよ思たんやからそりゃ痛いわなあ。なに? なんぼ出してくれるんかな」

「一人頭一万取ったらいくらになる?」

「もっと取ろか。せっかく三桁なんやしなあ。人海戦術とかねずみ講とか、ホンマあかんわ」

「やるんだな」

「も一回ゆうてみ」

 奇妙奇天烈な話だった。

 最初に非通知で電話がかかってくる。携帯電話あてに。それを切ってしばらくすると同じく非通知で電話がかかってくるがそれは先ほどの若い女性ではなく知り合い。しかし後日その本人に確かめてみると身に覚えがないと言う。さらに電話はそれ一回限りでもう二度と掛かってこない。

 その相手を捜してほしい。

「へえ、けーさつに突き出すん?」

「被害届じゃない。捜索願だ。実際に会うことを望んでいる」

「はあ? そないなことどうでも」

「それがよくないらしい。知り合いといっても大概は関係の疎遠になった異性らしい。つまり」

「はあん。惚れとるゆうわけ?」

「実は続きがある」

 知り合いから電話が掛かってくるのは一回だが、その次の日に最初の女性からもう一度電話が来る。もちろん非通知。

「わかった。よおわかった。テレ」

「違う。そういうんじゃない。まあ聞け」

 その女性は何も要求しない。むしろ要求をするのは掛けられた本人で、いろいろ特徴やら好みやらを指定するとその要求どおりの女性が電話に出てくれる。

「ほおれみ。テレク」

「違う。単に話すだけなんだ」

「そんなんつまらへんのと違う? 好みの女と話すだけてなんや時代錯誤的に清いなあ。それ一分なんぼ?」

「言ったろ。その女性は何も要求しないんだ。近いのは無料電話相談じゃないか。もしくは声だけのキャバクラ」

「あかんわ。お前がキャバゆうと冗談に聞こえへん。やめたって」

 転がした椅子を元の位置に戻す。単に自分が座りたかっただけかもしれない。

「その元締めねーちゃん捜したらええ、ゆうわけね」

「一応名前がある。誰がつけたわけじゃないんだが鎌倉一帯で見られることから鎌倉嬢。音もキャバクラ嬢に似てるだろ」

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