5 日常へと戻ってゆくために

 捜索作業は難航を極めた。

 魔物殲滅のため、大量のミサイルを撃ち込んだため、何もかもが粉々だったからだ。

 とりわけ、国王グルーディエ15世の行方が知れないことに、王国民は胸を痛めていた。

 魔物が張り付いていた王宮の南側は地下部分までほぼ壊滅状態だった。執務室や来賓をもてなす大広間、大食堂など、主に王の利用する施設は南側に、使用人の寝室や調理場、倉庫など、王宮で働く者のための施設は北側に集中している。北側はかろうじてその姿を保持していたため、捜索作業は北側から順に行われた。

 当時王はどこに居たのか、付き人のダミルがその予定を管理しているはずだったが、やはり魔物によって襲われたのか姿が見えない。

 中で働いていた王宮付きの役人や、王の身の回りを世話していた侍女らは、北側と南側の間、一階で圧死しているのが見つかった。建物内部で見つかった遺体の殆どは、突然崩れ落ちた天井に押しつぶされてしまっていたのだ。

 衛兵の殆どは当時、王宮前通りの交通整理にあたっており無事だったが、彼らの誰一人、王宮から脱出する人を見かけなかったという。

 重機により、瓦礫が少しずつ取り除かれるが、その量と被害の凄まじさに、時間が経つにつれ、国王の生存には悲観的な見方がどんどん高まっていった。

 そして明け方、地下にまで陥没した王宮の南東側で、一人の男性遺体が発見される。

 王都警察は、グルーディエ15世の死亡を発表。

 建国2000年祭を直前に控えたグルーディエ王国は、悲しみに包まれた。



 *



 アズールネットニュースがいち早く報道ヘリからの中継を行ったことで、事態は更に混迷した。

 ネット上に拡散された、大通り連続爆破事件の魔女と、今回、王宮に現れた魔物と戦っていた魔女が同一人物だったことや、そこでも魔法が連続して使用されたこと、無修正の状態でそれが全世界に配信されたことが、主な要因だった。

 また、王宮で魔女と一緒に戦っていた一人に、王都警察の女性刑事がいたことも、混乱の種となった。彼女は魔法を使っていた。そして、彼女らと共に魔物に向かった二人の男性は共に暗闇の中で姿を変え、悪魔と竜の姿になっていた。

 魔法は確実に存在している。

 魔女も悪魔も存在する。

 そして、どうやら彼らは王宮に突如現れた魔物を退治するため、全力を尽くしてくれた。

 それが何を意味するのか……?

 アズールネット上で、様々な憶測と論議がなされた。



 *



「うわぁ……、最悪」


 アシュリーはベッドの隅っこで、ガックリと肩を落とした。

 夜明け前にルシアたちと合流し、エルトンとアランを大学へと魔法で送り出した。ルシアの自宅という、快適な宿を失った面々と、戻る場所のなくなったサーラを連れて、仕方なく自宅アパートに向かう。大して広くもない部屋の中に、アシュリー、サーラ、マーラとミロ、おまけにルシアまで一緒に連れ込んだため、寝る場所も確保できなかった。おのおのソファやベッドの片隅、ダイニングチェアにまるまるなどして仮眠をとった。

 当然、そんな状態でまともに睡眠など取れるわけもなく、昼前にはもう、目が覚めてしまった。

 起きがけに携帯端末を見ると、ニュース速報やら、上司からのメッセージやらが大量に通知されていた。

 王都警察には、自分は魔女であることをあらかじめ通知していたが、それにしても目立ちすぎた。まさか、自分の動きが全部ネット配信されていたなんて。


≪起き次第、速やかに出勤して事態を説明すること≫


 社会人として、そうするのは当然だろう。

 理解はする。だが。


「面倒くさい……。時代に馴染もうとして、働いたのは失敗だったわね……」


 アシュリーは魔女だ。

 魔女はのんびりゆったり、悠々自適に長い人生を楽しむ生き物。


「この時代とはおさらばしようかな。それとも、仕事を辞めて、どこかでひっそり暮らそうか」


 寝癖の付いた頭を書き上げていると、誰かが起きてゆっくり近づいてきた。


「アシュリーがどこかに行くなら、僕も付いてく」


 サーラだ。

 小さな少年の姿に戻ったサーラは、アシュリーの膝の上にポンと乗っかって、甘えたような声を出す。

 アシュリーはその頭を撫で回し、頬をこすりつけた。


「一緒に連れてくなら、子どもより、大人の男が良いかな。親子に見られたくない」


 言葉に反応したのか、サーラはスッと青年姿に変わった。アシュリーの両腕からヌッと顔を出したサーラは、彼女に軽くキスをして、今度はアシュリーをぎゅっと抱き返した。


「こういうこと?」


「そういうこと」


 今度は携帯端末に、上司から着信。

 けれどアシュリーは、気づいていない振りをした。



 *



 グルーディエ政府はその日、声明を出す。

 国王・グルーディエ15世逝去に伴い、王国体制を解体すること。

 民主国家として再スタートさせるべく、万全を尽くすこと。

 王宮に出た正体不明の魔物について、早急に調査結果をまとめて報告すること。

 王宮は国立公園として整備し、一般開放を目指すこと。

 建国2000年祭は規模を縮小し、延期とすること。

 そして、偉大なるグルーディエを支えてきた、王家の長い歴史に、敬意を表すること。



 *



 想定通り、エルトンとアランは小難しい政府の緊急会議に呼ばれた。

 エルトンは政府の要人前に、ありとあらゆる資料を提示して、この一連の事件の首謀者は王宮側であったこと、マーラとミロ、ルシアは巻き込まれただけだったこと、彼女らの生活保障、これからについてサポートが必要なことなどを訴えた。

 アランもまた、彗星の軌道から、その欠片の成分、欠片事態が持つ不思議な力、その効果と課題について、延々と説明した。


「彗星はまた、201年後に飛来する。それまでに、もっと深く調査を行って、科学的に“死神星の欠片”がもたらす恐怖を取り除かなければならない。これが、私たち人類に与えられた課題です。そのためにも、ミロやサーラ、ルシアの身体に残された“死神星の欠片”は貴重な資料になる」


 王が大量に取り込んだはずの欠片は、王の遺体からは見つからなかった。

 生きている間しか取り出せないのかも知れないと、エルトンは仮定した。

 マーラたちから聞き取った情報によれば、欠片は数百個程度あったらしい。つまり、あのサーラという青年は、どれほどの“流星の子どもたち”を殺し、奪ってきたのか、想像するだけでも目眩がしそうだった。

 “死神星の欠片”は、取り込んだ赤ん坊に悪魔のような力を与える。そして同時に、長く孤独な、永遠とも言える時間をも与えてしまうのだ。


「彼らを追い詰めれば、また、同じような事件が起きてしまうかも知れない。ひたすらに平和な時間と場所を与えていくことで、私たちはそのリスクを回避できると結論づけます。どうか、彼らに慈悲を。この国と世界を、そして未来を守ってゆくために」


 エルトンは力強く訴えかけた。

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