3 成れの果て
ルシアが目を覚ましたのは、城内の芝生の上だった。
白く大きな建物が視界に入る。王宮だ。グルーディエ国民なら誰もが知っている、王のおわす場所。
建物の端っこ、王がいつも国民に向けて手を振るバルコニーのある南側の最上階から噴煙が上がっているのが見える。何かが壊される大きな音が響き渡り、その付近からただならぬ異様な気配が感じられた。
辺りを見回すと、スーツ姿の魔女アシュリーと、ボロボロになったパーカーを羽織った青年姿のミロが一緒に立って、王宮を見上げていた。
そしてルシアのそばにはもう一人。未だ気を失ったままのモルサーラの姿がある。彼もまた、青年の姿をしていた。
ルシア自身も、大人びた姿は元に戻らなかったようだが、人間の姿を保っている。
「目が覚めたか」
ミロが気づいて声をかけた。
「ここは……?」
寝ぼけ眼のルシアは、ゆっくりと立ち上がりながらミロに訊ねる。
「執務室から脱出した。マーラはまだあの中だ。助けに行かないと」
「ど、どういうこと?」
「あの狂った王様が、死神星の欠片を大量に食いやがった。アレはもうダメだ。恐らく、人間には戻れない」
王国民として慕っていた王が、まさかこんなことに。
様子は確かにおかしかった。モルサーラに操られていると言うよりは、確固たる信念を持ってその立場に身を置いているような、自分のやっていることの意味を分かっていてそうしているような。
救う手立てはなかったのか。
ルシアは自分の胸がぎゅっと潰されるような感覚に襲われた。
「同情はするなよ、ルシア。世の中には、救えないものもある。それに、どのみちアレは王の器じゃなかった。権力の亡者だ。すべてを破壊し尽くしても、破壊できるものを見つけ次第全部見つけてぶっ壊してしまう、巨大な魔物だ」
冷淡なミロの言葉が、ますます心に突き刺さる。
自らも、王を『可哀想な、ただの子ども』と揶揄してしまった。孤独なのは自分も一緒だったのに、導く者が違っただけで、こうも運命は変わってしまうのか。
胸を両手で抱えるようにして、ルシアは巨大化した魔物を見上げた。
黒いトカゲのような、竜のような。いや、竜はあれほどおぞましい姿はしていない。ゴツゴツとした鱗状の表皮には、無数のトゲがある。まるで誰一人寄せ付けぬような暗闇を体現したかのよう。
その、巨大な腕がブンと振り回され、王宮の外壁が大きな塊になってドサドサと地面に突き刺さった。土埃と細かく砕かれた瓦礫が宙を舞い、地面が揺れる。王宮に沿って植えられた木々が無残にも瓦礫の下敷きとなり、次々に折れてゆく。
ルシアたちは咄嗟に背を向けて土埃を回避したが、仰向けに倒れていたモルサーラには容赦なく被さった。
「――ゴホッ、ゴホッ」
細かい埃にむせて、ようやくモルサーラが目を覚ました。
跳ね起きたモルサーラは、呼吸を整え、埃を落として立ち上がり、慌てて周囲を見回した。
「あれ? 戻ってる。何で?」
気を失う直前、モルサーラは悪竜の姿をしていたはずだった。
「アシュリーが変身術を解除したんだよ。欠片も大量に吐き出したし、魔力もそんなに残ってないだろ?」
目も合わさずにミロが言う。
「欠片? まさか」
モルサーラは慌てて自分の身体をあちこち触り始めた。そうして、顔を青くした。
「ほ、本当だ。腹の中にため込んでいた欠片がなくなってる。嘘だ」
「嘘じゃない。恐らくは解除魔法が作用して、急速に身体が縮まったときに何かあったんだろう。……お前、どれだけ
モルサーラの顔色が変わる。
「“流星の子ども”一人につき、欠片は一つ。生きているウチに取り出すのは難しいだろうな。実際、身体の中に欠片を持っていても、魔力が弱ければ使い物にはならなかっただろう。そういうヤツから取り出したのか。その辺の事情に関しては、“流星の子ども”の一人として、アシュリーにも問いただしたいところだけど、今はそれどころじゃない。お前の吐き出した欠片を、王が貪り食った。アレを見ろ」
ミロが指さす方向、王宮からはみ出すようにして、巨大な黒い魔物が見える。
雄叫びを上げ、白亜の王宮を破壊しまくっている。
「死神星の欠片を一度に大量に摂取した結果がアレだ。お前が理性を保っていられたのは、徐々にその量を増やしていったからだろう。それに、生まれてすぐに取り込んだ欠片のお陰もあって、ある程度耐性があった。だけどあの王は違う。普通の人間があんな風に変わってしまった。正直、どうして良いか分からない。お前には、どうすべきか分かるか、モルサーラ」
怒りを必死に押し込めながら、ミロはモルサーラにそう訊ねた。
モルサーラはルシアとアシュリーの顔色を伺い、それからゆっくりとミロに視線をやった。
「彼はもう、ダメだ」
モルサーラは項垂れた。
「あの欠片一つ一つに、凄まじい量の魔力が込められている。それを一度に大量に摂ったから、身体が膨れ上がったんだ。変身術解除の魔法なんて、今の王には効かないだろう。あのままにして置いても、彼の身体は更にどんどん膨れていく。そして、……いずれ、自爆する」
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