LORELEI Lore Lie 伝話電嬢

伏潮朱遺

第1話 ただの電話?

 非通知の電話だった。

 いつもだったら絶対に出ない。用心深く臆病な性格なので知らない番号には極力出ないことにしている。たいていの電話は留守電につながった途端に何かの呪いのようにぶちっと切ってしまうためなんら実害はない。

 その日は何かおかしかった。調子が変だったというよりは感覚が研ぎ澄まされていたに近い。この非通知の電話は出なければいけないのだ、というメッセージが脳に直接伝わったのかもしれない。

 要するに、電話に出てしまったのだ。

「もしもし?」

「先生ですか?」

「え?」

 吃驚した。

 先生と呼ばれる職場に勤めているため違和感はなかったが、どうしてそれがわかったのだろう。多少気味が悪くなる。

「あの、あなたは」

「名前はありません。お好きにお呼びください」

「えっとそうじゃなくて、あなたは誰ですか。どういったご用件で私に」

「お話をしたくて。構いませんか」

「あの、ふざけてるなら」

「そうじゃありません。本気です」

 声の感じからいって女性。しかも若い。

 わかった。

「新手の詐欺かなんかでしょう。それとも出会い系? とにかくそういうのなら」

「違います。先生が電話を切りたいというなら止めませんが私の目的は金品ではないのです。ただ先生とお話を」

「いい加減にしてください」

 切った。

 出所不明の電話というのはとかく悪意に満ちている。腹が立ってきた。職場で厭なことがあったせいかもしれない。

 また着信。

 そして非通知。

 おそらく先ほどの詐欺。未遂だがせっかく未然に防げたのだ。これ以上被害を拡大させたくない。

 だが、どうしても出ないわけにはいかなかった。

「もしもし?」

「久し振り」

「え、まさか」

 その声は忘れもしない。

 先日別れた彼女だ。

 一方的に告白してしぶしぶ付き合ってもらったのだが三ヶ月で捨てられた。今思えば当然だ。向こうには意志がなかったのだから。

「え、どうして」

「掛けちゃいけない?」

「でも、もう顔も」

 見たくない。

 それが最後のセリフ。

「それに非通知なんて」

「ちょっと賭けをね。これで出たらもう一回考え直しても良いかなって」

「ほ、ほんと? じゃあまた」

「うん。いいかな」

「いいなんてもんじゃないよ。え、今から会えない?」

「それは駄目。会うとかそういうんじゃなくて、なんていうのかな。話がしたいだけだから」

 話がしたい。

 先ほどの謎の電話と重なる。

「実はさっき変な電話があってさ。きっと新手の詐欺だと思うんだけど、金品は欲しないからただ話がしたいって言うんだよ。これどう思う?」

「へえ、変なことしてる人がいるもんだあ。で、どうしたの」

「切ったよ。だって怪しいから」

「ふうん。でも私だったらちょっと話しちゃうかも。ほら、なんか面白そうじゃん」

「相変わらず怖いもの知らずだな。真似できない」

「君はちょっと臆病なんだよ。今度それ来たらちょっと話してみなよ。大丈夫。電話なんだから、厭になったら切っちゃえばいいんだよ。別に金取られているわけじゃないんだし」

「え、通話料は?」

「けちけちしない。ね、ちょっと気になってきちゃった」

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