3 迎撃
闇の
アシュリーは闇の中、複雑な顔をして、黒い魔物に向かっていくサーラを見ていた。
「元々、サーラは何者だったの?」
アシュリーはすぐには答えなかった。
目を閉じ、大きく息を吐いてから、おもむろにマーラを見た。
「さぁ。私が拾ったときには、既に数え切れないくらい、死神星の欠片を食べた後だった。マーラはあの頃、もう既に使い魔の彼と暮らしていたわね。魔女の間でも噂になってたの、知らない? あのマーラが、小動物じゃ飽き足らず、人間の子どもを拾って子育てなんか始めたって。私、多分羨ましいと思ってしまったのよねぇ。それで、一人寂しく長い間生きてきたというサーラを、私の使い魔として迎え入れたのが最初」
こんな時なのに、アシュリーは誰かに話したかったのだろうか。
次から次へと言葉を紡ぐ。
「欠片を取り込めば取り込むほど、サーラはおかしくなっていった。力をつけて、押さえ込むことも難しくなっていった。どっちが使い魔なのか、だんだん分からなくなって、困り果てているところに声をかけてきたのがダミル。彼は私の居ない隙に色々とサーラに入れ知恵をした。時間を移動する禁断の魔法がある、それを使えば、色んな時代の“流星の子ども”に会える。そうしたら、また“流星の欠片”を手に入れることが出来るってね。サーラは自分のことはあまり喋らないから知らないけど、少なくとも暗黒時代には生きていたような話を聞いたわ。それって、今から500年以上前よね?」
「そうね。私がミロを託されたのが、確か、この時代から450年くらい前。旧王室時代の終わり頃だから、それより少し前に、サーラは生きていたのね」
「恐らく。……それから、時間を何度か移動しながらサーラと共に“流星の子どもたち”を探して回った。マーラの家にも奪いに行った。使い魔の子どもが“流星の子ども”だと知ったから。まぁ……、まんまと逃げられたけど」
小さく笑うアシュリーの横顔は、愁いに満ちていた。
「で、その可愛いサーラが死神を冠して“モルサーラ”と呼ばれるようになっても、ずっと一緒にいてきた訳ね。その関係、どこかでおかしいと思わなかったの?」
「そりゃあ、おかしいと思わないわけがない。どこかで止めさせてあげれば良かったのにね。ダミルが近づいてきてからはもう、全然私の思うようには動けなくなってたから。早いうちに殺してあげれば良かった。そうすれば、こんなことにはならなかった」
「自分の使い魔だったはずの少年を、“モルサーラ様”なんて呼んでいたぐらいだものね。でも、気が付いて良かった。もう十分苦しんだでしょ。そろそろ自由になったらどう?」
マーラが微笑むと、アシュリーは困ったような顔をして笑った。
「こんな逼迫した場面で、変なことを言うのね」
「逼迫してるから、少し、ほぐしてあげようと思って。――さぁて、本題」
マーラの声のトーンが少し下がった。
アシュリーも顔を引き締める。
「魔法と攻撃を上手くこなさないと、多分倒せないと思う。例えばあの触手。攻撃し、傷ついたところからどんどん生えてくる。再生する前に傷口を凍らせるか固めるかしないと、肥大化するばかりよ。今日の分の魔法は殆ど使い果たしてしまったけど、そんな弱音吐いてる場合じゃないから。アシュリーにも力を貸して欲しい。私はミロが攻撃したところの傷を塞ぐ。あなたはサーラが攻撃したところを塞いで。可能なら、本体を固めて、粉々に砕きたいけど、今の魔力では出来るかどうか」
「さっきの氷柱の欠片で反射させる方法は? もう無効?」
「あれは閉鎖的な空間だったのと、竜の攻撃範囲が分かったから出来たこと。あの触手は空まで届くし、何処に向かってくるか予想が付かない。無謀かも知れないけど、少しずつ触手を削って、最後には砕く、でどう?」
「どうもこうも、他に浮かばないなら仕方ないわよね」
「じゃ、そういう算段で」
マーラはそう言って向かって右へ、アシュリーは向かって左側へ。
既にミロとサーラが魔物に攻撃を加えていた。
二人が参戦したのを確認したからか、上空のヘリコプターは攻撃を止めてとどまっている。ミサイルを放つ度にやられたのでは仕方がない、と判断したのかも知れない。それはマーラたちにとって好都合だった。
サーチライトが時折魔物を照らした。その光の帯に、ミロや竜化したサーラが映り込む。
触手の根元にミロが魔法を帯びさせた剣を突き刺すと、一気に赤く熱した血が噴き出した。マーラがそれを素早く魔法で氷結させてゆく。千切れた触手が王宮の方から転げてくるのを避けながら、マーラは次々に魔法を撃った。
一方のサーラは、竜化した身体を生かし、鋭い爪を硬い鱗に引っかけ、大きく切り裂いていた。傷口を塞ぐ役目のアシュリーは、石化魔法で対抗した。傷という傷、触手という触手を石にしてしまうのだ。細かい触手は石化したそばからサーラがへし折った。一度石化してしまうと、そこから再生することが出来ないらしい。マーラたちよりも効率的に魔物を弱体化させてゆく。
しかし黒い魔物とて、大人しくやられてばかりではなかった。
その身体の中に秘めた“死神星の欠片”を取り込まんと、残った触手をミロとサーラに向かって次々伸ばした。
当然ながらミロとサーラは触手の攻撃を躱しつつ、なぎ払い、更に攻撃を続けなければならない。
攻防は続く。
そうしているうちに、少し魔物の様子が違ってきていることに、ミロは気が付いていた。
――黒い魔物の回復速度が極端に落ちてきている。
加えて、再生を無理に続けた箇所は、明らかに
突き刺した剣を抜いても、極端に血を吹き出すこともなくなり、まるで噴火を終えた溶岩が冷え固まりながら山肌を降りるように勢いを失っていったのだ。
「再生に力を使いすぎたんだ」
生命維持活動よりも再生に力が使われた結果、本体は急激に弱っていったらしい。
そのうちに、傷をつけても、そこから伸びる触手の長さが極端に短くなり、赤々と煮えたぎるようだった鱗の下も、消え尽きる直前の炭の色のようになっていた。
それに、サーラも気が付いていた。
ミロとサーラは同時に黒い魔物から距離をとる。
「マーラ! アシュリー! そろそろ……ッ」
ミロの声を合図に、アシュリーが石化魔法を最大値で発動させる。
黒い魔物は大きく開けた口から、最後の力をひねり出すようにして長い舌を伸ばしてきたが、石化され、宙に形をとどめたまま固まってしまった。
「最後の攻撃は……、魔法より物理攻撃の方が良さそうだけど」
マーラはそう言って空を見上げる。
魔法で暗くした空に、軍用ヘリがサーチライトを照らしながら止まっている。
「使えるかも知れない」
マーラは大声で、石化魔法を放ち終わったアシュリーに呼びかけた。
「アシュリー! あなた、ケイサツ? だったかしら。そういう組織にいたわよね」
「ええ、そうだけど。それが?」
アシュリーは疲れた顔で首を傾げている。
「ケイサツを通じて、どうにかあの乗り物から魔物を攻撃して貰えないか、お願いすることは出来そう? アレだけ弱れば多分、大丈夫」
「なるほど。使えるものは使う。悪くない考えね」
小さく笑って、アシュリーは懐にしまっていた携帯端末を手にした。
程なくして王都警察の上部機関に電話が繋がる。
「こちらアシュリー。大急ぎでお願いがあって電話しました。……あ、そうです。中継? あぁ、報道機関のも飛んでたんですね。大丈夫、避難します。もうだいぶ弱っているので。放っておくと自爆される可能性もあります、急いでお願いします。ええ、それで大丈夫です。粉々に」
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