3 美しい悪魔
「いかにも僕は呪われし“流星の子ども”の一人モルサーラ。気軽にサーラと呼んでおくれよ。ああそうか、さっきから感じていた妙な気配の正体は、あのときの。余計なことをしてくれたね。お陰で今も大変手こずっている。魔法使いたちの力を借りて覚醒させるなんて、久しぶりだよ。大抵は僕の側に近づいただけで覚醒しだすのに」
青年は漆黒の衣装に身を包み、目を細めてマーラたちを見下した。
その瞳の生気のなさに、マーラはゾッとして肩を震わせる。
背後に構える魔法使いたちは、そんなマーラたちに興味すら見せず、ひたすらにルシアめがけて魔法を放ち続けていた。手元に輝く魔法陣には、≪“流星の子ども”の力を全解放し、真の姿を晒せ≫と命令文が書き込まれている。
えげつない、とマーラは思った。
本人の意思に反して強制的にやって良いことじゃない。人権などという言葉は知らないが、少なくとも本人の意思は尊重されるべきだと信じ、マーラはミロをこれまでずっと守ってきたのだ。
魔法と道具は使いよう。
ナイフが人を傷つける道具にも料理を作る道具にもなるように、魔法だって使い方を間違えば大変なことになるのだと、そんなこと、子どもだって知っているだろうに。
「魔法を何重もかけて、王宮から気配が漏れ出さないようにしていたってわけね。王宮を攻撃から守っていたわけじゃない、王宮に集まる魔の気配を国民に知らしめないように。……グルーディエ王国がこうなったのは、いつからかしら? 旧王家の時代にはこんなことはなかったように記憶しているけれど」
旧王家の話をマーラが出すと、黒い悪魔と化したミロがピクッと身体を揺らした。
マーラは落ち着いてと、毛深くなったミロの背中に手を伸ばし、そっと撫でた。
「王家は昔から魔法に頼ってきた。旧王家時代も新王家になっても、それは変わらないと思うよ。僕も王家とは何度も接触していたし、彼らも僕を頼ってきた。絶大な力を持ちたいと思う者に力を貸す。それが、力を与えられた者のさだめに違いないと、僕は確信する。このグルーディエ王国は少なくとも、
モルサーラだけではない、ラマやアシュリー、もしかしたら他の魔女や魔法使いたちも。時間の流れを行き来する禁忌の魔法に手を出して、この時代に集合してしまったということなのだろう。
「力は力を呼ぶ。僕ら“流星の子どもたち”は、互いの力に影響し合う。それは恐らく、同じ“死神星”の力が根底にあるから。ここまで来てルシアを止めることは出来ないだろうし、すっかり化け物の姿になってしまった君の連れ合いを人間の姿に戻すのも容易じゃないと思うよ」
口角を上げるモルサーラの目は決して笑ってはいなかった。その視線は冷たい氷の刃となってマーラの胸を射貫き、彼女を動かなくした。
――黒い悪魔は目を一層光らせ、モルサーラめがけて突っ込んだ。しかし、見えない力に阻まれ、近づくことを許されない。雄叫びを上げ頭を丸めて突進するも、驚くほどに頑丈なシールド魔法に歯がたたないのだ。
「ハハハッ! 全く哀れだね。どんなに必死になったって、僕には敵いっこない。そんな、どこかに自我を残した死ぬ覚悟も悪魔として生きる覚悟も出来てないような状況なら尚更だ」
チッと黒い悪魔のミロは舌打ちして、マーラの側まで戻った。
『見抜かれてる』
声が降りてきて、マーラはハッとして黒い悪魔を見上げた。
『やっぱり、完全な悪魔にならなきゃヤツには勝てない。けど、そうなればもう、マーラのことさえ分からなくなってしまう。それは、それだけは』
金色の目が揺らいでいた。
その揺らぎが、マーラの胸を締め付けた。
自我をなくすなど、ミロにはやはり出来なかったのだ。彼は優しい。優しいからこそ、躊躇した。
「悪いけど、君らの相手をしている場合じゃないな。これから王にお披露目しなきゃならない。新しく加わった“流星の子ども”を。この国を守る新たなる戦力として、忠実なる王のしもべとして」
モルサーラは大げさに両手を広げ、宙に浮かぶルシアの真ん前に立った。
ルシアを包んでいた光が徐々に消えていく。そして、魔法使いたちがそそくさと階下に降りていく。
「仕上げだ」
言ってモルサーラはクルッと振り返り、手のひら上に向けてルシアにフッと息を吹きかけた。
モルサーラの手のひらから黒い小さな結晶が舞った。
それは雪の粒のようだった。
小さな黒い結晶がハラハラと舞い、ルシアの身体の中に染みこんでいく。
すると、彼女のボロボロになった服が少しずつ溶け、代わりにまるで夜の闇のような黒い服が彼女を包み始めた。
もう、ルシアはルシアではなかった。
美しい、悪魔の女だった。
黒い翼がバサバサと動き出し、悪魔になったルシアは体勢を直してゆっくりと床に降り立った。
スリットの入った丈の長いドレスの裾から、黒い毛に覆われた長い鳥足が見える。大きく開いた胸元からは谷間がクッキリと見え、細長い目には世の男性を魅了するだけの力があった。長く伸びた茶髪も、妖艶さを倍増させていた。
「美しい」
うっとりするような声を出して、モルサーラはため息を吐いた。
「ほぉら、比べてみたまえ。目の前に居る雄牛の化け物と、この美しい彼女。同じ“死神星”の力がもたらした結果とは到底思えない。素晴らしい! これまでに覚醒したどの“子ども”より優れた力を感じる」
――と、廊下の向こうから、新たな足音が聞こえてくる。
平たい靴をペタペタさせながら近づいてきたのは、ひとりの魔法使いだ。
「おお、ダミル。遅かったな」
ルシアの腰に手を回し、モルサーラはわざとらしく魔法使いに手を振った。
ダミルは足を速め、慌てたように駆け寄ってくる。
「モルサーラ様。もしやそれが」
徐々に近づいてくる魔法使いの顔が、次第にはっきりとしてくる。
白髪交じりのその魔法使いに、マーラは見覚えがあった。
マーラは黒い悪魔からそっと手を放し、スッとモルサーラとダミルの間に立った。
「お久しぶりね、ダミル」
突如視界を塞ぐように現れた魔女に、ダミルは一瞬たじろいだ。
「お、お前はネスコーの魔女」
「マーラよ。覚えてるでしょう。いつの時代以来かしら。あなたもこんな所に紛れていたのね」
「ぐぬ……っ!」
「アシュリーだけじゃ時間移動は難しいと思っていたの。なるほど、あなたが先にこの時代に来て手を引いていた。辛抱強いあなただもの、この時代に来てから随分経つのでしょう。それとも、バカ正直に気の遠くなるような長い時間を王宮で過ごしてきたのかしら。どちらにしても、あなたがモルサーラをこの時代に招き入れた黒幕のひとりということで間違いはなさそうね」
分かりやすく慌てるダミル。
「さてはお前たちだな。さっき結界を破ったのは。珍しく美少年ではなく魔物を連れているところを見ると、我々の邪魔をしに来たと解釈するが」
「ええ勿論。当然邪魔するわよ。“流星の子どもたち”を呪いから解放する選択肢すら与えず、ただ道具として使うような輩を許せるわけがない。こんな恐ろしい人たちを王宮で自由にさせておくだなんて、……この時代の王様は、狂ってるの?」
マーラが言い放つと、後ろでケタケタとモルサーラが腹を抱えて笑い出した。
振り向き、睨み付けるマーラに、モルサーラは白い歯を見せた。
「本気でそんなこと言ってるの? 面白いなぁ。着てる服から考え方まで古いまんま。ダミルの昔を知ってるってことは、少なくとも王宮にいる魔法使いたちよりは古い時代から来たらしい」
「古い時代の人間で悪かったわね。あなただって、相当昔から生きているでしょうに」
マーラの記憶では、ミロが“死神星”の力を授かった時点で、モルサーラは既に存在していた。
かつては遠い地の脅威でしかなかったのに、ネスコーの森の奥深くで暮らす二人の噂がどうにかしてモルサーラに知れたのは、この時代から遡ること200年ほど昔の話。呪いの力を封じ、ひとりの少年として過ごすミロをさらいに来たのを、マーラは鮮明に覚えていた。
自在に姿を変え、誰ひとり本当の姿を知らない。
彼がいつから存在し、どれくらいの力を持っているのかも。
「アハハ。本当に面白いな。ネスコーの魔女マーラ、だっけ? そしてその使い魔ミロ。覚えておくよ。さぁて、無事覚醒も済んだことだし、行こうか、ルシア。国王陛下が待ってる」
言うやいなや、モルサーラはルシア共々黒い風になり、ひゅんと音を出して消え去ってしまった。
マーラもミロも動けなかった。
あまりにも強い力を感じ、圧倒されてしまったのだ……。
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