第16話

 そこに自転車のベルを鳴らしながら、優がつっこんできた。間一髪でぼくと美矢は避けた。

 真剣に注意しているときも、ちょっと半笑いに見えるのが優の人徳だろう。

「いや、ちがうのよ、優。今のはドツキ漫才というものをためしてたのよ」

「適当言うなよ、ぼくはマジ切れしてたぞ」

 優がケンカの経緯を尋ねてきたので、ぼくらはネタ作りの苦難について語った。

「なにかいいアイデアはないかな。さくっとネタが作れるような形式みたいなものは」

「……んー、そうだね。なにか隣人とのトラブルで裁判沙汰になりそうなことを漫才で説明するとかは?」

 それは生活笑百科。土曜のお昼にやっている番組だ。渋い番組を知ってるな。

「いや、その番組は漫才がメインってわけじゃないからね。笑わせるというより、わかりやすく説明するために漫才を利用しているだけだから。それに高校生には難しい内容だと思うよ」

 美矢だけでなく、優も少し天然が入っているようだ。

「んー、じゃーさ、こうゆうのはどう?」

 美矢が手をあげた。

「熊谷先生の化学の授業をベースにしてさ、先生がボケるの。化学式を変な覚え方させてみたりさ」

 こいつ、意外といいアイデアを出すじゃないかと一瞬思った、が

「歴史の年号でも無茶苦茶な覚え方がけっこうあるからなー。実際にギャグとしか思えないようなものが参考書に載ってるからな。それにすでに授業で習った二、三年はともかく、一年にはピンとこないだろうし」

「すごい。頭いいんだね、真沙紀くん」

「荒探しもいいんだけど、こんなこと言ってたら、ちっとも先に進まないよー」

 感心する優と、ふてくされる美矢。あぁ、いっそ優と組めた方が幸せなのに。

「物事っていうのはね、最初から否定するスタンスで考えた方が、リスクは少ないんだよ」

「でもそれってつまんなくない? どうすれば上手くいくのかを考えた方が楽しいって、絶対!」

「お前見てると危なかしくってしょうがないんだよ!」

「なにおう!」

 またもフィジカルな争いにつながりそうになる。

「もー、いいから二人とも頭冷やして! そろそろ雨も降ってきそうだから、お茶でもどう? 喫茶店にでもいこーよ!」

 優はぼくと美矢のあいだに割って入り、ぼくたちの背中をおした。

 

 テーブルの代わりにパックマンの台が置いてある古い喫茶店に、ぼくたち三人は入った。優の予想通り、外ではけっこうな激しさで雨が降り始めた。まさに間一髪セーフだった。しばらくは帰れそうにない。

 冷水の入ったグラスをカチンと鳴らし、ぼくらは乾杯をした。

「こういうボロいところって意外と高いんだね。クリームソーダが五百円もする」と美矢。

 大きな声でボロいとか言うなよ、マスターが睨んでいるじゃないか。

「おこづかいが入ったとこだからおごるよー。ごめんね。無理にこんなとこに連れてきて」

 両手を合わせて微笑んでいる優が、まるで菩薩のように見える。

「やたっ! ラッキー! 他にも頼んでいい?」

「おま、調子にのんなよ。美矢! せっかく山科さんがいろいろと気を使ってくれているのに! こんなやつ、甘やかす必要ないですよ! つけあがるだけなんだから!」

「ありがとー! 優でいいよー、真沙紀くん」

「え? あ、じゃあ優さんで……」

 なぜだろう? 美矢のことは平気で呼び捨てできるのに、優のことを名前で呼ぶのにはすごくテレがある。

「それにしても、煮詰まってしまったな。二人は親戚や先輩に芸人をやっていたりする人は……いないよね?」

 ない。美矢も優も即答だった。

「ねぇねぇ、ああ見えて熊谷先生って、養成所で五本の指に入るほどの実力だったんでしょ? 先生に相談してみるってのは?」と優。

「ないねー。見せる相手に聞くっていうのもねぇ」

「笑わせるのが条件の一つだもんなぁ」

 三人そろって、ため息をついていると、ギンガムチェックのエプロンをしたウェイトレスがドリンクを持ってきた。

「お待たせしました。レモンスカッシュにミルクティー、それにソーダですね」

「ソーダ……あぁっ! クリームがのっていない!」

 美矢が店中に響き渡るような声を出した。

「あぁっ! 失礼しました! クリームソーダですか! 今、お取り返しますね」

 そそくさと去る店員の背中を見ながら優はつぶやいた。

「店員さん、ボケちゃったねー」

「今のはボケたと言わないよ。ただの失態だよ」美矢がムッとする。

 ボケ?

 その言葉がぼくにとってヒントになった。

 ぼくはメニューをパラパラとめくりだした。なるほど、ドリンクからナポリタンまでメニューは豊富だ。

 いける。こいつでいけるかもしれない。

「なになに? どうしたの? なにかにとりつかれたの?」

 美矢が冷水のグラスをぼくの額にあてた。

「できたぜ、美矢。コントができたも同然だぜ。こんな簡単なことでよかったんだ。ストーリーラインは完成した。あとはそこにボケをはめ込んでいくだけだ」

 ぼくは美矢の手から冷水を奪い取り、一気にあおった。勢いあまったせいか、制服に少しこぼれた。

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ペガサス・コントロール ~転校生のぼくがちょっとアレな美少女にさそわれてお笑いコンビを組む顛末~ 大和ヌレガミ @mafmof5656

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