4 突入

 呆然とするマーラたちが少しの隙を見せた瞬間だった。

 何の前触れもなく玄関のドアが激しい勢いで開き、リビングの窓ガラスが破られた。次いで黒い人の波が一気に室内に雪崩れ込む。何の理解も追いつかぬままミロはアシュリーの体から引き剥がされて羽交い締めにされ、マーラとルシアは大勢の男に取り囲まれた。

 その男たちが王都警察の制服を着ているとルシアが認識出来たのは少し時間が経ってからだった。

 頭の中が真っ白になって、今目の前で何が起こっているのか全く分からない。


「容疑者、重要参考人共に確保! 協力者とおぼしき少年も確保!」


 誰かが叫ぶ。

 それでやっと合点がいった。

 アシュリーはおとりだ。自分たちを捕まえるために王都警察が寄越した囮だったのだと。


「止めなさい! あなたたち、一体どういうつもりなの?!」


 マーラは抵抗しようとする。


「放せ! 畜生! マーラ! この身体じゃ抵抗出来ねぇ!」


 後ろ手に縛り上げられ、ミロも叫んでいる。

 解放されたアシュリーは軽く肩を回してニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。


「アシュリー! 無事か!」


 仲間の刑事が二人、警官隊に続き現れる。


「モリス! ハンソン! 私は無事。大丈夫」


 ニッコリと笑顔を見せ無事をアピールすると、アシュリーはチラチラと部屋中を見渡し、三人がきちんと拘束されているのを確かめてから二人にこう言い放った。


「間違いなくここはテロリストである魔女のアジトだったわ。世界を混沌に陥れるため、薬品を調合したり、変な魔法を使っていたりするかもしれない。魔法に使う原料や魔法の跡が残されているか、徹底的に調査して」


「了解」


 二人は頷くと、左右に散って室内を物色し始めた。

 ルシアはもう、気が気ではなかった。


「ダメ! 止めて! 止めてったら!」


 ネヴィナと積み重ねた年月、大切なものたち、沢山の思い出。それらが、何の縁もゆかりもない人間によって壊されてゆく。


「アシュリー! あなた最初からそれが目的で」


 ワナワナと震えるマーラに、アシュリーは甲高い笑いで返した。


「目的のためには手段を選ばないのが私の偉いところだと思うの。あなたたちが何も知らずに静かな時間を過ごしている間に、この家は警官隊が取り囲んでいたのよ。テロリストのアジトかどうか、私が潜入して確かめる、その間に何か異変があったら直ぐに警官隊が突入する手はずになっていた。あなたは私の変身術を解こうと魔法をブッ放ってくれるし、ルシアちゃんは悲鳴を上げてくれるし、思惑通りも良いところよ。さぁて、この家にはどんな秘密が隠されているのかしら? 長い間“流星の子ども”を隠しておけるなんて決してまともじゃないわよね」


「クソ魔女! てめぇに良心はねぇのか!」


 拘束されながらも、ミロはアシュリーに毒づいた。

 アシュリーは無理やり玄関から引きずり出されていくミロを見下しながら、ニヤッと嬉しそうに笑う。


「おバカさん。魔女に良心なんて必要ないのよ。自分にとって何が愉しくて、何が得なのか、そういうのが大事なの。貴方のご主人はきっと特別なのよ。普通の魔女と違って、頭がおかしいの。おわかり?」


「死ね! クソ魔女! マーラを侮辱しやがって! 絶対ぇ許さねぇからなァ!」


 姿を消していくミロに、アシュリーはニコニコ顔で手を振った。

 それを見たマーラが気丈で居られるはずもなく。


「アシュリー、あなた、自分が何をしようとしているのか、本当に分かってるの?」


 平素の穏やかさなど、どこかへ消し飛んでしまったかのように低い声で怒鳴っている。

 腰の抜けたルシアに手錠がかけられ、警官に引っ張り上げらて無理やり連れ出されていくのを見ながら、マーラは恐ろしい形相でアシュリーを睨んでいた。


「“流星の子ども”が市井しせいに紛れ込んでいたなんて、そっちの方が大問題よ。きちんと管理もコントロールも出来ない状態で、良く今まで過ごせたものね。あなただって分かっているでしょう、マーラ。彼らは危険なの。然るべきところで然るべき管理の下、有効に活用しないとね」


 軽いルシアの身体は、いとも簡単に警官たちに運ばれていく。

 外には既に何台もの警察車両が待機していて、先頭車両にミロが押し込まれていくのが見えた。足で何度も警官を蹴飛ばし、その度に無理やり押さえつけられ、暴言を吐き、それでも構わず押し込められていく。

 狭い路地や近隣の庭には人だかりが出来ていた。その多くは警察の制止で遠くから不安そうに様子を見守る近所の人々。小さい頃から良くして貰った近所のおじさんやおばさん、おじいちゃんやおばあちゃんたち。

 誤解だと伝えたいのに、何も言えない、何も伝えることが出来ない。

 怯えたような表情で皆が皆、遠巻きにルシアたちを見ている。

 胸にこたえた。

 もうきっと、この大切な街には戻れないのだと、否応なしにそういう予感がした。


「奥の部屋から大量の薬草を発見!」


 ハンソン刑事の声。


「二階に、妙な部屋がある! 鍵がかかってるようだ!」


 モリス刑事も続けて声を上げた。


「誰か! 道具を持ってきて! きっと何かが隠されているはずよ!」


 アシュリーの声に、警官たちが慌ただしく動き出す。

 止めなきゃ。

 けれどもう、ルシアの身体は庭へと連れ出され、警察車両の中へと押し込まれようとしている。


「止めなさい! アシュリー! それだけは!」


 叫ぶマーラもまた、警官達に拘束されたまま玄関から引きずり出されていた。腕を後ろに縛られ、自由の利かないマーラはそれでも、どうにかしなければと必死だった。

 マーラと入れ違いに、チェーンソーを持った警官が家へと入っていく。

 もう、お終いだ。

 ルシアは目を伏せた。

 警察車両に押し込まれていくルシアの耳に、マーラの声が残る。


「約束よ、ルシア! 力を押さえ込んで! 決して、流されちゃダメよ!」


 バタンとドアが閉まる。

 警官二人の間に座らされたルシアは、手錠のかけられた手を胸に当て、身体を丸めながら、遠くであの開かずの間の封印が解かれていくのを肌で感じていた。

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