3章
第13話
空にはどんよりと雲が覆いかぶさっていて、三時半とは思えないくらい暗かった。急に雨が降り出してもおかしくないような曇り空。ぼくはロケット公園に来ていた。
遠くのブランコでは幼稚園くらいの女児がブランコに乗り、母親にやんわりと背中を押されている。いきなり豪雨が降り注いだらどうするんだろう。あの親子、ちゃんと傘を持っているのだろうか。
これから美矢たちと待ち合わせがある。ぼくは汚れたベンチにどかっと座り、ミントガムをくちゃくちゃと噛んだ。目薬をさし、自分の肩を揉んでいると、いつのまにやら足元にはライガーさんがやってきていた。
「……ライガーさんは高確率でこの公園にいるなぁ。たまに地縛霊なんじゃないかと思うときがあるよ」
「失礼な、地縛霊はこんなに弁が立たないですよ。あいつらは、アホの一つ覚えみたいに恨みつらみを重ねるだけです」
「まるで見えてるみたいに言うのな。まぁ、会話できる猫も地縛霊ばりに異質だけどな」
ライガーさんは大きくあくびをして、後ろ足で首裏をかいた。
「なんかね、自分でもやりたいのかやりたくないのか、よくわかんないんだよ」
ぼくはことの顛末をライガーさんにすべて話した。お笑いコンビを組もうという変な女のこと、その女の可愛すぎる親友のこと、クラスでのこと、そして全校生徒の前でのライブのことを。
「全校生徒の前ですべってしまう可能性を考えれば、その前に話が流れてしまってもありがたい。でも心のどこかに危ない橋を渡ってみたい気持ちもあるんだ」
「それはね、ようするに失敗したときの覚悟ができてないんですよ」
「……言うね。猫のくせに」
「言いますよ。ところで真沙紀さんはお笑いの才能はあるんですか?」
仮にお笑いの才能があったとしても、自分で自分のことを『才能あります』ということ自体が無能な人間の証明に思えてしまう。本当に才能がある人はただ無我夢中で創作をしているのじゃないだろうか。
「自分にお笑いの才能があるかどうかはわかんないけど、人にあだ名をつけるのは得意だったよ」
「あだ名って言いますと?」
「人の欠点を上手くとらえてニックネームをつけるんだよ。まぁ、漫画で例えるとブタゴリラだとかカバ夫というのがいてだな」
「豚とかカバとか、そんな呼び方をされて、人間というのは怒らないのですか?」
「呼ばれた人間は少しは不愉快だろうけど、呼んでいる者たちは愉快なんだよ」
「はぁ……ピンとこないですね。じゃあためしにあだ名をつけてもらえませんか?」
体を丸めていたライガーさんは、招き猫のように背筋をのばし、カメラを意識するかのように目を見開いた。本人的にはイケてる姿勢なんだろう。
「え? ライガーさんに? 猫にあだ名をつけるのなんて初めてだな。むずかしいな……えっと、じゃあライガーさんは全身黒地だから、飛べないカラス、とか、陸ガラス、とかは?」
「な、なんとも思いませんなぁ……」
ライガーさんは肉球にツバをつけ、激しく顔をこすり始めた。
「めちゃめちゃイライラしてんじゃん。じゃあタイヤの切れ端とか、山猫未満とかは?」
「な、なにが面白いんかさっぱりわかりません! ユーモアセンス……ないんと違います? ユーモアセンスないと思いますよ!」
「あぁ、ありがとう。よくわかっているよ」
正直、他人をこきおろす笑いなんて、ぼくは嫌いだ。でも学校生活の中にはそんな笑いが満ちあふれている。声の大きいやつが、おとなしいやつに面とむかって侮辱し、嘲笑したりする。その逆におとなしいやつらは、陰でそいつらの悪口を言う。学校だけではなく、たぶん、どこの職場でもそんなものだろう。テレビだってそうだ。芸能人同士の生々しい人間関係をピー音でまぎらわせながらも電波にのせている。
だからこそ、人間関係のしがらみにとらわれずに、アホそのものに見える美矢のことが羨ましく思えたんだ。
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