5 研究室一行
王都から電車を乗り継ぎ、ネスコー地方の中心部ジャカッタの駅に着くと、そこからバスに乗り換えて半時ほどでベルーン村が見えてくる。
ミルマン山脈の麓に広がる針葉樹の山林は、隣のラマスタ地方から続いている。ベルーンは古くから林業で栄えてきた歴史ある村だ。しかし、近年林業人口が高齢化と共に減少し、すっかり過疎化が進んでしまった。
バスの沿線には、≪再開発で豊かなネスコーを取り戻そう≫だとか、≪再興を誓うネスコー青年会議所≫などの看板の他に、≪歴史的遺産を守るのは私たちの使命≫だとか、≪古い景観を破壊すれば必ずや魔女の祟りがあるだろう≫などという不穏な看板も目立つ。
王立大学の教授エルトン・ファティマは、自身の研究室の学生たちを引き連れて、ネスコー地方の寒村ベルーンへと急いでいた。
王都で人口が肥大化している昨今、ベッドタウンとして有力候補になっているのがネスコー地方だった。かつては多くの若者が林業に従事していたが、木材よりも金属に需要が傾いていくと急激に過疎化が進んでいったのだ。
長い歴史を持つネスコー地方には古い遺跡が沢山ある。例えば教会、古城、街道の跡。古い住宅も多い。この地方にある魔女の伝説や、その資料、遺跡、石碑などは歴史的価値も高く貴重なもの。
修復して観光都市として再生するという手段が一つ。
それらを全て解体し、新しい町として作り直すという議論も一方で巻き起こっている。王都のベッドタウンとして交通網含めて整備し、若者の定着を図ったらどうかというものだ。
王都と地元の建設業者の癒着がどうだの、政治的パワーバランスがどうだの、連日ニュースで話題だった。
どちらの選択をとったとしても、古い遺跡や石碑などにも手を付けられてしまう可能性が大きい。ネスコー地方の伝承を調べるなら今しかない。
エルトン・ファティマはいつも学生にそう教えてきた。
議会の発表では、年明けにはその方向性を決定するとのこと。
急がなければ、貴重な物に触れることも出来なくなってしまうのだ。
*
ベルーンのバス停に着くと、村長と役場の職員がエルトンたちを出迎えた。
「遠いところご苦労さまです。お待ちしておりました」
村役場に数回訪れ、今回の調査を快く引き受けてくれた職員の男は、村長と共に問題の石碑まで案内してくれることになっていた。
調査に同行した学生は四人。リオル、ジェド、ナーガ、サーファ。予定ではここにルシアが加わるはずだったが、どうやら遅刻らしい。定刻になっても姿を見せないルシアにリオルが連絡し、自分の足で現地に向かうように伝えている。
エルトンたちは案内されるままに、村の奥へと入っていった。
*
「
職員の男はやたらと流暢な口ぶりでそう説明した。
村には日中、殆ど人がいないらしい。鳥の鳴き声がよく響くほど閑散としている。
今は農業や林業で生計を立てる人は殆どいないが、昔の名残で敷地の広い屋敷が多いようだ。かつては馬や牛、鳥などを飼っていたと思われるような小屋がどの家にもある。
整った庭のある家には、今も人が住んでいる。蔦や草が生い茂った家は空き家だろう。
乾いていた地面が、村の奥に行くに従って少し湿り気を帯びてくる。足元が汚れる可能性があるから、あまりお洒落な格好はしないようにと学生に注意してきたが、正解だったなとエルトンはホッと息を吐いた。
「石碑について、何か他に情報はないのですか? 普通、石碑というのは、例えば災害のことを後世に伝えるためだったり、功績のある偉人をたたえるものだったりするわけですが」
エルトンが尋ねると、村長が首を振る。
「いいえ。ピエトロという男は変わり者で、魔女とも精通していたそうですから、もしかしたらそういうことと関係はあるのかもしれないと、その程度です。それだって、ピエトロの子孫はとうに途絶えていて、そこの使用人だった男の子孫が言い伝えとして聞いたことがあるという程度。あまり参考にはならないでしょう」
しばらく歩いて行くと、そのピエトロの屋敷が見えてきた。
確かに外見はもうボロボロで、かつての栄華などさっぱり分からないほどに蔦が絡まり、あちこち朽ちてしまっている。
エルトンは無言だったが、学生たちは怯えたような声を出していた。
「ちょっと、写真撮らせて貰いますね。ジェド、カメラ頼む」
言われてジェドが様々な角度からピエトロ屋敷を撮影する。
その様子を傍目に、エルトンはリオルに声をかけた。
「ルシアから連絡は?」
「……ないですね。多分、向かってると思いますけど」
リオルは普段からルシアと仲がいい。常に目の前のことしか見ないルシアを支えているのをよく知っていたエルトンは、少しの期待を持ってそう話したのだが、肩透かしを喰らったようだ。
「サーファは? 女子同士やりとりしてないのか」
唯一の女子、サーファに尋ねるも、
「端末触ってる様子、ないです。メッセージ送っても既読が付かない。ルシアらしくもない」
同じような返事しか戻ってこない。
「王都からジャカッタまでの電車はそれなりに本数があるが、問題はジャカッタから先、ベルーンまでのバスは日に数本だからな。タクシーにでも乗らなきゃ来れないんだから、絶対に遅れるなよって書いて貼っといたのにな。ルシアも見てたんだろ?」
「見てましたよ。ルシア、私の隣で手帳に書き込んでましたし」
サーファも顔を曇らせている。
黙っていたナーガがしびれを切らし、皆の会話を遮った。
「大丈夫ですよ、ルシアだっていい大人なんだし。どうにかして辿り着きますよ。それに、単に電波の悪いところに居るだけかもしれないじゃないですか。心配するだけ無駄です。先を急ぎましょう。日が暮れたら調査どころじゃなくなるって、教授が言ってたんですよ」
ジェドが写真を撮り終えたところで、一行はピエトロ屋敷の横にある細道へと向かった。調査の時に機械で草をゴッソリ刈り取ったため、そこだけ人が通れるようになっている。
小さな虫が目の前を何度も飛び交うのを手で払い、草の間を進んでいく。
屋敷の直ぐ裏は森。
昔の大金持ちがわざわざ自分の屋敷の裏に建てた石碑とは何だろうか。
しばらく進んでいくと、開けた場所に出た。光が木々の間から差し込み、石畳の敷かれた一角を照らしている。
「――あれ? 先客がいる」
先頭を進んでいた職員の男がボソリと呟き、足を止めた。
「え? 誰が。地元の方でも?」
エルトンは尋ねたが、男は首を横に振った。
「魔女です。魔女が、石碑の前に」
男の言葉にハッとして、エルトンは前に進み出た。
そこで見たのは、木漏れ日の中に立つ真っ黒い姿をした魔女と、一人の少年と、ルシアだった。
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