3 若き王

 グルーディエ王都の東側には、静かな空気が流れていた。

 かつては国の中心、現在では観光の中心地となったグルーディエ王宮は、白壁の美しい古めかしい建物だ。周囲を高い塀に囲まれ、うっそうとした木々に覆われながらも気品を保って佇む城は、世界中の人々の憧れでもあり、グルーディエの象徴でもあった。

 グルーディエは2000年の歴史を数える、アズール最古の王国。建国2000年祭を控えて王都は緩やかに活気づいていた。

 しかし近年、王室は政治的権力を失った。民主化が進み、アズールの各大陸に点在した王国も殆ど消滅したのだった。

 現国王グルーディエ15世が即位したのが5年前、22歳の時である。

 若き君主は何よりも世界の安寧を願った。叶うならば、全ての人間が等しく平和に安らかな日々を過ごせるようにと。そしてそのためならば、秩序を乱すものは全力で排除すると。


 執務室から続くバルコニーに、グルーディエ15世の姿があった。

 柔らかな日差しの中で、若き王は厳しい表情を覗かせている。赤茶の柔らかな髪が日に照らされ、キリリと引き締まった顔を更に引き立たせる。

 王の目線の先には、中心部に広がるオフィス街が見えていた。そしてその奥には古い街並み。

 ここ数日、街で騒ぎが立て続けにあったのだということは、王の耳にも届いていた。なにせ情報の溢れるこの時代、大昔のように臣下からの報告など待たずとも、アズール・ネットや各種メディアが詳細に伝えてくれる。

 不可解な連続爆破事件には一人の魔女が関与していることも、その仲間や協力者が共に逮捕されたことも、王は知っていたのだ。


「由々しきことだな」


 王が呟くと、直ぐ側で寄り添うように立つ中年の男がうやうやしく頭を下げた。


「心中お察しします」


 白髪の交じる色黒の男は、丈長のローブを羽織っていた。裾に金色の刺繍が施された黒いローブは、まるで宵闇のようだ。


「ダミル。野生の魔女がいるなんて話は、お前からは聞かされてない」


 王は目線を街に向けたまま言い放った。


「野生とは、あまりにも強烈な。しかし陛下、魔女にも魔法使いにも様々な者がおります故」


「先々代の頃に、お前が中心となって、グルー大陸中の魔女や魔法使いどもを王宮に集めたのだと聞いていた。彼らが居場所を失い、その力を持て余して暴れないよう、管理しているのだと。この現状、聞いて呆れる。我が民、我が城下が荒らされているではないか。どう責任を取るつもりだ」


「その点につきましては、手は打ってございます。王都警察に出向中の魔女アシュリーが彼らを捕らえ、警察本部へと連行されているはず。その中には“流星の子ども”も混じっておりまして、そのうちの一人は調教可能と判断、儀式の準備中にございます」


「そのうちの、ということはもう一人いると」


「そちらは残念ながら手のほどこしようがございません。捉えた魔女共々処刑するほかありますまい」


「――で、その新しい“子ども”、能力についてはどう評価を」


「未だ目覚めかけの状態ですので、はっきりとは。ただ、期待通りではないかと」


 不穏な言葉のやりとりを、王は淡々とやってのけた。

 濃緑色の宝石のような瞳は、瞬きの度に更に色を濃くしてゆく。

 王はゆっくりとダミルに身体を向け、ニヤリと口角を上げた。

 

「王国の安寧のためには、力が必要だ。そして最古の王国が生き残るためにも、ありとあらゆる力を集結させなければならないと。ダミル、お前はそう言ったな」


「その通りです、陛下。元々グルーディエはマグヌ・ルベの加護により興った国。星の力を借りるのは何ら不自然ではありません。王室の力は時代の変化と共に弱りつつありますが、決して無ではないことも世界に知らしめる必要があります。議会や政府には出来ないこと、王でなければ成し得ないことをなさるのが陛下の務め。そのためならば、このダミル、いくらでも命を注ぎましょう」


 ダミルは不敵な笑みを浮かべながら、君主に深々と頭を下げた。



 *



『――王宮の方向なの?』


 混じり合う意識の中で、マーラはミロに尋ねた。


『間違いない。一緒に変な気配がする』


 黒い霧に変化した二人の身体は、凄まじい勢いで上空を駆けていた。

 眼下にはグルーディエの王都。新旧様々な建物が混じり合った独特の雰囲気をたたえた街並み。目線の先、王都の東側を占拠するように広がる王宮の森には、昔から変わらぬ白く美しい高貴な建造物がある。

 二人が知る王宮は、権力の象徴だった。王は民のためにまつりごとを行い、民は王に忠誠を誓っていた。主従関係が平和な街を作っていたかの時代と比べるわけではないが、明らかに当時とは違うものを、ミロは王宮から感じ取っていた。


『俺と同じだ。ルシアに触発された。今までなりを潜めていたヤツ・・らの気配が急に強く感じられる。――ヤバいぜ、マーラ。多分向こうも俺に気付いてる。隠したくっても、隠しきれない。ルシアの力に反応して、身体が言うことを聞かない』


 まだ昼前。太陽は天高く輝いている。

 普段ならば少しだけ気をつけていれば魔力を押さえ込んでいられるのに、それすら難しい。まるで身体は夜の闇の中。力を解放しているつもりはない。しかし、溢れ出ていく。

 調節の仕方も分からないような子どもでもあるまいし、とミロは思った。

 胸に痣が焼き付く前は、よくマーラの手をわずらわせた。力を抑えきれず、何度も何度も気や岩に括り付けられては封印を施された。

 ルシアの胸には未だ、何の“しるし”も見えなかったはずだ。開かずの間の封印を解かれた今、マーラの封印は意味をなさないのだろう。悔しいくらいに激しく強い気配を感じる。


『“流星の子どもたち”は互いに影響し合う。気配から察するに、俺以外にもルシアの力に触発された“子ども”が複数人存在する。このまま増幅していけば、もっと面倒なことになるはずだ。今はとにかく急いでルシアを……!」


 王宮が近づいていく。

 黒い霧は勢いを増して、気配のする方へと突き進んだ。


 

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