4 山積みの課題

 日は沈みかけ、空の色は紺と橙に染まっていた。

 マーラが魔法を解除して空を元に戻すと直ぐに、軍用ヘリコプターからの一斉攻撃が始まった。

 四方八方から満遍なく撃ち込まれたミサイルは、今度こそ黒い魔物に次々に命中した。

 石化した魔物は、王宮と共に崩れ、粉々に打ち砕かれていった。



 *



 王宮の広い敷地の奥に、小高い丘がある。

 ルシアはエルトンとアランを連れて、避難先のその丘の上から崩れてゆく王宮を見ていた。


「自ら化け物になってまで、陛下は何を望んでいたんだろうか」


 エルトンがぽつり呟くと、アランはさあねと肩をすくめた。


「建国2000年祭が近かった。記念式典までの準備も大詰め。だけど、多分、お祭りは開かれないな」


 アランが言うと、ルシアはええっと声を上げた。


「お祭り、なくなるんですか? こんなに一生懸命頑張って、上手いこと解決できたのに?」


「ははは、全然解決してないよ、ルシア」


 エルトンが乾いた声で笑う。


「僕たちは大体の流れと原因を掴んでるけど、一般人から見たら、相当訳の分からない事態になっていることを思い出してみるんだ。第一、君は警察に捕まっていた。大通りで爆破事件を起こした容疑者の一人だった。しかも、容疑者は逃亡中のままになってる。君が捕まったのを近所の人はみんな見ていただろうし、大学側も知っている。その上、君の家では、家宅捜索中に血痕が見つかった。殺人容疑も加わってたの、君は知ってた?」


「あぁ……」


 ルシアはすっかり忘れていた。

 そう言えば朝、リオルの姿に変身したアシュリーが家を訪ねてきたんだった。それから大変なことが沢山ありすぎて、何が何だか整理するのも分からないほど大変なことになっていったのだ。


「アズールネットニュースで速報が流れてたほどだし、大抵の王国民、いや、世界中の人間がこのことを知ってる。それから続けて王宮で化け物騒ぎが起きた。最初の爆破事件に魔女という得体の知れない存在が関与していることも伝わっているから、順当に考えれば魔女が王宮に魔物を召喚して暴れさせたことになっているかも知れないな」


「そ、そんな……! マーラはそんなこと、しないのに……!」


「まぁ、これはあくまで僕が考えた、現時点でのリスクの一つだけど。どうも、どっかの報道機関が、王宮上空からヘリで一部始終アズールネットに、リアルタイム配信してたそうだから、音声含めて、どこまで見られてたのか、そこも気になるところだな……」


 懐から携帯端末を取り出し、ログを確認するエルトン。

 アランも同じように端末を取り出して、苦笑いしている。


「音声は……、バタバタした音にかき消されて殆ど伝わってないみたいだが、書き込み数が……。王宮前にも大量に見物人がいたからな……。ここから出るのが怖いくらいだ。どうにかこっそり抜け出す手立てはないかな」


「それなら、魔女と合流したら、魔女に魔法でピューンと連れてって貰えば良いさ。僕の目の前に初めて現れたときも、彼女は魔法でパッと現れた。どういう原理なのか、体験してみたら面白いと思わないか」


「君は、幾つになっても好奇心旺盛だな、エルトン……」


 三人とも、力の抜けたような笑い方をしていた。

 実際、問題は山積みだ。

 王宮は完全に崩壊。生存者などいるのかどうか。

 化け物になった王のことを、対外的にどう発表するべきか、政府や議会は対応を迫られるだろう。そして、その場に、王立大学教授のエルトンとアランが招かれ、事態の説明と解決策の提示が求められるのは間違いない。



 *



 爆破された王宮が完全に鎮火するまで、マーラたちは王宮の敷地内にいた。

 城壁のそば、開けた庭の一角で、消防隊が消火作業にあたるのや、警察、軍が調査と生存者の捜索に向かうのを見ていた。

 日が落ち、空は徐々に色を失っていったが、王宮の跡地に向けて大量のライトが照らされているため、付近には十分すぎるほどの明るさがあった。

 彼女らの手元には、大学通り名物のホットサンドが握られている。アシュリーの同僚、モリスとハンソンが届けてくれたものだ。疲れ切った身体には丁度良いホットコーヒーも一緒に届けてくれたのはありがたい。遠慮なく、4人で頬張った。


「もう少し、量があっても良かったな」


 ホットサンドを一気に頬張ったミロは、もぐもぐとパンの切れ端を口からはみ出させながらぼやいた。


「まだまだありますから、もう一つどうぞ」


 モリスが紙袋から一切れ取り出すと、ミロは礼も言わずにまたむしゃむしゃと食い始めた。


「落ち着いて食べないと、むせちゃうわよ」


 保護者のようなマーラの言い振りに構うことなく、ミロは更にもう一枚とモリスにねだっている。

 

「下品だ。お前、本当に王家の血を引いているのか」


 サーラが横目で睨んでくる。

 その口元にもパンくずが付いている。


「そうらしいけど、別にそんなのどうでも良いだろ。俺は俺だし。……何だ、もしかして、俺の高貴な血と力が羨ましいとか? そういやぁ、森を焼いてまで俺を攫いに来たことがあったな。まぁ確かに、王国を乗っ取ろうとするならば、王族の俺を取り込み、王に据えた方が面白かったろうな、内政的には」


 ケケケッと挑発するように笑うミロ。

 サーラは隣でムスッとしながら、ホットサンドを一口頬張った。


「新王家の血も、ここで途絶えた。だったら、旧王家の正当な血を引くミロが王の座に、というのも、あり得るかしら」


 アシュリーが呟くと、


「あり得ないね」


 ミロが即座に返してくる。


「俺は、死んだことになっている。大昔の王族が、自分の身分を盾に王を宣言するのは滑稽だ。そういうのは、今の時代を生きている人間が、どうにかすべきことだろ」


「……なるほどね。私なら、そうするかなと思ったけど」


「変なことを言うなよ、アシュリー。いいか、王様ってのは、民の幸せを願い、豊かな暮らしを実現させるために奔走する人間じゃないと務まらない。もし、俺が仮に大昔からやって来た旧王家の王子だという理由だけで王に就いたらな、それは単なる自己満足、欲求を叶えるためでしかないんだ。誰も祝福しない。単に俺が俺の収まりたいところに収まっただけになっちまう。そんなクズに、願ってでもなりたいと思うか? そんなクズの支配する国で生きていきたいと思うか? 俺は思わないね。くだらん」


 目を丸くするアシュリーの隣で、ふふふとマーラが笑った。


「そういう子なのよ、ミロは」


「そういう子、ねぇ……。グルーディエ15世陛下よりも、王に相応しいように見えるのは気のせいだった?」


「まぁ、それは。血のなせる技なのかしらね」


「高貴であることには間違いない。その証拠に、俺はどんな状態になっても美しいからな」


 と、ミロ。

 隣でサーラがあきれた顔をしている。


「あの雄牛の化け物は、決して美しいとは言えなかったと思うな」


「てめぇに雄牛の美しさが分かるのか、えぇ? は虫類が」


「完全生物の竜の方が断然美しいに決まってる。だから僕は竜に化けるんだ」


 サーラもアシュリーも、落ち着いた表情をしている。

 マーラはそれがとても嬉しかった。

 あのあくどいダミルが、彼らを惑わせていたに違いない。

 人の心は不安定だ。だから、より強い力に引っ張られてしまう。それだけのことだ。


「朝は……、大変申し訳ないことを。完全なる誤認逮捕でした」


 話をせき止めるように、ハンソンが声を上げた。

 皆が一斉に視線を向けると、モリスとハンソンはビクッと肩をすくめて、顔を強ばらせた。


「あれはアシュリーが悪いのよ。あなたたちは職務を全うしただけのこと。気にしなくて良いのよ」


 マーラはニッコリと笑ってみせる。


「薬草はただの薬草でしたし、部屋中に置いてある気味の悪い荷物も、単なる民俗工芸品でした。血痕だけは本物でしたが……」


「あれはね、一人の魔女が、命をかけて一人の女の子を守っていた証。当時未成年だった彼女は殺人罪に問われる?」


 聞かれて、モリスとハンソンは唸った。


「どうでしょう。起訴すれば間違いないとは思いますが」


「この時代の法律がそうなら、従うしかないでしょうね」


「容疑者は逃亡中だけど」


 アシュリーが、会話を遮った。


「逃亡中の彼女がどうなったか、この混乱に乗じて色々弄れそうではある」


 不敵に笑うアシュリーを、モリスとハンソンは困惑した様子で見つめていた。

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