その兆し

 思えば僕が炊事担当になったのは、『干物煮つけ事件』でしたが、結婚して同居を始めたときに、恐らくお母さんに持たされただろう、新品バリバリの家庭料理本を見たとき、いや、もっと前、付き合っているときに初めて手作りカレーを食べたときの野菜の角の鋭さを知った時、いやいや、さらにもっと前、そうドライブデートの時に持ってきたお弁当を食べたとき、明らかにその兆しがありました。


 丁度ドライブ中の休憩タイム、小さな湖のほとりの駐車場に車を停め


『ここは専門学校のとき、下宿が近かったから良くバイクで来たんだよ』


みたいな話をしてた時、そういえばと


『お弁当作ってみたんだけど、食べる?』


 彼女の初めての手作り料理に、喜ばない男はいないですよね?

 おかずと小ぶりなおにぎり、おかずは卵焼きとか唐揚げとかそんな感じだったと思うけど、その小ぶりなおにぎりのインパクトが強すぎて忘れました。

 おかずは小さなタッパーに1つだったので、シェアする形で車の中央に置き、アルミホイルに包まれたまん丸の可愛らしい小ぶりなおにぎりを


『はい、おにぎり』


と手渡されたとき


『うわっ!重っ!』(心の声)


 感覚的にはコンビニの一般的なおにぎりの1.5倍のものを、一般的なおにぎりの2/3まで圧縮された感じです。

 恐る恐るアルミホイルを開けると、綺麗に海苔が巻かれたおにぎりが出てきました。


 彼女が初めての手作りお弁当ですよ?

 最初っから


『なにこれ?』


 などと怪訝そうな顔は出来ませんよ?


『それじゃ、いただきます!』(ゴクリ)←美味しそうの意味じゃない方(笑)


 一口食べでモグモグしながら、その食べ口をじっくり観察。

 予想通り、お米の粒の間の空間とか何ですか?ってくらい、ギッシリと、いやミッチリと・・・いえギュウギュウにお米たちが仲良くしてました。

 これむしろ、おにぎりではなく別な料理なのではと思うくらい、初めてのおにぎりでした。

 妻が心配そうにこちらを伺いながら


『どう?』


って、いやっ、どう?ってか!


『うん、美味しいよ』(普通のおにぎりだしね)


 彼女(妻)は安心したようで、同じおにぎりを普通に食べてました。

 そのおにぎりが、あと1つあるのか・・・


 言えない、いや言った方が良いのか?でも言うのは今じゃないだろう。


 結婚するまで、そんなに手料理を食べたわけでは無いですが、僕の中ではその丸くて可愛らしいおにぎりのことを、”ブラックホールおにぎり”と呼んでいました。

 きっと、とんでもない重力に晒されたんだろうと・・・


 現在、妻の握るおにぎりは、恐らく一般レベルの重力で握られていますのでご心配なく。

 まぁ、その辺の話しは次回にでもしましょうか。

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