※王立図書館の資料(3)
魔女にさらわれた少年《『ネスコー地方の風習と伝承』1850年刊より》
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昔々、まだ剣や鎧で武装し戦っていた時代、世界には魔法の力を持つ魔法使いや魔女が多数存在した。魔法使いは主に男性を、魔女は主に女性を指す。魔法使いが主に王宮や政治の中心に近いのに比べ、魔女は森や街に暮らし、人々との距離が近かった。
魔女は魔法を帯びた多くの装飾品を身につけ、身体の天辺から足の先まで真っ黒な衣装に身を包む。
魔女は、人間の姿をしているが人間ではない。悪魔と盟約を結び、悪魔に臣従し、魔力を持ち、魔法を使うのである。
魔女は年齢不詳で美しく、普段は薬師や呪い師として街中に紛れていることが多いと言われている。
――中略――
王都郊外、ネスコーの森に棲む黒髪の魔女は、その中でも大変優れた力を持っていた。子どもの形をした使い魔を従え、森の中でひっそりと暮らしていたのだという。
トゥーリという男が、魔女に出会ったとの話を人伝に聞き、本人が未だ存命するとの情報を掴んだ。
取材に行くと、凜々しい中年男性が私を快く出迎えた。
――中略――
――魔女に出会ったのはいつ頃でしょう。
「私がまだ5歳の頃ですから、今からざっと40年は前のことです。森に入り、迷子になっていたところを、魔女に助けられたのです。それから20年ほど一緒に森で暮らしました」
――20年間誘拐状態にあったと。
「そのように思われるのも無理はないでしょう。しかし、私自身は誘拐されたとは思っていませんでした。本来ならば正体を知っただけでも恐ろしい呪いをかけようとする魔女が、手も下さずに育ててくれたのですから」
――本当のご両親はそのことを?
「魔女から逃れた後、どうにかして記憶を辿り、会おうとしました。しかし、村は焼かれ、皆死んでしまっていて、会うことは叶いませんでした。あの頃、村の周囲には魔物が出ていたと噂で聞きました。40年前に魔物と聞かれて驚かれるでしょうが、城壁のある王都とは違い、近郊の村々では度々魔物の被害に遭っていたのです。本当に小さな頃だったので、記憶には殆ど残っていません。ただ、真っ赤に燃える家屋と、その中に佇む黒い魔女の姿はなんとなく記憶の片隅に残っています。私は火から逃れようと森に入り、そのまま魔女に助けられたのだと思います」
――魔女と聞くと、だいぶ恐ろしいものを想像しますが、トゥーリ氏は随分長い間魔女と過ごしていた。
「少なくとも私には優しい魔女でした。魔女と言っても、普段は薬や細工を作ったり、編み物をしたり、野菜や果物を育てて村で売ったりと、人間の女性と何ら変わりありません。違うと言ったら、年を取らないことでしょう。私の記憶の中では彼女はいつも同じ姿でした」
――他にも同じように誘拐されていた人間はいませんでしたか。
「いいえ。私が居た頃は、他にはいませんでした。ただ、少年が一人、一緒に住んでいました」
――少年は誘拐の被害者ではないのですか。
「違うようです。私が魔女と暮らし始めた頃、彼は兄のような存在でしたが、いつの間にか彼は年下になっていました。人間ではないように見えました。年を取らないのです。インプだと、魔女は言いました」
――インプとは。
「少年の姿をした小悪魔のことです。魔女は自分の使い魔として、小動物……例えば、猫や鼠、
――ネスコーの魔女というと、少年を連れ去るという言い伝えがあちこちに残っていますね。トゥーリ氏も、少年の頃にさらわれた。
「美しい少年が好きだという話は、魔女に何度も聞かされました。器量がよかったのが幸いしたのか、私は随分可愛がって貰えました。魔女から逃れた後になって、私もその話を聞いたのですが、魔女が人間の子どもをさらって食べるという話は、本当かどうか。少なくとも、私と暮らしていたときにはそのようなことはなかったと記憶しています」
――ネスコー地方には、幼少期の子どもに刺青をする風習があります。それが魔女避けだという話を聞いたことは。
「それも、後になって知りました。私の両親は、幼い子に可哀想だと刺青をしなかったので、それで魔女が連れて行ったのかもしれませんね。入れ墨を彫らないにしても、ワザと傷を付ける親もいると言います。実際それが魔女避けになるのかどうか
――魔女にさらわれた少年たちの多くは行方知れずのままだと言います。トゥーリ氏は何故逃れることが出来たのでしょう。
「どうでしょう。本当の原因は分かりません。魔女と使い魔が、私を逃したといった方が正確だと思います。何か良からぬことが起きて、これ以上一緒にいたらいけないと、魔女が私を逃したと。あの後、森が焼ける火事がありましたし、大きな戦争も起きました。何かを予感していたのだと思います」
――最後に。魔女とは一体、何者なのでしょう。
「分かりません。私にとって彼女は、幻想でした」
――ありがとうございました。
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