2 共鳴
王都警察本部の取調室、何の興味も湧かぬくだらない質問ばかりに飽き飽きし、生あくびをしていたミロは、咄嗟に感じられた強い力に背筋を震わした。キョロキョロと周囲を急に見始めるミロに、取調中のモリス刑事は眉をひそめる。
「どうした」
モリスが聞いても、ミロは何かに気を取られ、話を聞く様子もない。
と、ミロは急に立ち上がった。椅子に括り付けられていた逃走防止用の腰紐がピンと張るのも構いなしに、ミロは難しい顔をしてどこか遠くを見ていた。
「気配がする」
ミロの呟きに、
「気配?」
モリスは顔を上げた。
そこにはミロではない別の青年が彼と同じ格好をして立っている。
目を凝らす。
髪の毛や目の色、服装は一緒だが、身体の大きさが全然違う。
何が起きたのか。
隣の記録室でも、ガタンと音がした。小さな窓越しに見ていた別の警官が、室内の異変に気付いたのだ。
「お前は――」
モリスが声をかけた、その瞬間に、青年は黒い霧に姿を変える。
腰縄を抜け、床を這い――、そのまま霧散した。
*
簡単な取り調べを終え、マーラは狭い留置所に押し込められた。
内容は理解したが、容疑を認めることはできない。面倒なやりとりも億劫だった。
コンクリートをうちっぱなしにした壁と床、窓はなく、ドアについた小さな窓にも鉄格子がはめられている。トイレと洗面台、ベッドがあるくらいで、他には何もない。あくまで容疑がかけられた段階だというのに、酷い仕打ちだ。
「――地獄ね」
マーラは早速毒づいた。しかし、その言葉は誰かに届くことはなかった。殆ど音の漏れない構造らしい。
長い間生きてきたマーラだが、これには参ってしまう。
「時代が変わっても、罪人を閉じ込めておく場所の定義は変わらない訳ね。へぇ……」
まるで他人事のようにため息を吐き、周囲を見渡す。昼間でも煌々と明かりがつき、窓がないため時間も分からない。壁掛けの時計を見ても昼なのか夜なのか分からないところも気に食わない。
ドアには外鍵。天井には通気口がある程度。
引き続き取り調べがあると言われたが、何も答えることはない。テロなど起こしてもいないし、この時代の人間に危害を加えるつもりもないのだ。結果的に色々とやらかしてしまったことに対し多少の反省はあるにしても、マーラには動機など一切ない。
マーラが異変を察知したのはそんなときだった。
今まで感じたことのない気配がハッキリと感じられたのだ。それはミロにも似ていたし、かのモルサーラにも似ていた。おぞましく、もの悲しい、呪われた者独特の気配だ。
「ルシア……!」
彼女に違いないと、マーラは直感した。
黒い気配の中に、ルシアの悲痛にも似た叫びのようなものがある。
相手がアシュリーだと分かった時点で、こうなることは織り込み済みだったはずだ。しかし、それにしたって実際そうなってしまえば胸が痛む。
魔力を押し込め、人間のままで生活出来るよう、何重にも何重にも施された包帯がネヴィナの魔法だとしたなら、マーラが緊急的に行った額の封印など、絆創膏程度の強さでしかない。本体が剥がされたのに絆創膏だけ残っているなんて、滑稽な話。要するに、気休めだ。
胸がざわめいた。
どうにかしてルシアを救わねばと、そう思っていたところに、フッと黒いものが現れる。ドアしたの隙間から滑り込んできた黒い霧は、マーラの目の前で人型になると、そのままマーラの身体にギュッと抱きついた。
「――ルシアの封印が」
実体化したミロがボソリと言う。
マーラはそっと、彼の背中を擦った。
「夜でもないのにもうその姿なの?」
「分からない。ルシアの気配がして、気が付いたら」
「そう。共鳴……、したのかもね」
“流星の子ども”同士は反応し合う。普段はマーラの魔法で力を抑えていても、それを上回る独特の雰囲気に飲まれてしまえば、力は自ずと解放され、夜と同じような状態になってしまうだろう。
左手の魔法陣だけでは押さえ込めなかったのだろうか。そう思うと、もう少し時間をかけて色々教えてやるべきだったという後悔の念が渦巻いてしまう。
「ルシアの居場所はわかる?」
マーラの問いに、ミロはこくんと頷いた。
そしてマーラを包み込むようにして、黒い霧となって消えたのだった。
*
「ルシア・ウッドマンが消えた……、ですって……?」
鑑識に立ち会い、まだルシアの家に残っていたアシュリーは、警察無線での一報に頬を緩めた。
いつの間にか別の女とすり替わっていた、そしてその女も霧のように消えたのだと聞かされると、湧き上がってくる負の感情に耐えられず、思わず口角が上がったのだ。
「そう。大丈夫。居場所なら分かってる」
腰に結わえた無線のスイッチを切り、アシュリーはひとり、こくこくと頷いた。
血だらけの一室には、複数の人間が踏み込んだ新しい跡があった。靴の大きさから、マーラとミロ、ルシアに違いない。彼らはつい最近になってこの事実を知ったのだろう。そして、多少なりとも警戒していたに違いない。
けれど、警戒しようが何をしようが、こうなってしまっては手の施しようがないはずだ。
全ては思惑通り。
そう思うと、現場に相応しくない不謹慎な顔になってしまう。
「どう? 出てくるのは血液ばかり?」
作業を進める鑑識の一人に声をかけると、
「そうですね。しかも、かなり古い……。色の変化具合から見ても、ここ数日で起きたことでないのは直ぐに分かります」
床には埃が溜まっていて、その下に乾いた血液の跡があった。随分長い間誰も入らなかったのだと、アシュリーにも直ぐに分かった。
「作業、続けて。急用が出来たの。戻るわ」
アシュリーはそう言うと、コツコツと足音を立てながら部屋から出て行った。
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