2 計画よりも
エルトンとアランは絶句し、互いに顔を見合った。
「な、何を言ってるんだ。アレの何処が」
ルシアの顔と黒い化け物を交互に見ながら、エルトンは半笑いでそう言った。
が、ルシアの顔色は一切変わらない。それどころか、本当ですよと念を押すようにゆっくりと頷いている。
「あの王は“死神星の欠片”を大量に喰ったんだ。“流星の子ども”一人につき一つずつ身体の中に埋まっている、不思議な力を持つ石を」
エルトンたちの会話に、サーラが混じってきた。
突然現れたエルトンたちに興味があったのか、いつの間にか近くまで歩いてきていた。
「君は?」
訝しげに訊ねるエルトン。
「人は僕のことを“モルサーラ”と呼んでいたけれど、欠片を全部吐き出した今は、ただのサーラでいいよ」
「――“モルサーラ”?」
マーラが警戒するように伝えていた男だ。
一見、ただの若い男に見える。沢山の“流星の子どもたち”を集めて何か悪いことを企んでいるようだと聞いていたが。
悪いことをする人間に限って、より普通の人間っぽく振る舞うものだと、エルトンは知っていた。
「おっと。警戒しないで。王は単なる愚か者で、彼は自分の欲求を堪えることが出来なかった。計画通りならば、あんな化け物、出現するはずがなかったんだ。ちょっと予定外のことが起きた。事前に僕らの計画を察知した魔女のせいで、僕はうっかり身体にため込んでいた欠片を吐き出してしまった。本当ならば、単に魔法の存在を世界に知らしめ、このグルーディエ王国が今もなお魔法の力によって成り立っているのだと世界に示した上で、王に全世界を跪かせようとした。あんな化け物を見世物にして恐怖の王国にしようだなんて、これっぽっちも思ってなかった。要するに、アレは僕が招いたことじゃない。王の愚かさが招いた、ただの事故」
サーラは大げさに身振り手振りして、エルトンとアランに訴えかけた。
その演技がかった弁明には、何の感動も出来ぬ訳で、二人はシラッとしてサーラを睨んでいる。
「首謀者は国王付きの魔法使い、ダミルのヤツさ。今、丁度ネスコーの魔女をいたぶってる最中だと思うけど」
アハハと軽快に笑うサーラの前を、どこからともなく現れた黒い霧がスッと通り過ぎた。サーラの前、ルシアの前、そしてエルトンとアランの間をぐるぐる回り、それからアシュリーのところまでぐるっと回り、また舞い戻ってサーラの前に来ると、黒い霧は人の形になってサーラを殴り飛ばした。
「誰が誰をいたぶってるって?」
青年姿のミロが、サーラの胸ぐらを掴んでいる。
すぐそばにマーラの姿もある。
「マーラ、無事で良かった!」
ルシアは満面の笑みでマーラに抱きついた。
「ごめんなさい。心配かけたわね。もう大丈夫。ダミルは死んだわ」
マーラが抱き返し、髪の毛を優しく撫でてやると、ルシアは安心したように、大きく深く息をした。
「エルトン、よくここにたどり着いたわね。そちらはご友人かしら。わざわざこの危険な場所まで来てしまうなんて、物好きね」
「余計なことに首を突っ込みたくなるのは性分なんだ」
エルトンは両肩を軽く上げて、ニッコリして見せた。
「ミロ、サーラを殴るのはそれくらいにして。それより、アレをどうにかしないと」
マーラに言われて、ミロは握った拳をサッと後ろに隠した。殴られたサーラはヘラヘラとミロを見て笑っている。
まとまりのない集団だと思いながら、エルトンは再び王宮の化け物を見上げる。
また少し、大きくなっている。
深刻な顔で状況を確かめようとしている面々だが、ただ一人、サーラだけはこみ上げてくる笑いを堪えきれずに肩を震わせていた。
「あの愚かな王が化け物になったせいで、捉えていた“流星の子どもたち”や魔法使い、魔女たちとの契約が切れたんだ。地下に閉じ込めていた彼らを餌にして、また王はデカくなる。いつ爆発するかな。爆発したら、王都は吹っ飛ぶかな。どれくらいの人間が死ぬだろう。それこそ、僕らの計画よりもっと面白いことが起きている。これはある意味成功じゃないか」
アハアハハと、サーラはとうとう腹を抱えて笑い出した。
すると、王宮の方向から黒く長細いものが風を裂くような音を上げてサーラの方に向かってきたのだ。
「危ない!」
いち早く気が付いたのはアシュリーだった。
魔法でその黒い何かを弾き飛ばす。
その場にいた全員が凍り付いた。
べちゃっと音がして、弾き飛ばされたものが地面に落っこちた。ベシンベシンと脈打つ、一抱えほどの丸太のようなもの。
「触手……!」
それまで王宮にしがみ付いていた化け物が、ニカッと開いた口をこちら側に向けているのが見えた。
「サーラ、てめぇの笑い声のせいで気づかれた! アイツ、目は見えないが、音は聞こえてるらしい。攻撃、来るぞ……!」
ミロが叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待って。ぼ、僕らはどうしたら」
慌てるエルトンとアラン。
ミロは二人を後ろ手で庇うようにしてから、周囲へ次々に指令を出した。
「ルシア! 二人を安全な場所へ! マーラ! 悪いけど先に暗くしてくれ。早く! サーラ、魔力にまだ余裕があるな。さっさと行くぞ!」
ルシアは頷いて、エルトンとアランを庭園の更に奥へと案内する。
マーラは魔法陣を描き、呪文を唱え始めた。
そしてサーラは、
「チッ……! 偉そうに……!」
ギリリと奥歯を鳴らし、ミロを睨み付けた。
「どっちが先に生まれたのか、どっちが長く生きてるのか知らないけど、俺は別に偉そうにしてるつもりはないぜ。少なくとも、自分のことばっかりで誰がどうなろうがどうでもいいような生き方をしているお前よりは、偉いかも知れないくらいには思うけどな」
横目にサーラを見ながら、ミロは口角を上げた。
マーラの魔法が発動し、闇の帳が一気に落ちてくる。辺りが闇に包まれると、ミロの中に封印されていた闇の力が少しずつ湧き出して行くのが分かった。
“流星の子ども”が複数人居るこの状態にも慣れてきたところだった。
共鳴しあう力と力。
――引き寄せあうのは彼ら自身ではなく、その身体に眠る“死神星の欠片”なのだと、ミロにもなんとなく分かってきていた。だから複数人集まれば、その分だけ力が増幅していくのだ。
元々王だったあの化け物も、欠片を欲した。
欠片という欠片を取り込むために、手当たり次第“流星の子どもたち”を喰っていた。
欠片は何故引き寄せあうのだろう。
元々一つの彗星からこぼれ落ちたものだからか。
その一つ一つに、磁石のように引き寄せ合う物質が含まれているからなのか。
「止めてるウチに、打開策考えてくれよな、マーラ、アシュリー!」
もう、雄牛の悪魔にまで変身してしまうことはない。
頭に角、背中には
すぐ後ろに、小ぶりな竜。黒い鱗のそれは、サーラの闇の中での姿。
暗闇に、赤黒く不気味に光る、巨大なシルエットが浮かび上がっていた。黒いトゲのような鱗の下に赤く燃えたぎる血を隠した黒い魔物は、大きく開いた口から鋭い牙を覗かせて二人を迎え撃った。
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