5 壊されてゆく
リング状の拘束魔法をかけられ、マーラは身動きが取れずにいた。腕ごと胸を、そして腰、足と三カ所がぐるぐる巻きにされ、起立の姿勢のまま動きを封じられてしまったのだ。
術者はダミル。攻撃魔法は得意ではないが、拷問的な魔法に長けている。相手を意のままに操ったり、秘密を喋らせたりと、マーラとは正反対の位置にある魔法使いだ。
マーラとダミルは古くからの知り合いだった。様々な時代、様々な場面で何度か出会い、意見を交わしたが、全く相容れなかった。
その二人の視線は共に、壊された執務室の外側にあった。
マーラたちに背を向けた黒く巨大な化け物。――変貌した王、グルーディエ15世。
足元ギリギリに床を抉られ、断崖絶壁の上で張り付けにされたような格好で立つマーラは、皮肉にもダミルの結界によって守られている。
「とうとうあのような姿に。あの王はもう、お終いだ」
他人事のように言い放つダミルは、マーラの横で王を蔑むような目をしている。
「何を今更。本当はいつかこうなってしまうことを、あなたは知っていたのでしょう、ダミル」
締め上げられながらも、マーラはダミルを睨み付けていた。
「さぁ、どうだか」
ダミルは腕を組んで、小さく息をつく。
「自分が一番得をするように動くのがあなたの信条だったはず。出来ればもっと大舞台でやらかしてやりたかったんでしょう。建国祭が近いと聞いたわ。世界中から偉い人を沢山集めて、そこで騒ぎを起こした方が、もっともっと印象的だったし、もっと楽しめたでしょうに、王様は我慢が出来なかった。元々彼は、王たる器ではなかったのかも知れないわね。力に固執しすぎて、とうとう頭がおかしくなった。そのきっかけを与えておいて、知らぬ存ぜぬはないと思うけど」
「普段、政治に興味を持たぬお前が余計なことを口走るでない」
「確かに、この国がどうなろうと、知ったことではないわ。ただね、私たち魔女の静かな時間を強引に奪い取っている、それが気に食わない。この時代のこの場所に、ありとあらゆるところから魔女と、“流星の子どもたち”を集めていたのね。くだらない野望のために」
「くだらないかどうか、決めるのはお前ではない」
「まぁ、どちらにせよ、あなたはもう終わりよ。この国と共に滅びなければならない運命だわ。国の主権はとうに民衆に渡されると聞いているわ。王室も解体ね。あんな王様じゃ、民も報われない」
魔物が雄叫びを上げる。
地鳴りのように四方に響き渡る轟音は、魔女や魔法使いたちが幾重にも張り巡らせていた結界をどんどん砕いた。一枚、また一枚、ガラスが割れていくように剥がれ落ち、とうとう、破壊された王宮と、暴れ回る黒く巨大な化け物の姿を世間に晒している。
王宮の周りには既に大量のヘリコプターやドローンが飛び回っていた。
危険を顧みずに、城壁のすぐそばまでカメラを持った報道陣が押し寄せている。
「もう、誰にも隠しておけなくなったわね」
マーラの言葉に、ダミルは少し動揺しているようにも見えた。
*
「あっちが警察、あっちのが軍、それから……、報道局や新聞社のもある」
空を仰ぎ見ながらアシュリーが一つ一つ、ヘリコプターを指さした。
結界が破られ、王宮の惨状が露呈すると、一斉に様々な機関が動き出したようだ。
「え、これ、大丈夫なの……?」
不安に駆られたルシアに、アシュリーが答える。
「大丈夫じゃないと思うわ。ただ、そんなことを気にしている場合じゃない。あの化け物、どんどん王宮の建物を壊して――、地下に潜るつもりかも」
「地下?」
「彼、死神星の欠片を求めてたじゃない。地下に、研究用のサンプルがあるのよね。それに、機械で拘束している“流星の子どもたち”の格納庫も」
「――オエッ、冗談だろ。なんだ拘束って」
とんでもない言葉を聞いたと、ミロが苦い顔をした。
「眠らせて機械に押し込めてる。その時が来たら解放して魔力を調達する算段だったみたいだけど、陛下とダミルの計画は完全に頓挫したって訳。この分だと、建国祭なんて無理みたいだし、早いとこ逃げた方が得策かも」
「やっぱりクズだな、アシュリー。あそこから助け出してくれたことには感謝するが、俺は全然味方だなんて思ってないからな」
「ちょ、ちょっと待って。今の話、建国祭で何か騒ぎを起こそうとしてたってこと?」
アシュリーの真ん前に歩み出て、ルシアが大声を出した。
「そうみたいよ。陛下の記念講演中にド派手にやらかすつもりだったと聞いてる。陛下はモルサーラ様の絶大な力に心酔して、この世界を再び魔法と闇の生き物の闊歩する世界にしたいと考えていたようね。私にはそれを否定することも肯定することも出来なかったけど」
モルサーラ、と聞いて、ルシアは彼の方を振り返った。
無表情で変わり果てた王を見上げる彼は、何の責任感も感じていないのだろう。
ルシアは無性に腹が立った。
「モルサーラ、王様に何を吹き込んだの」
モルサーラはゆっくりと視線をルシアに向けた。
「サーラ、でいい。“モル”とは“死神”のこと。欠片を全部吐き出して、もうそんな力はない」
「じゃあ、サーラ。もう一度聞く。王様に、グルーディエ15世陛下に何を吹き込んだの。尋常じゃなかった。誰の話も聞かなかった。あんな化け物に姿を変えてまで、王様は何がしたいの」
「情熱的だな、ルシア。君がもう少し丈の合った服を着ていて、きれいにお化粧していたら、ゆっくり話がしたいところだけど」
「話をそらさないで、サーラ! 孤独な王様に、一体何を吹き込んだの」
サーラは何も答えない。
「ルシア、こんなヤツに言うだけ無駄だ。俺はマーラを助けてくる。あんまり力は残ってないけどな」
ミロはそう言って身体を黒い霧に変えた。
ルシアが振り向いたときにはもう、ミロはいなかった。
「相変わらず妙な関係を続けているのね、あの二人」
宮殿の方へと向かってゆく黒い霧に目をやりながら、アシュリーが呟いた。
「アシュリーは昔からマーラを知っているの?」
とルシア。
「ええ。私が幼かった頃からね。あの二人はずっと、魔女と使い魔の関係じゃないのかも。親子のような、恋人同士のような。互いに守ろうとするなんて、おかしいでしょう」
「おかしい……?」
確かに、大通りでルシアたちを襲ったラマとサエウムの関係は、命ずる者と命ぜられる者という感じに見えた。
マーラとミロは、決してそういう風には見えなかった。互いに互いの存在を尊重しているような、二人の心がぴったりと寄り添っているような。
「虫唾が走る。所詮僕らは呪われた“流星の子ども”。呪われているなら呪われているなりの生き方をすれば良いのに、人間並みの幸せを望むなんて」
サーラが呟く。
なるほど、そういうことかとルシアは思った。
サーラだって本当は、自分の境遇に納得なんてしていない。同じように偶々あの赤い流れ星の降る夜に生まれ、偶々強大な力を手に入れた。そのせいで苦しいこと、辛いことが多くあったに違いない。様々な恨み辛みが重なっていく中で、サーラがより強大な力を求めたのは、孤独だったからに違いない。
“流星の子ども”から奪った死神星の欠片を一つずつ取り込みながら、サーラは何を考えていたのか、ルシアに知る術はないが、想像は出来る。
だからこそ、最後の王族として孤独を極めていた王と意気投合したのだろう。
「幸せを望んじゃいけない生き物は存在しないよ、サーラ」
ルシアがさらりと口にした言葉に、サーラは僅かに反応した。
「呪われているなりにも静かに生きている姿を、マーラとミロは教えてくれる。私は、二人が心底羨ましいし、ああいう風に生きて行けたら良いなと思う。こんな最悪な状態だけど、希望を捨てたらお終いでしょ。絶望したところで何も生み出さないし、自分の境遇を恨んだところで前には進めない。起きたことは元に戻らないから、それを踏まえて歩き出すしかないじゃない。一緒に、王様を止めよう。こんな悲しいこと、これ以上続けさせるなんて可哀想」
孤独を極めた王は、宮殿を更に破壊していった。外壁が壊され、砕けた窓ガラスがあちこちに散乱した。何百年も前の美しい調度品すら、あちこちに放られたり、粉々になったりした。
黒い魔物の長く伸ばした手が地下に刺さると、また大きく地面が動いた。
沢山の喚き声や轟音が響き渡る。
それは、王宮の建物から少しだけ離れた庭の隅っこで事態を見守るルシアたちにもハッキリと聞こえていた。
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