4 憶測

 空気が震えるほど巨大な音と、突き上げるような震動が王都中に響き渡った。

 天気は良好、アズールネットニュースの地震速報も、雷警報もない。

 何かが起こった。しかし、それが何なのか、王都民は知る由もなかった。

 アズールネットがこの異変にざわつき始めた頃、エルトンはアランとともに自家用車に乗り込み、王宮へと向かっていた。運転席からは、街中の人々が動きを止め、揺れの原因や音の出所を探している様子が見て取れた。

 助手席のアランは、タブレットでニュースや書き込みを確認しつつ、マグヌ・ルベ・モル彗星や王室の歴史について調べていた。アランが知るのはあくまで天体としての彗星のことだけだったが、エルトンの専門、伝承部分と重ねると興味深いところが多々あるのは間違いない。


「“グルーディエ王国はマグヌ・ルベの加護によって興った国”というのは、なかなか面白い言い方だなと思っていたが、情報を付き合わせていくとなるほど、納得できるな」


 アランはタブレットとエルトンの顔を交互に見ながら呟いた。

 エルトンはうんうんと頷いて、話を繋ぐ。


「僕も、一般的な言い方ではないが、王国の歴史書冒頭には大抵出てくる定型文のようなものだと思っていた。けれど、言い伝えられているからにはそれなりの根拠というものがあるわけだ。“マグヌ・ルベ”とは古代アズール語で“巨大な赤”を意味する。昔々、彗星は単に巨大な赤い流れ星という位置づけでしかなかった。そこに“死神”を意味する“モル”が加えられた。この境目がまだ分からないが、あの魔女、マーラが口にした“モルサーラ”という男と何らかの関係があるのかも知れない。彼の名前にも“モル”、つまり“死神”の名前が入っていた」


「“モルサーラ”?」


「どうも、ルシアを狙っている正体不明の男らしい。魔女が警戒するくらいだ、危険人物であることは間違いない。そして彼自身も、ルシアと同じ、死神星の流れる夜に生まれた“流星の子ども”だという。単純に考えて、彗星が一つ流れたくらいでと思ってしまうが、実際未知の力が観測されているんじゃ、信じないわけにはいかないな。それに、どうもこの時代に生まれたわけではないような言い方だった。とすれば、少なくとも220年以上前の人間ということになるが、果たしてそんなことがあり得るのかどうか。マーラ自身、過去からやって来たのだと言うし、どうも常識では考えつかないようなことが起きているのは確かだな」


 へぇと、アランは大きく眉を動かして、わざとらしくため息をついた。


「彗星によってもたらされた力が、魔力に似ているというのも面白い点ではある。“王都は魔法で守られている”、つまりこの魔法に当たるのが、彗星によってもたらされた力ではないかって、君は考えている訳か」


「そう。未だ魔法がどうのなんて公言している国家は他にないからね」


 エルトンが話を繋ぐ。


「“魔法”や“魔女”は実在していたと思われる。そういう資料も沢山読んだ。そして“流星の子ども”も、いつの時代からか分からないが、そう呼ばれる子どもが多数存在していたのは間違いないようだ。ただ、世界中に似たような伝承はあるが、はっきりとその存在を示し、危険を知らせていたのは、少し前に訪れたベルーン村の石碑くらいだった。マーラの話が本当だとするなら、もっと多くの資料が残されていてもいい。見つからないのは、何か都合の悪いことがあって、当時の人々が書物に残さぬようにした場合。もしくは、書物が焼かれた場合。石碑も、ベルーン村のは個人宅の裏庭にあったから消失を免れただけで、片っ端から砕かれてしまったということも考えられる。都合の悪い歴史は消してしまいたいのが人類の常だからね」


「まぁ、そうだろうな。いつの時代も、統治者が都合の良いように歴史を変えていく。今みたいに情報化社会じゃなかった時代なら、尚更。――そういえばエルトン、君はアズールネットの世論調査結果、見たか?」


「ああ。ザックリだが」


「王に対し、全体の約6割、王国民の3割が親しみを感じていない。最後の王族であるはずの国王について、国民は何一つ知らないんだから、当然の結果だが」


「旧時代的な王政は、他国同様終わりを迎えつつあるのかも知れないな。今まさに、時代の転換期に来ているのかも」


 車は大通りを抜け、王宮のある王都の東側へと入った。

 大学の前よりも更に通行人の数が増し、その視線は一様に王宮へと向いている。

 何かが壊れるような音が車窓越しにも伝わってくる。叫び声のようなものも混じって聞こえる。


「そういえば」


 顔を上げて王宮の方を見つめながら、アランが切り出した。


「二人きりだから言うが、王宮の衛兵をしているいとこから、きな臭い話を聞いた。王は、建国記念式典に特別な思いを寄せているらしい。式典や建国祭には全世界から要人が集まってくる。王は式典を機に、各国に“王国の力”を示そうとしている、と」


「“王国の力”? 式典で示すべきは、王国の歴史と文化ではないのか」


「どうやらそうではないらしい。軍部や警察とどう話をつけているのか、対外的には明らかにはされていないからな。ただ、もしそれが軍事力なのだとしても、我が国よりもっと強力な武器を持っている国だって多数存在する。軍隊の規模も中程度、わざわざ示す程ではない。パレードは行うんだろうが、そこで軍事パレードを突っ込まれたんじゃ、せっかくのお祝いムードが台無しだろうし。何をもって王国の力とするのか。経済力、ということはあり得ないだろう。一連の建国行事にこれ以上金を出せば、予算が文化財保護に回らなくなるからと、議会で却下されたはずだし。王宮の予算は別枠なのだとしても、限度があるだろうからな」


「……もしそれが、“マグヌ・ルベの加護の力”だとしたらどうだ」


「つまり?」


「王宮には昔魔法使いや魔女たちが入り浸っていた。占いや呪術で王に助言をしていたらしい。政治経済、科学や医学の発展とともにその役目を終えていったはずだが、もし仮に、その体制が今もとられているとしたら。国王がモルサーラや、実在するかどうか不明だが、魔法使いや魔女たちの助言の元に動いているとしたら、どうだろうか。いにしえからの不思議な力、マグヌ・ルベの加護、魔法……のようなものを“王国の力”と呼んでいて、それを内外に知らしめる手段として式典を利用しようとしていたら」


「エルトン……、君はとんでもないことを考える。それ、車外で喋ったら首が飛ぶぞ」


「君と二人だから、そういう話をしている。半分冗談にしても、そう考えれば、ルシアが連れて行かれたことにも納得できるんだ。彼女にはまだ潜在的な力が眠っていて、それを目覚めさせようとしているのが“モルサーラ”という男らしいからな。一体、何を企んでいるんだか」


 ハンドルを右に切ると、王宮が正面に見えてきた。

 ふと、エルトンの視界に亀裂のようなものが走る。


「ん?」


 ブレーキを軽く踏み、今のは何だったかと考えた、次の瞬間に、目の前で巨大なガラスが割れた。

 慌ててハンドルを切り、ブレーキを踏み込む。車はスピンして前方を走っていた別の車に追突した。激しい衝撃に車内でつんのめるが、ベルトで保護され、どうにか軽傷で済んだ。

 エルトンとアランはそれぞれ車外に飛び出して、大丈夫かと声を掛け合う。

 見ると、あちこちで車同士が接触、同じように車外に出て上空を指さしている。


「おい、あれ、見ろ!」


 アランに急かされ、エルトンも視線を上に動かした。



 空が、割れている。



 エルトンは咄嗟にそう思った。

 平穏な王宮の景色は、それがまるで虚構だったかのようにヒビ割れ、その向こう側に、壊された王宮が見えていた。

 王宮は巨大なガラスに映し出された一枚絵だったのかも知れない。

 内部で何かが起きていた。

 妙な地震、雷鳴のような音、それらは王宮で恐ろしいことが起きていた証。

 メッキが剥がされ、王宮の真の姿が現れたと解するべきか。



 破壊された王宮のバルコニー、その上に、もぞもぞと動く、巨大な黒い何かがある。

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