4 魔の巣窟

 この時代へやって来たばかりの頃、敵の気配を感じず焦るミロに、『昼間はなりを潜めている』とマーラは言った。しかし実際は夜になってもはっきりとした気配は感じられず、真ん前に敵が現れてやっとその存在を認識出来た。自分の感覚が鈍ったのか、直ぐ側に居たルシアの気配に惑わされてしまったのか疑問だったが、今ならばはっきりと分かる。

 彼らは強大な魔法により、その力が外部に漏れないよう管理されていたのだ。

 その昔、森に住み、街中に潜み、影のように暮らしていた魔女や魔法使いたち。彼らがどこへ消えたのか疑問ではあったが、これではっきりした。

 王宮だ。

 そこで何かが起こっている。

 どの時代においても、国の中心は王宮にあり、様々な事件を引き起こしてきた。権力闘争、私怨による虐殺、政治と戦争。一般市民の目の届かないところで、次々に事件が巻き起こり、人知れず強引に解決されていった歴史がある。

 ミロ自身、赤子の時分に居場所を失い、森へ住むマーラへと預けられた。同じように、同じ日に生まれた複数の“流星の子どもたち”は、それぞれが魔女や魔法使いに飼われ、虐げられ、人間ではなくなってしまった。

 しかもこの時代には、よりによってモルサーラがいるらしい。

 それに、ラマやアシュリーのような魔女たちが幅を利かせている。

 人間であったことを忘れてしまった哀れな“子どもたち”が、どういう扱いを受けているのか想像するだけで胸がモヤモヤした。


 長細い王宮の北側から特に強い気配を感じる。

 城壁の真上まで来ると、ふいに見えない壁に突き当たった。部外者を寄せ付けず、閉じ込めた“子どもたち”の力を外部に漏れないように施されている魔法のようだ。

 霧のまま宙に魔法陣を描き、発動させる。≪結界よ消え去れ≫と簡単な文言。魔法の発動と同時にガラスが砕け落ちるように散った結界の隙間から、二人は更に霧のままで王宮へと向かっていった。



 *



 王との接見を終え、広い廊下を歩いていたダミルは、遠くで何かが割れるような音と異様な気配に気付き、ハッと足を止めた。


「結界が、破られた……?」


 沢山の魔法使いたちが魔力を注いだ強固な結界が、何者かの手によって一瞬で砕かれた。

 それは恐らく、くだんの魔女。捕らえた“流星の子ども”を奪い返しに来たに違いない。


「急がねばなるまいな」


 ダミルはそう呟いて歩調を速めた。



 *



 窓の僅かな隙間から黒い霧は王宮内部へと進入した。久方ぶりに実体化したマーラとミロは、互いに背中合わせになって周囲を警戒する。

 魔法で周囲を闇にしているわけでもないのに、やはりミロは青年姿。羽や角こそ押さえ込んでいるが、明らかに昼間あるべき出で立ちではなかった。


「魔法の力が随所に感じられる。私たちの知る王宮とは何かが違うわね」


 どの時代でも凜として王都にその力を知らしめていた美しい城が、まるで魔王城のようなおどろおどろしさを孕んでいる。本当にここが王のおわす城なのだろうか。

 ミロは左手で胸を押さえ、苦しそうに肩で息をしていた。額からは滝のように汗を流し、青ざめた顔でじっと何かを見つめている。


「マーラ、こっち」


 侵入した部屋の扉をそっと開けると、ミロは自分の右方向を指で示した。

 マーラはこくりと頷き、ミロと共に慎重に廊下を進んだ。

 長い長い廊下の先は、心なしか真っ暗に見えた。

 遠い遠い昔、旧王家の血を引いているのだとマーラに聞かされてから、ミロは幾度となく夜の王宮へ忍び込んだ。同じように黒い霧に姿を変えて城中を巡った。幸せそうに眠る王族たちの姿を見下ろしては、生まれた日が一日でもズレていたら、もしかしたら自分もと想像を膨らませ、時にうらやみ、時に涙した。

 森の奥、マーラとの暮らしが決していやだったわけではない。死神星が降る夜に生まれてしまったことで何がどう変わってしまったのか、自分自身の目で見定めたかったのだ。

 ふかふかのベッドで寝息を立てる王子や王女を自分と重ねてみたが、実感は湧かなかった。あくまでマーラに育てられたのが自分であって、そこにいるべき人間ではなかっのだとミロは思い知った。

 王宮へ数えきれぬほど足を運んだことは、マーラには内緒。見取り図が大体頭に入っているなんて聞いたら、マーラはどう思うだろう。

 2階の天井の高い長い廊下。両脇には美しい花模様の飾り彫りが続いている。薄暗い照明が等間隔に並ぶ中を進んでいると、ミロがふいにマーラの真ん前に腕を出して止まれの合図をした。

 何の前触れもなく、二人の目の前に見覚えのある人影が二つ現れたのだ。

 とんがり帽子、金色の長い髪、出身地ニゲルの森の民族衣装。そして、爬虫類のような手足を持った、大柄の使い魔。


「ラマ……! サエウム……!」


 マーラがミロの後ろで声を上げると、ニゲルの魔女ラマは嬉しそうにケタケタと笑った。


「こんにちは、マーラ。そして使い魔の坊や。良くここに辿り着いたわね」


 ラマは上機嫌のようだ。

 まるで二人が来るのを最初から知っていたかのような余裕が感じられた。


「悪いけれど、お嬢ちゃんは渡せないわよ。今とっても良いところなんだから」


「――無理やり目覚めさせようとしてるのか」


 そう言ってラマを睨み付けるミロの身体は、深夜の悪魔の姿へと変わっている。

 激しい怒りを表すかのように、蝙蝠羽を大きく広げ、角をいきり立たせていた。


「アシュリーが周到に封印を解いてくれたでしょう? 僅かに目覚めかけていた彼女の力を、今度はモルサーラ様のお力で完全に目覚めさせるの。長い間無理やり封じ込められていた力は、思いのほか大きかったみたいね。今まで出会ったどの“流星の子ども”よりも潜在する力が大きいのじゃないかって、モルサーラ様も大喜びよ。これでグルーディエも安泰ね。最高の生物兵器が手に入るんだから」


「……生物、兵器?」


 ラマのとんでもない言葉に、マーラとミロがピクリと反応する。


「喋りすぎだ、ラマ」


 サエウムがギロリとラマを睨むと、ラマはわざとらしく、


「いっけなぁい。私ったら、口が滑っちゃった」


 と、舌を出した。


「魔女や魔法使いが王宮に閉じこもっていたのは、単に居場所を失ったからではないということのようね」


 マーラはそう言って、ギュッと拳を握った。


「らしいな。この国を影で牛耳り、徐々に王室の権限を萎縮させた。そして、最終的にはグルーディエを悪魔の帝国にでも変えようとしていると」


 ミロはそう言いながら、自分の手元に剣を出現させ、構える。

 二人のそんな様子を見ながら、ラマはまた嬉しそうに笑う。


「当ったりぃい。この時代にやって来てほんの数日、良いところまで辿り着いたじゃない。偉い偉い。でもねぇ、マーラ。無理なのよ。この国はもう、元には戻らない。あなたの見つけたお嬢ちゃんも、決して人間には戻れない。そういう運命なの。おわかりぃ? 抵抗なんて無駄無駄。人間どもは魔法の力によって作られた平和の中で何不自由なく過ごしているのだし、国は抑止力としての魔力を相当に欲しているのよ。私たち魔女は使い魔と共にあなたのようなおバカな危険因子を排除していたの。時を超える危険な魔法を駆使してまでこの時代に飛んで来て命を狙われるなんて、本当に無意味だと思わない? 古い時代の魔女は古い時代へと帰るべきだわ。そうして、何も知らずに二人、森に奥でひそやかに暮らしていけば良いじゃないの。その方がきっと、あなたたちのためになるし、私たちのためにもなるわ」


 ラマはそう言って、バッと右手を前に突き出した。

 四人を囲むように色のない空間が広がってゆく。城自体に影響が及ばぬよう結界を張ったのだ。


「悪いけれど、マーラ。あなたたちをこの先には進ませない。サエウム、準備はいい?」


「ああ、いつでも」


 鋭い牙を覗かせ、サエウムがニタリと笑った。

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